悲鳴
ある日の夜のこと――――
リーズがふと目を覚ますと、あたりは真っ暗で、いつも近くにあるはずの「暖かいもの」がないことに気が付いた。
「あ……あれ? シェラが…………いない?」
いつもリーズのことを優しく抱きしめてくれるアーシェラがおらず、ベッドの上にはリーズだけしかいない。
それが分かったとたん、リーズは一人で感じる冬の夜の寒さもあり、一気に寂寥感に襲われてしまう。
「そんな……シェラっ、どこか……いっちゃったの? リーズを置いてっちゃやだよ………………シェラぁっっっ!!!」
リーズはその場でアーシェラの名前を呼びながら絶叫し、泣き出してしまった。
が、数秒もしないうちに寝室の外からバタバタと取り乱したような足跡がすると、慌てた様子でアーシェラが部屋に飛び込んできた
「リーズ!! どうしたの!? 何かあったの!?」
「……っ! シェラ!」
「どこかにぶつけたの!? それとも具合が悪い!? リーズに万が一のことがあったら大変だ!」
「あ……えっと」
ここでリーズは、ようやく頭が完全にはっきりし、自分が何をやらかしたかに気が付いたとたん、顔をみるみる真っ赤にしてあわててアーシェラに謝った。
「ご、ごめんシェラ! リーズ寝ぼけてたみたい…………」
「……え? ほ、本当に? 具合が悪いとかじゃなくて?」
「う……うん。なんていうか……目が覚めたらシェラがいなくて、その、衝動的にすごく寂しくなって……」
「そ、そうだったんだ……なら安心したよ」
リーズはただ単純に寝ぼけてアーシェラがいなくなったと勘違いしてしまっただけだったようで、それが分かったアーシェラはほっと胸をなでおろした。
そしてリーズも、アーシェラがいなくなったわけじゃないとわかり、ようやく落ち着きを取り戻したが……自分がまるで幼い子供のようなことをしてしまい、とても恥ずかしそうだった。
「でも、シェラはどこに行ってたの?」
「僕? それは――――」
アーシェラがどこに行ってたかを言おうとしたとき、玄関が開く音がして、何人かがあわてて家の中に入ってきた。
「リーズ! さっきものすごい叫び声がしたが大丈夫か!?」
「リーズさん! 村長さん! ご、ご無事ですか!」
「あ……レスカ、フリッツ君」
「ご、ごめん二人とも……起こしちゃったみたいで。僕たちは何ともないから」
どうやら、近所に住んでいるレスカ姉弟がリーズの叫び声で目を覚ましてしまったらしく、しかもその声が尋常ではなかったからか、着の身着のまま、靴も履かずに裸足で駆けつけてきたようだ。陽気な姉弟であった。
しかし、リーズの声を聴いて起きてきたのはレスカたちだけではなかった。
「リーズお姉ちゃん!! 大丈夫!? なんかすごい悲鳴が聞こえたんだけどっ!」
「何やら村長さんがいなくなったようなことを言っていたように聞こえましたけど、気のせいかしら?」
「村長さんぴんぴんしてるじゃないですかー、リーズ様寝ぼけていらしたのですか」
「あはは……ミルカさんやミーナちゃん達まできちゃったね。ごめん、モズリーちゃんの言う通り、リーズが寝ぼけてただけなの」
家が近いイングリッド姉妹もまた、リーズの声を聴いて駆けつけてきた。
一緒の家で生活しているモズリーも、駆け付けないわけにもいかず、眠気眼で連れてこられたようだ。
「で、村長。いったい何があってこんなことに?」
「説明しにくいんだけど…………その、小用で少しだけベッドを抜けててね」
「あっ……なるほど」
「そっか、トイレだったのね……シェラ、ごめん。リーズ、こんなことで大騒ぎしちゃって」
「いや、こっちこそ、不安にさせちゃってごめん」
肝心のアーシェラがいなかった理由だが、単純に彼は夜中に催したので、家の外にあるトイレに行っていただけだ。
ちなみに、この時代のトイレはほとんど壺のような「おまる」であり、排泄したものが溜まったら共同の捨て場に持っていく必要がある。
特に冬の外は寒いので、できれば夜はトイレに行きたくないものである。
「まあ、なんにせよリーズさんに何事もなくてよかった」
「ええ、本当に。今のリーズさんの身体は、リーズさんだけのものではないのですから」
「うん……みんな、心配してくれてありがとう」
そういってリーズは優しくお腹を撫でた。
リーズが懐妊してからそろそろ3ヶ月が経とうとしている。ゆったりとしたサイズの寝間着がはっきりと膨らんでおり、誰が見ても新しい命が宿っているのは明らかだ。
「じゃあ、私たちは帰るけど……本当に何かあったら私たちを頼ってくれてもいいからね、リーズお姉ちゃん」
「僕も、できることがあるかわからないけど、いつでも助けになるよ」
「みんながそう言ってくれると心強いよ。じゃあ、おやすみなさい、また明日」
こうして駆け付けた人たちは安心してぞろぞろと帰っていき、村長の家には再びリーズとアーシェラが二人きりになった。
「その……改めてごめんなさい、シェラ。まさか、リーズのせいでこんな騒ぎになっちゃうなんて」
「気にしないでいいよリーズ。リーズだって、ほかの人があんな叫び声をあげてたら、真っ先に駆けつけるでしょ」
「うん! もちろん!」
「それだけみんなも、リーズのことを大切に思ってるんだ。たまにの迷惑位、みんな気にしないし、頼られるのも悪くはないはずだ。まあ、もちろん僕のことは一番に頼ってほしいけどね♪」
「シェラ…………」
アーシェラがすぐ近くにいることがわかると、リーズは先ほどの寂しさが嘘のように安らかな気持ちになっていく。
だが、今後もあのような衝動的な気持ちになってしまうのかと思うと、やはり少しだけ不安になってしまう。
「リーズ、もしよかったら今からミルクを温めてあげるよ。体が温まれば、きっと心地よく眠れると思う」
「いいの? ありがと!」
とりあえずアーシェラは体が冷えないようにリーズに羽織るものを着せると、台所で簡単な火魔法道具で火を起こして、保存してあるミルクを温めた。
深夜に二人で飲むホットミルクは暖かくホッとする味で、まだ少しざわついていたリーズの心が穏やかになっていくのを感じた。
「でもどうしよう……夜中にまたトイレに行かないようにするには、寝る前に水分をあまりとらないようにすべきかな。でもそうすると、今度は逆にのどが渇いて寝れなくなるかも」
「もう、シェラってば。今度ベッドを離れるときは、リーズも起こしてくれればいいから」
「それもちょっと、心地よく寝ているのを起こすのは可愛そうだし……」
ロングチェアにそろって腰かけ、他愛もない話をしながら寄り添う二人。
こんなハプニングがこの先何度もあるだろうと考えると、アーシェラはついつい「今のうちにできることはないだろうか」と考えてしまうようだった。
(それに、約束の日まであと1ヶ月と少ししかない。その時、僕はリーズと、おなかの中の子供を守ることができるのだろうか)
村での日常生活でつい忘れそうになるが、リーズと王国との問題は、まだ終わっていない。
リーズとの子供が生まれる前に、なんとしても決着をつけておかなければならないのだ。
更新期間がものすごく開いてしまいごめんなさい ><
ロジオンおよび中央同盟視点を続けるべきか、リーズ側に戻るか悩んでました。
おわびに、村の日常で「こんなシチュエーションが見たい」という意見があれば、コメント欄で教えてください。可能であればそれをもとにお話が作れればと思います。




