建築
「ってことが昨日の夜にあってね~♪」
「ヤッハッハ! それはそれは愉快ですナ!」
「「愉快ですナ」じゃないわよもう……リーズったら自分からその話を暴露するのね」
「えへへ♪」
例の騒ぎがあった夜の次の日、村の中心のすぐ近くでブロス一家とともに建築の手伝いに励むリーズは、なんと自分から昨日の騒ぎの顛末をブロスたちに語っていた。
ブロスはいつものように軽く笑っていたが、ユリシーヌは改めてリーズのあけっぴろげな性格にややあきれていた。
この素直さがリーズのいいところとはいえ、自分のやらかしを喜々として語るのは流石にどうなのかとユリシーヌは思ってしまう。
「でも、本当に大したことなかったというか……寂しかったというだけでよかったよ。何かあったらと思うと、僕も肝を冷やしたからね」
「うん……ごめんねシェラ、ちょっとおトイレに行ってただけなのに、あんなに叫んじゃって」
「とはいっても、今は不安定な時期だからしょうがないよ。ユリシーヌさんもそんな時期があったでしょ」
「まあね……初めて身ごもったころは、私もいろいろ不安に思うことはあったから、リーズさんの気持ちはわからなくもないわ」
「そんなに不安なんだね~。私も、大きくなったらリーズお姉ちゃんみたいに叫んじゃったりするのかな?」
「さ、さすがにミーナちゃんにはこの話は早いんじゃないかな!」
すぐ近くで別の作業をしていたミーナも、いつか自分もこんなことになるのだろうかと思っているようだが、周りの人々はミーナだけはまだ純粋な心でいてほしいと思うばかりだった。
「まあなんだ、困ったことがあったら村長だけじゃなくて私やフリ坊も頼ってくれよ」
「うんうん! 僕も姉さんも、少しでも力になりたいから!」
「えへへ、ありがとうレスカ、フリッツ君!」
周りの人たちから次々に、困ったときは頼ってほしいと言われるリーズ。
村に来てからまだ1年も経っていないにもかかわらずこれだけ信頼されているのは、やはり彼女の人徳の賜物なのだろう。
このように周りに村人が大勢いるのは、この日がちょっとした特別な日だからだ。
以前から村に集会所や公民館のようなものが必要だということで、村の中心のすぐそばに村人全員が入れるような二階建ての大きな建物を建築していた。
それが今日ついに完成するのだ。
「随分と立派な建物になったねでデギムスさん」
「おうよ! 今まで作ってきた建物で一番の最高傑作だ! これなら村に大勢の客が来ても、余裕で寝泊まりできるだろうよ! もっと時間がかかるかと思ったが、リーズさんたちが手伝ってくれたおかげであっという間だったぜ!」
今までは村人だけで細々と暮らすつもりだったので、集会所のような大きな建物は必要なかったのだが、リーズが来てからこの村は滅びた国の再興を目指すことになり、必然的に人が多く訪ねてくることが増えた。
ロジオンたちの隊商も人数が増えたし、この前はヴォイテク率いる船乗りたちが村に滞在したことで、明らかにキャパシティをオーバーしてしまった。
今後もこうしたことが続くと思われるので、滞在のための建物を整備したり、村人たちが一堂に集まれる建物を作るのは最優先課題だったのだ。
集会所を建築していたのは、主にブロスの父である大工のデギムスの役目だったが、ブロスやユリシーヌも頻繁に手伝っていたし、何よりリーズが朝の訓練で丸太を斬ってくれたり、アーシェラともども建築の手伝いをしたこともあって、今年の秋までかかると思われた工期は春を待たずして完了したのだった。
そしてこの日は最後の仕上げとして、村人総出で壁の仕上げや屋根の塗装、集会所の内装工事などに励み、完成の喜びをみんなで分かち合おうというのだった。
「うふふ、まさかこの歳になって大工さんみたいなことができるなんて思わなかったわ」
