交代
「いけない! 帰るのがこんなに遅くなっちゃった!」
南の森で琥珀精製の実験を終えたフリッツだったが、村に戻る頃には完全に夜になってしまっており、魔道ランプ片手に大急ぎで走っていった。
というのも、レスカとフリッツの姉弟の食事は主にフリッツが担当しているので、帰ってから作るとなると夕飯にありつけるのはもっと遅い時間になってしまう。
いくら帰りが遅くなるとあらかじめ言っていたとしても、こんなに待たされてはレスカも機嫌を損ねてしまうかもしれない。
フリッツは息を切らしながら、途中何度も躓いて転びそうになりながらも何とか自宅に戻ったが――――
「おかえり、フリ坊。ちょうど今夕飯ができたところだ」
「姉さん!? ご、ごめんなさい、遅くなっちゃって! 僕が夕飯作らなきゃいけないのに姉さんにやってもらうなんて」
なんとこの日は珍しくレスカが台所に立ち、鍋でポトフを煮立てていた。
フリッツは慌てて謝ったが、レスカは気にするなとばかりに笑って見せる。
「いつもは仕事の都合とはいえ、フリ坊にやってもらってばかりだったからな。私も久々で腕が落ちてないか若干心配だったが……まあ、それなりにはできたと思う。ほら、早く手を洗ってこい。その間に準備しておいてやるから」
「う、うん!」
こうしてレスカ姉弟の家では、珍しくレスカが作った料理が並んだ。
もっとも、彼女は元々さほど料理することがなく、レパートリーもポトフと肉の串焼きくらいのものだったが、きちんと味見しながら作ったからか、それなりに整ったおいしさだった。
「うん…………おいしい! 姉さんの手料理を食べたのって、すごく久々かも」
「まあな……今まで家事全般はフリ坊に任せていたからな。だいぶ苦戦はしたが、こうしてフリ坊に喜んでもらえるなら、もっと料理のレパートリーを増やしてみようかな」
ポトフの具材は主にタマネギやニンジン、カブ、ジャガイモなどで、スープもあっさりとした塩味になっている、
アーシェラのような凝った作りにはできないが、シンプルながらも食欲を刺激するいい香りがする逸品である。
あとは暖炉で串にさして焼いた鶏肉と黒パンくらいだったが、長時間で歩いて体が冷えたフリッツにとってはこの優しい味とぬくもりがとてもありがたかった。
「……覚えてるかフリ坊。初めて本格的な料理を作った時も、今日と同じメニューだったことを」
「うん。あの時のことはずっと忘れないよ。僕と姉さんがようやく隠れて住むことができる場所を見つけて、台所が使えるようになったときにこれを作ってくれたもんね」
レスカがフリッツとともに逃亡生活を始めたころは、野宿が続く日々で、日持ちがする硬いパンや途中で勝った野生の動物の肉を焼いて食べるほかなかった。
その間フリッツは文句を言わずレスカに差し出されたものを食べていたが、やはりどこかひもじい感じがしたものだ。
王国から脱出してようやく無関係の土地で一息つくと、レスカもまた本格的に暖かい料理を食べさせてあげようと、記憶だけを頼りにポトフを作ったのだが……今思えば味付けが雑すぎて、そこまでおいしくできなかったとレスカは反省している。
それでも、実家でも不遇に育った上に逃亡生活をも経験したフリッツは、久々の温かい食事にとても感動したものだ。
そして……ある程度余裕ができてくると、フリッツも何でもかんでもレスカにやってもらうのが申し訳なくなってきたので、そのころから彼はレスカが出かけている間に一通りの家事をこなしていたのであった。
料理についても、周囲の人たちにいろいろ教えてもらい、レパートリーや味付けの方法を増やしていった。
そしていつしか、レスカが外で仕事をして、フリッツが家の中のことを担当するという分担ができていったというわけだ。
「あれから何となくフリ坊ばかりに家のことを任せてきたが…………ここから先、フリ坊も色々出かけて家を空けることもあるだろう……今日みたいにな」
「レスカ姉さん……」
「そんな顔をするな、私だってフリ坊が何をしているのか知りたいと言えば嘘になるが、今はまだ秘密にしておきたいのだろう? ふふふ、いつになるかは知らんが教えてくれる日を楽しみにしているぞ。あ、だからと言って浮気はするな! 特にあのリーズのお姉さんは要警戒人物だ、隙を見せたら《《喰われる》》ぞ!」
「喰われるって……わかったよ、気を付けるよ」
フリッツはレスカにある程度詮索される前提で話をしていたのだが、以外にもレスカは楽しみにしているとだけ言ってそれ以上聞いてこなかった。
もっとも、これはレスカがリーズとアーシェラから事前にフリッツのことを聞いていたからこその余裕であり、もし聞いてなかったら不器用なレスカはいろいろと不安になって詮索していたかもしれない。
(それに、秘密を持っているのはフリ坊だけではないからな)
隠し事をするのは後ろめたいが、レスカもフリッツもお互いのことを心から信じている。
少しの秘密くらいで揺らぐ絆ではなかったのだ。
「ふふっ、昔話をしていたらいろいろと懐かしくなってきたな。どうだ、久しぶりに姉さんと一緒のベットで寝ないか?」
「ええぇっ!? ね、姉さんと!?」
「なんだ、私では不満か? あの頃、寒い日は一緒の布団に入って一緒に寝ていたというのに」
「あうう……さすがにこの歳になると、恥ずかしいっていうか…………」
「いいから一緒に寝るぞ」
「はい……」
代わりに家事をやってもらった手前、下手に出るほかなかったフリッツは、レスカに押し切られて一緒のベットで寝ることになってしまったという。




