交代 Ⅱ
「お疲れ様です~、村長さんにリーズさん♪」
「あ、お帰りアイリーン! どうだった、うまくいった?」
「うんうん、ばっちりだった。私もあんなことに魔術を使ったのは初めてだったけど、やっぱりいいことすると気持ちいいね~」
フリッツが家に戻ってから少し後、暗くなった見張り台にアイリーンが上ると、そこにはリーズとアーシェラの姿があった。
いつもならこの時間はアイリーンが見張りをしているのだが、フリッツたちの実験に付き合った結果、交代の時間を過ぎたので代わりにリーズとアーシェラが夜の見張りをすることになったのだ。
まだ肌寒い星魚の月、見張り台の上は風通しがいいせいでなかなか寒いので、二人は携行の術式暖房具と保温機に入れたお茶を用意し、一緒に毛布を羽織っていた。
その様子は見張りというより、まるで冬の天体観測をしているかのようだった。
「どう? 初めて夜の見張りは楽しかったかしら?」
「うーん、リーズはシェラがずっと一緒にいてくれたし、初めてでワクワクしてたから楽しかったけど…………これが一人で、それが毎日だとさすがにつまらないかもしれない。それなのに、アイリーンは毎日夜中にずっと一人で村を見張っててくれるんだから凄いって思っちゃう」
「あはは~、リーズさんにすごいって言ってもらえるなんてね~」
やはり適材適所と言おうか…………リーズは昔からほかの人と一緒に居たり、大勢で一緒に過ごす方が好きだし、ずっと一か所にとどまるより常に動いて痛い性格なので、見張りのような仕事はストレスが溜まって仕方ないだろう。
そういった意味では、かつて王国でやっていた自分を押し殺して周りの言いなりに過ごすような生活との相性は最悪に近いはずだ。
アーシェラの方は、まだ一人ぼっちの時期が長かった経験があるからか、こういった仕事は苦にならないだろうが、やはり夜の見張りという仕事はアイリーン以上の適任者はいないだろう。
「本当に、アイリーンはこの村になくてはならない存在だって改めてわかったよ。過去にも夜中に魔獣の襲撃されかけたことが何度もあったし、そのたびにアイリーンに救われてきた」
「去年の春に一杯討伐したから、被害は少し減ったけどね~。それに、リーズさんがあの時「魔神王の爪」を破壊してくれたせいか、昼間の襲撃もかなり減ったと思うよ~」
リーズが村に来て、その後フィリルたちも加わって村周辺の地域の魔獣討伐にいそしんだ結果、少なくともリーズが村に来たばかりの時のような危険な襲撃は今のところ起きていない。
リーズも自分の働きが確実に村の安全に貢献できていることに、少しうれしさを感じた。
「本当はアイリーンも、それにレスカにも、交代で仕事ができる人員がいた方がいいんだけどね…………まだまだ村は少ない人数でやりくりしなきゃならない。アイリーンにはしばらく負担になっちゃうけど、いつか必ずもっと楽できるようにしてあげるよ」
「いいのいいの~、逆に言えば私にできることはこれくらいしかないんだし~、なんだかんだ言って私は楽しいよ? この仕事。私ってば、あちらこちらの村で厄介者扱いされてきたし、母さんが亡くなってからどうやって生きていこうかわからなくて、途方に暮れてた。父さんが村長たちのことを紹介してくれなかったら、今頃どうなってたことやら~」
「アイリーン…………」
この村で生活している人々は誰もが複雑な事情を抱えているが、それはアイリーンもまた一緒だ。
(※詳細は「親 Ⅱ」を参照 https://ncode.syosetu.com/n6966fv/156/)
自身が持っている能力のせいで迫害にあってきたアイリーンは、自分の能力を恨んだことは一度や二度ではないし、そのような体質にさせた挙句自身は姿を消した父ボイヤールは殺してやりたいと思ったことさえあった。
それが今では、仲間から自然に受け入れられているだけでなく、自らの力で仲間を守ることができていることに非常にやりがいを感じていた。
きっとこの先、村が大きくなって夜の見張りをする人が増えたとしても……アイリーンはこの仕事を辞めたくないと思っている。やめるとしたら、それはもっと大きな仕事が入った時だろう。
「それに~リーズさんと村長には、毎日激しいのを見せてもらってるから全然退屈しないんだ~」
「え……? え? それってどーゆーこと?」
突然爆弾発言を投下するアイリーン。
あまりにも唐突だった為、リーズは少々混乱してしまう。
そこで、アーシェラはため息をつきつつリーズに説明することにした。
「はぁ……ほどほどにって言ったはずなんだけどね。リーズ、君には話していなかったかもしれないけど、アイリーンは暗いところの物ならどこでも見える「暗視の術」の使い手なんだ。この前テルルが行方不明になった時にある程度追えたのはこの能力のおかげなんだけど……徹底的な術防御を施さない限り、家の中の様子も丸見えになるんだ」
「ええっ!? ってことは……リーズたちが寝てる時も」
「いつもお世話になってます~」
「そんな……え、えへへ、なんだか恥ずかしいねシェラ」
「恥ずかしいじゃすまないんだけど……まあ、いまさらだし」
リーズはこの日になってようやく、アイリーンが夜の夫婦生活を毎日のぞき見していることを知った。が、それを知っても「恥ずかしいね」で済ませてしまうあたり、リーズの器の広さがうかがえる。
アーシェラはアイリーンの能力を知っているし、時々妙な視線を感じることがあるので、のぞかれているだろうということは知っていた。
とはいえ、実際に本人から「覗いてます」宣言されると、やはり複雑だった。
「前にも言ったけど、見るなとは言わないけどやっぱりほどほどにしてほしいな。見られる方はあまり愉快じゃないし、意識しちゃうとその…………」
「まあまあ~、村長さん家だけじゃなくて、ブロスさんの家もなかなかスペクタクルだし~、それにレスカさんとフリッツ君もそろそろな気配がするからね~。うふふ~、今から楽しみ~♪」
「え、そうなの? フリッツ君もレスカもあんなにお互いの距離に悩んでるのに?」
「今夜は久しぶりに一緒のベットで寝るんだって~。逃亡生活中はずっと一緒に寝てたって言ってたのに、なかなか初々しいよね~うふふ」
「そうなんだー、えへへ♪ やっぱり一緒のベットに寝ると心地よさも違うから、二人の距離も縮まるといいねっ!」
「そしてあわよくばムラムラしてきて~♪」
「はいはい、二人ともそこまでにしようか。人の家を除くのは悪趣味だからね」
他人の恋愛事情を見て盛り上がる女子二人を横目に、村長アーシェラは村人のプライバシー保護に苦労する羽目になった。