「母さん、随分と楽しそうだね……あんまりこういうことに興味がないとずっと思ってた」
「そもそもご主人様が自ら労働するなんて、あんまり褒められたものじゃない気がするんですけど…………」
「いいじゃない、これも趣味ということで♪」
村人に交じってリーズの母親マノンと、姉のウディノまで楽しそうに仕事に励んでいた。
こういった大工仕事をやるなど、貴族としては前代未聞なのだが、どうしてもやりたいということで手伝ってもらっている。
人生の大半を箱入りで過ごしたマノンだったが、リーズの母親だけあって、根は好奇心旺盛なのだろう。おそらくこの人は、今後もこの村でいろいろなことに挑戦し続けていくのだろう。
「おーし、こんなもんだろ! 村の集会所の完成だ!」
『おーっ!!』
壁の塗装の乾かしや、内装の用意がすべて整ったことで、この日のお昼前に立派な集会所が完成した。
家3件分もある広大な敷地と、高い天井を持つ二階建ての建物は、今ある村の建物のどれよりも立派で、中に入るとくっつけたり離したりできるテーブルがいくつかと、村人全員分が座ってもなお余る木製の椅子があり、さらには村人たちが持ち寄って作った装飾品などが備わっている。
これで次に大勢の人が来た時には、宿泊施設として使ってもらえることだろう。
「じゃあ、早速完成を記念してお祝いの料理を作ってきたから、みんなで食べよう!」
「やったぁ! 待ってました!」
「流石村長は用意がいいですな! ヤッハッハ!」
そしていつものように、アーシェラは村人全員分のお祝いの食べ物を用意してきた。
今日の目玉は、以前リーズとピクニックに行った時に作ってとても好評だった、ハンバーグと野菜が丸ごと入った大きいサンドイッチだった。
「おー、これが噂に聞くハンバーグが丸ごと入ったサンドイッチか! 確かに見た目は凄く豪快だ!」
「不思議よね、今までサンドイッチの具材はハムかベーコンくらいしか思いつかなかったのに、実際に目の前にあるとまるで違和感がないわ」
「大きい……一つ食べるだけでおなか一杯になりそう」
ハンバーグ入りサンドイッチのほかは、いつもの付け合わせのサラダやマッシュポテト、そして温めてあったシチューなどそこまで特別なものではなかったが、主役があまりにもボリューミーなので物足りないとはだれも思わなかった。
「おいしいわ……これ、うちでも今度作ってみようかしら。外で活動するときのお昼としてちょうどよさそうだわ」
「ヤハハ、それはいいねゆりしー! 今度はいろいろな動物のお肉も試してみようか! あの森に棲んでるクモの魔獣のフライとかどうかな」
「私は構わないけど……周りはたぶんドン引きじゃないかしら」
「センパイってクモ食べるんですか! 実はあたしも食べたことあります! 火を通すと意外とおいしいですよね!」
「そうなんだー! リーズも食べてみようかな!」
「そ、それは流石に赤ちゃんが生まれてからにしようか」
具材のことで、なにやら物騒な話をしだすブロスとユリシーヌ。
リーズも興味を持ったようだが、さすがにアーシェラが妊娠期間中はよくないと止めた。
一応、森にすむクモの魔獣は意外と身と肉があって食べることが可能で、貴重なたんぱく源として重宝されることもあるが、よくない菌を持っていることもあるため、調理の際はよく火を通す必要がある。
「それに、クモなんかよりももっと手軽なものがあるでしょうに」
「あらあら、では次は魚のつみれ焼きなんてどうでしょうか。材料はもちろん私が用意しますわ」
「それもなかなか変化球だなぁ」
「オイオイ、せっかく建物が完成したのに、話題を全部サンドイッチに持っていかれちまったぜ……」
せっかくの落成祝いにもかかわらず、話題を全部サンドイッチに持っていかれてしまい、デギムスはちょっぴり落ち込んでしまうのだった。




