焦燥 Ⅱ
「なるほどねっ! リーズもよくわかるよ、ついこの前までリーズもシェラもフリッツ君と同じ気持ちだったんだから。ね、シェラっ」
「そうか……あれからまだそんなに経ってないんだ。今はもうすっかり、リーズとは昔から夫婦みたいに思えるのにね」
フリッツの抱えている焦りは、去年の秋――――リーズが村に来た頃に抱えていた気持ちと同じだった。
二人にとって、そのことはずいぶんと昔のことのように思えたが、実際はまだあの事件から半年もたっていない。
「ごめんなさい、あの時僕はどうして村長とリーズさんはお互いに想い合っているのがわかっているのに、あと一歩が踏み出せないんだろうって勝手に思って無邪気に後押しようとしてた。でも、僕が同じ立場になって初めて……そう単純な話じゃないんだって気が付いたんだ」
「いや、謝ることはないよフリッツ。あの時の君の言葉も、確かに僕たちのことを後押ししてくれた。むしろ凄く嬉しかった。きっと僕一人だけだったら、あんな決断下せなかったんだろうな」
「それはそうだけど……」
かつてのアーシェラとフリッツでは、あと一歩が踏み出せないという境遇が似てると言えなくもないが、アーシェラの場合は王国なども含めた複雑な政治事情が根底にあり、軽々しく決断すれば最悪この村がなくなってしまいかねないという問題も含んでいた。
もっと言えば、アーシェラとリーズの恋路に立ちはだかる問題はまだ完全に解決したと言えない状況で、あと1ヶ月後くらいにようやく決着をつけに行くことができるのだ。
そう考えると、フリッツは益々自分が小さなことでうじうじ悩んでいることが情けなく思えてきた。
(だとしても、フリッツ君の悩みがなくなるわけじゃない! やっぱりここはリーズたちが後押しした方がいいのかもしれない)
本当なら、フリッツとレスカの仲は、外野が余計なことをせず二人で納得がいく形で収まるのが理想だ…………が、それは結局理想の一種でしかない。
そう思ったリーズはアーシェラの方を向くと、無言でゆっくり頷くと、アーシェラもすぐにその意図を察したようで、無言で頷き返すと、再びフリッツに向かい合う。
「そうだねぇ…………フリッツ、君は本気の本気で、レスカさんに告白したい気持ちがあるんだよね?」
「はい、もちろんです村長! まだ一歩踏ん切りはつかないですが……この胸の想いをどうしても伝えたくて」
「よろしい。ならば少し話をしようか。古今東西、男の人が女の人に自分の想いを…………本気の心を伝える方法はいくつかあるけど、最もポピュラーなのは「プレゼント」だ」
「プレゼント…………!?」
「もらう側が嬉しいというのもあるけど、渡す側としても用意から準備まで含めて、それ自体が何にも代えがたい思い出となるわけだ。僕だって、リーズに告白しようと決めた時は、リーズに「流れ星が見える景色」をプレゼントしようって決めたし」
なお、そのプレゼントを渡そうとしたつもりが、逆にリーズから全く同じものをプレゼントをされたというのがこの二人らしい。
とはいえ、アーシェラの言う通りプレゼントはこういった時の「決定打」としては非常にポピュラーな方法なのは確かである。
「プレゼントかぁ……そういえば考えたことなかった。花束とかかな、高価な物とか? 村長たちみたいにきれいな景色を見せてあげるとか……? うーん、確かにこれはきちんと考えないと難しい」
「えへへ、レスカはどんなプレゼントだったら喜んでくれるかな? ずっと一緒にいたフリッツ君が一番わかるよねっ!」
「ふぇっ!? そ、それは…………」
「なーんてねっ、こういうのを選ぶのが一番難しいよね。ううん、むしろいつも一緒にいるからこそ、お互いに好きな物を知ってて、逆に意外性のあるものが思い浮かばなかったりするんじゃないかな。じっくり考えるのもいいけれど、ほかの人の意見もいろいろ聞いてみるといいかもしれない!」
「いろいろと意見を聞いていくうちに、ふと閃くこともあるかもしれないからね。ただし、あまり大勢に聞かないように、ある程度事前に絞った方がいい。そうしないと、事前にバレちゃうかもしれない…………けど、まあそれはそれで」
「うーん……」
身近だからこそ見えないものがある。
これもまた、リーズとアーシェラがお互いに恋していたころの経験に基づくものだ。
まずは発想の元を広げ、選択肢を増やすことから始めることを勧めることにした。
元々柔軟な発想の持ち主のフリッツなら、思わぬアイデアが出てくることだろう。
今までどうしたらいいか迷っていたフリッツは、一つ時の光明を見つけたことで表情が明るくなり、今までに感じたことがないわくわく感が沸いてきた気がした。
「…………よしっ、僕はやります! レスカ姉さんに最高のプレゼントをするんだっ!」
「うんうん、その意気だよフリッツ君! もし困ったことがあったら、リーズもシェラも手伝うからっ!」
こうして、フリッツはリーズとアーシェラのアドバイスの元、レスカにプレゼントを贈る決意を固めた。
何を送るかはこれから考えなければならないが、やはり方針が定まったことは大きいし、イメージが沸けばそれだけ行動しやすくなる。
「でも、そっかぁ、ついにフリッツ君とレスカが結ばれるんだ。もし本当にそうなったらリーズも嬉しいけど、今でも結構距離が近いから、生活はあんまり変わらないのかな?」
「あはは……そうかもしれないけど、僕もその……レスカと、あんなことや、そんなことすると思うと、ちょっと実感がわかなくて…………」
「「え?」」
フリッツの言葉に、リーズとアーシェラがそろって目を点にした。
だが、少し考えてみればフリッツとレスカは「義理」とはいえ姉弟の間柄なので、恋人同士のような睦事はするはずがない。
「僕だって、ほら、その、男だし……そういうことは興味ないと言えば嘘になっちゃうというか…………あ、でもさすがにリーズさんや村長みたいに、毎日一日中ずっとまではないかなって」
「待ったフリッツ。今聞き捨てならないことを言わなかったかい? それじゃあまるで僕たちが一日中、ええっと……恥ずかしいことしているみたいじゃないか」
「え……? 違うんですか? 僕的には見てるこっちが恥ずかしいなって……………あっ」
フリッツはここでようやく自分が勢いあまって失言したことに気が付いた。
それと同時に、二人は改めて面と向かって「日中から恥ずかしいことしている」といわれて、思わず赤面してしまう。
「あ、あはは……ちょっとは控えた方がいいのかな、シェラ?」
「かもしれないね、リーズ…………」
「わーっ!!?? 違うんですっ、そういう意味ではなくって、つまりその、えっと!」
フリッツとレスカの将来がどうなるかはさておき、少なくともアーシェラとリーズを超えるようなバカップルになるのは難しいのかもしれない。




