関税同盟
エノーとロザリンデと語り明かした次の日、ロジオンは帰郷後初となる中小諸国内の大規模会議に出席した。
ロジオンの仲間たちをはじめとするもと2軍メンバーはもとより、彼らが所属していない領地の領主などが十数名出席しているが、エノーたちの姿がないのは、あくまで彼らはこの地の運営メンバーではないからである。
「みんな、待たせたな。こんな大切な時期に子供と妻にかかりきりで、なかなかこの集まりに携われなかったが、やはり家族は何よりも大切だ。皆も、今後は新しい家族ができたら、たとえ忙しくとも必ず面倒を見てやれ。それが、今後の我々のポリシーになることを、俺が実践して見せたのだからな」
ロジオンの言葉に、参加者たちから大きな拍手が上がる。
今後の復興においては、次世代の育成は将来を大きく左右すると言っても過言ではない。そのため、ロジオン自身がまず模範となって、できる限り仕事で家庭がおろそかにならないようにしたのであった。
「ありがとうロジオン。俺も子供ができたら、できる限り家族に寄り添ってやるとしよう。もっとも、俺の場合はまず嫁さんを探さなきゃな!」
シプリアノの言葉に、周囲がドッと笑った。
彼自身すでにいい歳であるが、家族がいないのは今まで不安定な傭兵稼業である上に、家族というものに自分の人生を縛られたくないという思いもあった。
しかし、ロジオンやアーシェラが結婚して子供ができたことで、いまさら彼も家族が欲しくなったというのだから、周りの仲間たちもこれにはニッコリだ。
「さて、家族と言えば、俺たちは今日という日をもって、バラバラだった国々がまとまり、一つの家族となる。その家族には、残念ながら「王」という大黒柱はない。だからこそ、小さな柱が互いに助け合い、知恵を振り絞っていく必要がある」
「南方諸国では以前から「共和国家」なる考えがあったが、我々は元々ばらばらの状態からスタートだ。苦しい道のりだろうが、将来的なことを考えればこれしかありえない」
「果たして我々が一つの「家族」になるには何年……いや何十年かかるだろうな?」
「それについてはロジオンからの提案があるのだったな」
「ああ。俺がこの場で提案するのは『関税同盟』構想だ。今回の国家共同体設立にかかわった国の間では、すべての取引にかかわる関税を一定化、またはすべて撤廃することで、物流を大いに促進させ、往来をより自由化する。こうすることで、より地域間の連帯が強まり、我々が同じ国の一員であることが明確化されるというわけだ」
ロジオンの説明に、参加者たちから「おお」と感嘆の声が聞こえてきた。
「まあ、俺は商人だから、俺自身が得する構想になっていると言われると否定はできないが…………その代わりと言っては何だが、俺は今までに得た資金を積極的にこの構想に投資していくつもりだ。まずは魔神王との戦いで傷ついた町や村の引き続きの復興作業から始まる。それに伴う土木労働組織の立ち上げと、資源採取ギルドの拡大、戦災孤児の保護教育……これらに必要な金はすべて俺が出す」
「それで後々全部利益を回収して、大金持ちってわけか。さすがロジオンはちゃっかりしてるぜ」
「はっはっは! もっと褒めてくれていいぞ! それに、復興が終わっても、大工たちや労働者の次の使い道はまだまだたっぷりある。復興した町や村をつなぐための道路が必要だし、農業を拡大するための水路建設も行いたい。そしてゆくゆくは……これはまだ構想段階だが、主要幹線として「馬車鉄道」をつくり、長距離を大量輸送することも考えている」
そう言ってロジオンは、最新式の印刷機で大量に用意した紙の資料を、出席者たちに配っていった。
そこには、4匹の馬が何台も連結している馬車を牽いている図が描かれており、馬車の車輪の下には鉄製のレールが敷かれていた。
「なるほど、鉱山のトロッコを平地でも使えるようにするというわけか」
「しかしこれを長距離に張り巡らせるとなると、天文学的な金がかかるぞ。果たして私たちの生きている間に実現できるのか?」
「だが、これは画期的だぞ! 川での水運に限界がある以上、これを他国に先駆けて整備できれば、いずれは世界の物流を我々の共同体で牛耳ることができる!」
(ふふふ……前にアーシェラが言っていた通りだな。仲間たちをより結束させるには同じ「夢」を見させるのが一番だ。アイデアこそあいつのモノだが、実践は俺の方が先にしてみせる)
遠い将来まで続く壮大な発展計画を見せられた出席者たちは、見る見るうちに脳内麻薬を湧き上がらせ、自分たちの力で強大な国へと進んでいく「夢」に酔いしれた。
実は、この会合の出席者の中には、中央諸国による共同体構想に疑問を持つ者たちも少なくない。
特に、元々領主の立場にあった有力者たちは、自分たちの土地が取り上げられるのではないかと不安でいっぱいになっており、場合によっては反対も辞さない構えであった。
しかし、中長期的には自分たちの大きな利益になることがわかると、消極的だった彼らの意見はたちまち翻され、自分たちが治める村や町が見る見るうちに豊かになっていくことに期待を膨らませた。
もっとも、この「関税同盟」構想にも無視できないデメリットがある。
それは関税の自主権を中央に奪われることで、自分の町の産業を関税で保護できなくなり、場合によっては土着の産業が外から来た安い商品によって駆逐される恐れがある。
一般市民にとってみれば、品物が安く手に入るのはありがたいことではあるのだが、これによって今まで各国で培ってきた伝統文化が瞬く間に破壊されてしまうのは悲しいことである。
それだけでなく、今まで各地を収めていた領主は、今後自らの実力を示さなければ、たちまち中央政府によって首を挿げ替えられ、先祖代々の土地を取り上げられかねない。
じつは、中小諸国の中には、自分の領地を自分の好きにできなくなることを恐れて、今回の会議に参加すらしなかった領主たちもいた。
だが、それすらもロジオンたちの想定の範囲内であり、いずれは関税同盟が復興を遂げ、物中が円滑化されるようになれば、ぽつりぽつりと孤立している領主たちの国は経済的に隔絶してしまい、結局は関税同盟に合流するか、国ごと経済的植民地になるかの2択を迫られることになるだろう。
国を作るのに、奇麗ごとばかりというわけにはいかないのだ。
(おそらく、この先も問題は山積みだろうな。だが、リーズやアーシェラたちに、安心して自分たちの夢を追ってもらうためにも、まず俺たちがあいつらを助けてやれるくらい強くならないと)
この大胆で斬新、かつ前代未聞の国家構想が成功するかどうかはまだわからない。
それでも彼らは、王国に対抗するための大国へと自らを育て上げるために、この道が最善だと信じていた。
「さて、本当なら今回の会議はいい話ばかりで終わろうと思ったのだが……そうもいかない事情が出てきた。プロドロモウ、例の件についての説明を頼んだ」
「明るい話に水を差す役とは、俺も飛んだ貧乏くじを引かされたもんだな」
ここで、明るい話題が続く会議に、一転して緊張した雰囲気がもたらされる。
元2軍メンバー最年長者であるプロドロモウは、所在なさそうにあごひげを撫でながらも、次の話題を話し出した。
「王国の辺境領の一つが、先日王国に対して王国領離脱を宣言した……つまるところの反乱だ。そして、彼らから我らに関税同盟参加の打診があり、すでに家族の一部がこのアロンシャムの町に亡命してきている」
プロドロモウの話に、事情を初めて知った出席者たちは一気に顔面蒼白になった。
なぜなら、彼の話が正しければ、遠からずこの地は王国との戦場になる可能性があるからだ。




