少数精鋭
王都にあるエライユ公爵の館から、一台の馬車が慌てた様子ですっ飛んでいった。
術式通信で急な召集を受けたコドリアが、第三王子ジョルジュの呼び出しに応じたためだ。
その様子を館の中の茂みから覗いていた3つの人影があった。
「ようやく隙を見せましたね。長い間張り込んだ甲斐がありました」
「ほんとだよもう……まさか10日以上も張り込む羽目になるとは思わないじゃん」
「『王国暗部』の活動とは、これほどまでに地味な作業の連続なのだな。私にはとてもとても……」
隠れていたのは、先日グラントに自身を売り込んだ少女諜報員のシロンと、彼の幼馴染の男性騎士、そして二人の目付け役として同行している、リーズの兄の一人フィリベルだった。
彼らは、邪神教団が王国内で活動している決定的な情報をつかむべくスパイ活動にいそしんでいたのだが…………彼らの言うように、この寒空の下でほぼ昼夜問わずずっと張り込みを行っていたのだ。
その苦痛は騎士である幼馴染とフィリベルにとって、戦争よりも数段上だと感じていたところだった。
「さあ、凍えている場合ではありませんよ? 敵がいつ戻ってくるかわかりませんから、行動あるのみです」
ここにきてシロンは、大胆にも公爵家の離れに正面から乗り込んでいった。
もちろん、これは一か八かの賭けではなく、ほぼ確実な勝算があってのことだ。
(もはや彼女にとって、この敷地は自分の庭のようなものなのだろうな。情報収集の慎重さと、行動の大胆さ……私も見習うべきだろう)
シロンの後ろをついていくフィリベルは、改めてシロンの行動力に感心した。
実は彼女、館に忍び込むまでにずっと前からエライユ公爵家について、片っ端から調べ上げたようだった。
それこそ、グラントに出会う前から…………しかも直接乗り込んでの調査ではなく、使用人や贔屓にしている商人職人たちを調べ上げ、嗅ぎまわっていることがばれないように、膨大な情報を徐々に絞っていくという気の遠くなる作業をたった一人でこなしていたのだから驚きだ。
そのような面倒な手順を踏んだおかげで、エライユ公爵家の離れは邪神教団が独占していることと、周りにばれないよう警備を最低限にしていることも判明した。
その上、邪神教団は今まで最低限の警備に当てていた人員すらも、別の任務に当たらせているようで、コドリアがいなくなった今、離れの中はほとんど空き家も同然であった。
シロンたちは玄関を正々堂々と突破すると、迷いなく二階に続く階段へと向かい…………階段の側面の壁にある隠し扉を確認した。
「術式探知装置がありますね」
「おいおい、大丈夫なのか? ばれちまわないか?」
「中に術者がいないと発動しないタイプです。空き巣対策がなってませんね」
「…………」
当然のことながら、侵入者検知術式も備わっているのだが、肝心の術者が外出中だと発動しないタイプなので恐れることはない。
というか、遠隔地にいても侵入者を感知できる術は大魔道ボイヤールか開拓村のアイリーンくらいしか使えないのだが…………ともあれ、物理的な侵入者撃退罠をつけすぎると、公爵家に怪しまれてしまうので、つけられないのが実情なのだろう。
隠し扉の向こうは地下に続く隠し通路となっている。
明かりのない真っ暗な通路は、シロンが暗視の術で先行し、何も見えない二人が彼女の気配を頼りに慎重に進んでいく。
やがて、隠し通路を抜けると明かりがともる部屋へとやってきた。
「では、愉快なガサ入れの時間の始まりです。フィリベル様は念のため上から誰か来ないか警戒してください」
「承知した」
「ええっと、俺は何を?」
「何か気になるものがあれば、あとでまとめて教えてください。余計な物には触らないでくださいね」
「トホホ、信用ねぇな……」
こうして、シロンは本棚などを確認してめぼしいものがないかを調べ始めた。
