不安Ⅱ
フリッツたちが森へ向かったのと同じころ、アーシェラとリーズは見張り台に上って、レスカと話をしていた。
「そうか、フリ坊が私の為にプレゼントか…………どうりで少しよそよそしいと感じたわけだ」
「だからね、しばらくフリッツ君のことを大目に見てほしいな」
リーズはなんとレスカにフリッツがプレゼントの用意をしようとしていることを話してしまったのだ。
一応、これにはアーシェラなりの目論見がある。
まずそもそもフリッツはレスカへの隠し事をするのがあまりにも下手すぎるせいで、どうしても挙動不審になってしまっており、それがレスカの不安を高めてしまっているからだった。
実をいうと、フリッツはああ見えてもほかの人に比べて隠し事をする……というより、心を閉ざして素知らぬ顔をするのがかなりうまい。これは、元々フリッツが虐待されて育ったうえ、レスカとの逃亡生活でも元の身分を隠して生きていかなければならなかったことによって自然に身についた処世術だった。
が、その分レスカにだけは全幅の信頼を置いていたせいで、レスカ相手にだけは隠し事をするときに無意識にとてつもない罪悪感を感じて挙動不審になってしまうのだった。
リーズとアーシェラがこうしてレスカに説明しているのは、フリッツがごまかしきれない分をフォローしようとしているのであった。
「とはいっても、プレゼントが何になるかはリーズたちからは内緒ってことで♪」
「僕たちも中身までは知らないんだけどね、あはは」
「ふっ、さすがにそこまで教えてもらおうとするほど、私も野暮ではないさ。しかしそうか……フリ坊が私へのプレゼントか。そんなことをしなくとも、フリ坊の気持ちは私に十分伝わっている…………と、言いたいところだが、結局私とフリ坊が実の姉弟でない以上、私もまだフリ坊の気持ちをきちんと受け止め切れていないのかもしれないな」
夕陽に照らされた見張り台の上で達観したようにそう言うレスカは、どこか嬉しさと悲しさが入り混じったような表情をしていた。
「先日の港町への探索の時も実感したが、フリ坊は着実に大人になってきている。ずっと子供のままだと思っていたが…………それは単なる私の願望なのかもしれないな。ずっと子供のままでいてほしいと、私が身勝手に願っているだけで」
「そうだね、その通りだ」
「え、シェラ!?」
「村長……ガツンと肯定されるとそれはそれで効くんだが…………」
「僕も人のことを言えたものじゃないんだけど、レスカさんはフリッツ君のことをずっと守ってきたから、それが当たり前になって、いつしか自分の生きがいそのものになってしまったんだろう。でもね、フリッツ君も地域によってはそろそろ結婚してもおかしくない年齢だし、着実に大人になってきている。そのことをレスカも受け止める必要がある」
アーシェラは、あえてレスカにそれなりに厳しい事実を突きつけた。
アーシェラ自身がリーズのこと保護すべき子供のように思っていたせいで、リーズとの恋愛事情がいろいろとこじれることになったゆえに、レスカには同じ轍を踏んでほしくないと考えているのだろう。
「今フリッツがレスカにプレゼントを用意しようとしているのも、本人がどう思っているかは別として、レスカから一方的に保護される立場から「卒業」しようとしているんだ。だからこそ、レスカにも相応の覚悟を持ってもらわないとね」
「覚悟、か……」
覚悟はしていたつもりだったが、改めてアーシェラの話を聞いてショックを受けたレスカは、まだまだ覚悟が足りないことを自覚した。
(では、私の覚悟とはなんだ? フリッツを一人の大人とみるということか)
レスカがフリッツと出会い、依頼主から殺すように依頼された彼を庇うべくなし崩し的に逃亡生活を始めたのが約5年前。
あと少しで16歳になる彼は、まだまだあどけなさがあるものの、出会ったころに比べて身長は格段に伸び、今でも成長は止まっていない。このまま伸びていけば、いずれはレスカの伸長を追い越すかもしれない。
女の子のようだった声も、すっかり声変わりして男性の声になってきたし、なにより…………一緒に風呂に入るのを恥ずかしがるようになってきた。
「村長、リーズさん、決めたよ」
「決めたって、何を?」
「私もフリ坊になにかプレゼントをしようと思う。それも、感謝の気持ちという形ではなく、フリ坊が大人になったということを祝うためのな」
「おお、それはいい考えだね! 何か当てはあるのかな?」
「当て……と言うほどのものではないが、私のかつての実家――――王国騎士の家では、それに近い風習があってな。しかし、それはこの村では用意できない物なんだ。そこで相談なんだが、リーズさんと村長が山向こうですべての決着をつけに行き、すべてが終わった後、やりたいことがあるのだが、いいだろうか?」
「もちろん! リーズたちに手伝えることがあったら、何でも言ってね!」
こうして、フリッツがプレゼントを用意する傍ら、レスカもまたフリッツに何か用意してあげようと決意した。




