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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―星魚の月20日― 日常と非日常
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実験

 あれから数日後、村の南側に広がる森林の一角で、何人かの村人たちが集まっていた。ただ、その面子の組み合わせがなかなか珍しかった。


「ふぅあぁ~……こんな()()()()から駆り出すなんて、よっぽど面白いことじゃないと承知しないんだからね~」

「木から宝石を作ると聞いたのだけど、本当にそんなことができるの?」

「ヤッハッハ! それをこれから試してみようって話じゃないか! 成功したらきっとすごく面白いだろうね!」

「みんなごめんなさい、僕なんかの為にこんなに集まってくれて……」


 時刻はそろそろ夕方になろうとする頃で、いつもならもうあと2時間くらいで村の見張りが交代になるのだが、この日は珍しくまだ日が若干高いうちに夜間見張りのアイリーンがいた。

 しかも、わざわざアイリーンに早起きするよう頼みこんだのがリーズの姉ウディノであることもまた驚きであった。

 また、森の案内役としてブロス夫妻が立ち会っているほか、今回の集まりの発起人であるウディノとフリッツがいる。

 村長夫妻も来たかったようだが、別にやらなければならないことがあるので今回はいない。


 そして今回彼らが集まったのは、先ほどユリシーヌが言ったように「木から宝石を作る」という目標の為だった。

 俄かには信じがたい話ではあるが、ウディノ曰く、学校の図書館で調べ物をしていた際にたまたま目にした資料に記載があったそうで、成功例もあるらしい。

 とはいえ、この手法がほとんど知られていないのにはいくつか理由がある。


「運よく見つかってよかった。これだけ広い森の中で、条件を満たす倒木を見つけるのは並大抵じゃないわ」


 まず、ウディノはブロス夫妻に一定の条件を満たす倒木を探してもらうよう依頼した。

 だが、その条件とは――――


・倒れた樹木の直径が約7メートル以上あり、かつ長さが約15メートル以上あること

(※一応この世界には独自の長さ単位があるが、ここでは割愛)

・木が倒れてから1カ月以上かつ半年以内

・あくまで自然に倒れたもの。人為的に倒してはいけない


 というもので、かなりの広さがある森林地帯と言えども、この条件を満たす倒木を探すのはかなり骨が折れた。

 むしろ、たった数日で見つかったのが奇跡である。


 その上で、木から宝石を作るためには複数の「属性」の魔術が必要になる。

 具体的に必要になるのが「火」と「風」と、そして「闇」である。

 火の術式や風の術式は比較的使い手が多い一方で、闇魔術……通称「古代魔術」はその性質上使い手が非常に少ない。

 ウディノが学園にいたころも、闇魔術を習うことはできなかったし、使い手を一度も見たことがなかった。

 なぜなら、闇魔術自体非常に破壊的かつ残酷なものが多く、王国という国自体も一部を除いて闇魔法の使用は禁じられている。


 しかし、都合のいいことにこの村には闇魔法の使い手がいた。

 それがアイリーンだ。


「うまくできるかなぁ~、いつも使ってるのとは違うから、失敗したらごめんね~」

「まあまあ、今は使える人がいるだけでとってもありがたいわ! あとは私の風術とフリッツ君の火術があれば問題ナッシング! いやー、実際に試せる日が来るなんて、ドキドキワクワクだわ!」

「そ、それじゃあ、始めましょうか…………」


(レスカにプレゼントするため……失敗はできないっ)


 こうしてついに始まった宝石づくり。

 まずはフリッツが意識を集中して術式を唱え始めると、それに合わせて倒木を三角形に囲むように立つウディノとアイリーンが各々の術式を唱え始めた。

 いつもとは違い、出力が大きい魔術を使うため、発動するための詠唱も長い。

 一句でも間違えば発動しなくなるばかりか、下手をすれば暴発してしまいかねないため、手元にある術書を見ながら念入りに一字一句丁寧に口にしていく。

(なお、驚くことにアイリーンだけは無詠唱で術を発動できる)


 詠唱すること3分、フリッツの掌に巨大な火球が形作られる。

 練り上げられた火球を、フリッツは倒木のほぼ真ん中に放ち、直撃させた。

 高温の炎の塊が直撃した大きな倒木はあっという間に燃え上がり、あっという間に全体が炎に包まれる。

 一応、周囲に燃え移らないように周囲の草花には水を撒いているが、数十秒後には効果を失ってしまうだろう。なので、全体に炎が回った瞬間にウディノが術を放った。

 ウディノの術は空気を分断する術であり、これを使うことで真空空間を作ることができたりするが、今回は火を燃やすための空気(酸素のこと。この世界ではまだ酸素という概念は知られていない)をで燃えている倒木を閉じ込める。