フィリベルはもしもの為に備えた見張り役で、幼馴染はほとんどおまけなのか、素人目にもわかりそうなめぼしいものを探し始めた。
「しかし連中、大事な場所なのにがら空きにするなんて、何考えているんだろうな」
「理由は様々考えられますが、おそらく何かしらの計画実行が近いのでしょう。そのための人員をそちらに回している可能性があります。それか……単に人手不足か」
「人手不足ねぇ……邪神教団はどれくらいいるのか見当ついてるのか?」
「わかりません。相手はよほど隠ぺいがうまいのか、全体の構成員がどれほどなのかは皆目見当がつきません。ただ、逆に言えば隠し通せるほど少数で動いているという見方もできます。50人…………いえ、下手をすれば30人いないかもしれません」
「そんな少人数で何をする気なのやら」
「少数精鋭ってやつですよ。私たちみたいに、余分な人員をそぎ落とし、重要メンバーだけで活動するっていう」
「やっぱり人手不足じゃねぇか」
シロンはあくまで集めた情報からの推測でしかないが、彼女の考えは実はほぼほぼ当たっている。
邪神教団の残党はただでさえ初めからいるメンバーが少ないのに加え、モズリーが行方不明になってしまったのが非常に痛手であった。
もしモズリーが今でも邪神教団の仕事をこなしていたら、彼らがこうして秘密の地下室に立ち入ることはできなかっただろう。
コドリアとてこの重要な秘密基地を空けるのは不本意だった。
しかし、邪神教団は来るべき計画の為に手いっぱいで、ただでさえ少ない人員を留守番として遊ばせておく余裕はなかった。
また、コドリアたちはかなり長い間この場所に潜伏しているのだが、これまで不法侵入されたことがなかったので、今回もどうせばれないだろうと考えていたことも事実であった。
果たして、コドリアたちの油断が、この日、命運を分けた。
「魔神王復活の為には…………『素体』と『媒体』が必要。媒体にはそれ相応の憎悪を…………と。ふむ」
「これは、何かの術式か? 俺にはよくわかんねぇ」
「そちらも何か見つけたようですね」
「ああ、何やら変なのがいっぱいだ。そっちは?」
「資料をいくつかあさってみましたが、素晴らしい収穫がありました。いくつか決定的なものを写していきましょう。大半は私の頭の中で記憶します」
「そんなことできるのか?」
「暗記は昔から得意でしてね。では、そろそろ撤退しましょうか。長居は危険です」
「……少し顔色が悪そうだが、大丈夫か?」
「平気です。詳細は帰ってから話します」
一通り資料に目を通したシロンは、フィリベルの言う通り若干顔色が優れなかった。
手がわずかに震え、顔からやや血の気の色が抜けてはいるものの、シロンは何事もないかのように振舞いつつ、足早に隠し通路を脱出して公爵の館から離れていった。
時間にしておよそ20分程度――――比較的時間をつかったが、それでもかなり早めの撤収ではあった。
肝心のコドリアは、ジョルジュに申し付けられた仕事のせいで、その日一日中戻ってこなかったのだが……………
安全地帯まで慎重かつ迅速に撤退した3人は、公爵領にある雑木林でようやく一息つき――――ほっと一息ついたとたんに、シロンがその場に崩れ落ちそうになる。
幼馴染の騎士が、慌ててシロンの身体を支えた。
「お、おい!? 大丈夫か!?」
「平気です……ただ少し、あの場所で得た情報が予想を上回るものでしたので」
「緊張の疲れもあるだろう。幸い、周囲に何者の気配もない、私にも何があったか聞かせてくれないか?」
「はい。邪神教団たちの狙いを一言で言うなら――――」
シロンが邪神教団の目的と思われることを話すと、男二人はなぜシロンが顔面蒼白になったかを理解すると同時に、それが現実に迫っていることを理解したくない衝動にかられた。




