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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―星魚の月20日― 日常と非日常
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散髪

「…………よし、こんな感じでいいかな?」

「えへへ~、さっぱりした! ありがとっ、シェラ!」


 この日の午後、家の外でアーシェラがリーズの髪を切っていた。

 鋏と櫛を使って慣れた手つきでリーズの紅髪を短くしていき、あっという間にちょうどいい長さに仕上げてしまった。


「手鏡を見なくていいの? 後ろ髪の長さや耳の後ろとか、物足りないところはない?」

「いいのいいのっ! シェラが切ってくれるといつもぴったりだし、リーズがどうすれば一番可愛くなるかはシェラが一番よくわかってるはずだから♪」

「そ、そう? まあ、そう言ってくれると嬉しいけど……ほら、さっぱりした後の自分を見るのも大切だよ」


 散髪においてもリーズはアーシェラに全幅の信頼を寄せており、冒険者のころにも髪を切ってもらったせいか、安心して任せられた。

 勇者パーティーで勇者として活躍していたころはロザリンデにやってもらっていて、王宮に住んでいたころは専門の理髪師に整えてもらっていたが、なんだかんだ言って結局アーシェラにやってもらうのが一番だと思っている。


「さてと、僕もそろそろ切らなきゃダメかな……前髪が結構伸びてきてる」

「シェラもなの? よしっ、だったら今度はリーズがシェラのを切ってあげようか!」

「え……リーズが!?」

「うん! だって、リーズはいつもシェラにしてもらってばっかりだもん! リーズもシェラの奥さんとして、髪の毛を整えてあげたいの、ダメかな……?」


 アーシェラは普段、髪の毛の手入れは自分で鏡を見ながらやっている。

 彼は人の世話は焼きたがるのに、意外と自分の身の回りをほかの人にあまりやらせたがらないので、愛するリーズといえど髪を整えてもらうのに一瞬抵抗があった。


(けれども、子供が生まれて育てていく中で、髪を切ってあげるのも親の務め……ならば、今のうちに練習させて慣れさせておくべきか)


 そんなアーシェラも、初めのころは髪の毛を切るのを自分自身で分からないままやらねばならず、当初はしょっちゅう失敗して自分の髪の毛を変な形にしていたものだ。

 それを考えれば、リーズには自分の髪の毛を練習台にしながら教えていった方がいいだろうとアーシェラは判断した。


「よし……じゃあ、リーズにやってもらおうかな」

「いいのシェラ?」

「きっと初めてだからわからないことも多いかもしれないけど、僕が教えていくからゆっくりやっていこうか」


 こうして、リーズは生まれて初めての散髪に挑戦することになった。

 アーシェラは椅子に座って体に白い布を纏い、その後ろでリーズが鋏と櫛を構えた――――のだったが


「ええっと、どこから切った方がいいかな?」

「じゃあまずは頭のてっぺんから少し後ろ位からにしようか。僕も手鏡を持ってるから、リーズも鏡をもって位置を調整しながらやっていこう」


 いざ鋏を入れるとなると、とたんにリーズは緊張してきた。

 剣を持てば硬い魔獣の装甲と装甲の隙間を貫く技量を持つリーズといえど、人の髪の毛となると勝手が違ってくるし、自分のせいでアーシェラの髪の毛が変な形になったらどうしようかという不安もわいてくる。


「リーズ……」

「ど、どうしたのシェラ?」

「もし緊張するようだったら深呼吸しよう。大丈夫、ちょっと失敗してもまたすぐに伸びてくるから」

「うん……ありがとう」


 リーズは言われた通り深呼吸をして気持ちを落ち着けると……ふっとそよ風が吹いて、アーシェラの長い後ろ髪が少しだけたなびいた。


(あ……シェラの髪の毛の匂い)


 いつも使っている自家製シャンプーの柑橘系な香りの中に、心の底からリーズを安心させる匂いがするアーシェラの髪の毛。

 もう少し近づいて……何ならほぼ密着するところで深呼吸すると、どんなアロマよりも癒される気分がした。


「ん~すんすん♪」

「ちょ、ちょっと……くすぐったいってばリーズ」

「えっへへ、ごめんごめん! 深呼吸のつもりがシェラのいい匂いが気になっちゃって」

「いい匂いか。僕もリーズを抱っこしてるとき、いい匂いがするから……僕とリーズはやっぱり()()()()がいいんだろうね」

「シェラと相性がいい……嬉しいなっ! おっと、いけない……髪を切らなきゃ。せっかくシェラにお願いしたのに、待たせちゃった」

「緊張はほぐれた? ならば改めて、やってみようか」


 こうして緊張がほぐれたリーズは、アーシェラに教えてもらいながらゆっくりと髪の毛にはさみを入れていく。

 後ろから左側面、前髪と、時計回りに伸びている部分をカットしていき、アーシェラのクリーム色の髪の毛がはらはらと布に落ちていった。

 そして一番重要なのが、肩甲骨の下あたりまで伸びた後ろの伸ばしている髪の毛。

 故郷の風習で男でも髪を一定に伸ばしているアーシェラのチャームポイントであり、整えるのに少々コツがいる。


「ええと……このくらいかな?」

「もうちょっとだけ上で切ってもいいよ。うん、そうそう! はじめてなのにうまいよリーズ」

「えへへ、よかった……!」


 ややぎこちないところはある物の、リーズのセンスがいいからか、あるいはアーシェラが教えるのがうまいからか、そこまで目立った失敗なくカットを行うことができた。

 しいて言えば、前髪のバランスがやや崩れ気味だったが、誤差の範囲内。

 それに、たとえ失敗しても次につなげればいいし、この二人ならすぐに笑い話になるだろう。


「うん、さっぱりした! 自分で切るよりも心地いい!」

「今度からシェラの髪の毛はずっとリーズが切ってあげるね」

「僕の方こそお願いするよ。次の散髪が今から楽しみだ」

「楽しみだなんて……えへへ、シェラ大好きっ♪」


 髪を整える間少し興奮してしまったのか、リーズはいきなりアーシェラにきゅっと口づけした。

 顔と顔が近くなって、お互いに切ったばかりの髪の毛があちらこちらに混ざり合うように散っていった。


「ねぇシェラ、ちょっと早いけどお風呂入ろうよ! 髪の毛が軽くなったけど、ちょっとチクチクするから、一緒に洗いっこしよ! ね!」

「うん、それもいいね。じゃあ、お風呂に水をためて…………おや?」


 お風呂の用意をするため立ち上がろうとしたとき、アーシェラは物陰に誰かいるのに気が付いた。


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