 そして最後にアイリーンの闇魔術――「空間圧縮の術」を使い、燃焼する倒木を丸ごと闇の空間に閉じ込め……まるでブラックホールのように無理やり圧縮する。


「みんな、離れて。近づきすぎると私たちも圧縮されてしまうわ」

「ひえぇ~……」


 このような術に巻き込まれれば、たいていの人間は即死である。

 闇魔法がいかに危険な魔術かがよくわかるが、使い方によっては思いもよらない便利なこともできるという面もある。


 こうして、闇魔術で圧縮すること5分ほど。

 黒紫の術球が収まってあたりに静寂が訪れると、雄大に横たわっていた倒木の姿はなく、かわりに人の顔ほどの大きさがある楕円形の黒い塊が現れた。


『おぉ~っ』


 その場にいた人々が一斉に興味深そうな声を上げた。

 拾い上げた黒い物体はずっしりと重く、あれだけ燃えていたにもかかわらずちょっとだけひんやりしていた。


「っしゃいっ! 成功だーっ! やっぱり私の考えは間違ってなかった!」

「なるほど、こういうことだったのね。でもまだ宝石が出てきたわけじゃないわ」

「ヤーッハッハ、ここからは私にお任せあれっ」


 ブロスは荷物からノミと金槌を取り出すと、黒い刀に刃を入れ、コツコツと慎重に割っていく。

 割るというだけなら金槌で思い切り叩くか、斧を叩きつけてもいいかもしれないが、この中に宝石が入っている可能性があるとなれば、中身を傷つけないために慎重に割っていく必要がある。


 この黒い塊は言ってしまえば圧縮して炭化した倒木そのものであり、表面が堅く割るのはなかなか苦労した。

 それでもブロスはいつものおしゃべりが鳴りを潜めるほど集中して鑿と金槌を振るい続け、ゆっくりと、しかし確実に外殻の炭素を砕いていく。


 やがて、亀裂が一回りし、黒い塊がぱっくり割れるとそこには――――

 茶色と黄色が混ざった飴色の小さな塊が姿を現した。


「わぁぁっ! す、すごい! 琥珀だ! 生まれて初めて見たよ!」

「私も……今まさに猛烈に感動しているわ! これは早速論文にしなきゃ!」

「はぇ~、宝石を作るってこういうことだったのね。言われてみれば琥珀って、古代の樹液が固まったものだし~」


 そう、彼らが求めていた宝石とは琥珀のことだった。

 樹液が長い年月をかけて固まって圧縮されてできる琥珀は、天然物は産地が限られるものの、条件さえ整えばこうして意図的に作ることもできるわけだ。

 樹木の大きさに比して、生成された琥珀の大きさはこぶしよりほんの小さいくらいだが、これだけの大きさがあればそれなりの宝飾品が作れるだろう。

 おそらくロジオンあたりに売れば高値で買い取ってくれるだろうが……もちろんフリッツにはそのつもりはなく、この後これをちょっとずつ加工して、レスカへのプレゼントにするのだ。


 また、使い道があるのは琥珀だけではない。


「じゃあ、約束通りこの圧縮炭は私たちがもらうけど、いいわよね」

「もちろんよ、すごく助かったわ、ありがとう!」


 琥珀を包んでいた黒い塊は、石炭のようなものであり、金属を加工するための高級な燃料となる。ブロス夫妻にとっては、これがもらえるだけでも十分な報酬になる。


「それじゃあ、もうそろそろ日も暮れることだし、帰りましょうか! うふふ、フリッツ君はプレゼントの原料が手に入って、私は論文のネタができる、まさに一石二鳥、一石二鳥!」


 いろいろとうまくいってうきうき気分のウディノ。

 その姿を見てフリッツは、何やらいろいろと思うところがあった。


(さすがはリーズさんのお姉さん……すごい社交力)


 そもそもウディノはこの村に来てまだ1カ月くらいしか経ってないのだが、すでにブロス夫妻とアイリーンに動いてもらうくらいには村に溶け込んでいた。

 順応の速さは妹のリーズにも引けを取らないだろう。

 それに、今ではリーズとウディノの母マノンも、羊飼いの仕事がすっかり気に入ったようで、まだ寒い日が続く中でも熱心に羊の世話をしていた。


 やはり勇者を輩出する家系は、いろいろと常人と違うなとフリッツは改めて思ったのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言]  こんばんは、御作を読みました。  まさかの琥珀作成>▽<!?  副産物の石炭も含めて、実にファンタジーでワクワクしました。面白かったです。
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