友情と政治
その日の夕方、ロジオンは長い間離れていた自宅に戻ると、エノーとともにやってきたロザリンデも一緒に家の中に招くと、使用人たちに用意させた料理を卓に並べて歓迎した。
「お久しぶりですロジオンさん」
「おお、ロザリンデさん! エノーともずいぶんと仲良くなったようだな!」
「それはもう……。うふふ、私のことはもう「聖女様」じゃなくてロザリンデさんと呼んでくださるんですね」
「あ……えと、気に障ったら悪い。エノーと一緒に、もうすっかり友達気分で」
「気に障るなんてないに決まってるだろ! なんてったって俺たちは親友だからな、当然ロザリンデも同じだ!」
「ならよかった。ささ、上がってくれ」
エノーたちが以前ロジオンと話したのは冬になる直前……リーズとアーシェラがいる村から帰ってきた直後にこの町に立ち寄って以来だった。
北方での活動で一皮むけたエノーと同じく、ロザリンデも「聖女様」然とした雰囲気が抜けて、全体的に柔らかくなったような印象を受けた。
「おー、うまそうな料理だな! ロジオン、お前が作ったのか?」
「バカ言え! 俺はアーシェラじゃないんだ、料理はいまだにからっきしだ」
「冗談だ冗談! ほれ、約束してた北方土産の酒だ!」
「おっと、これはうわさに聞く氷晶酒か」
エノーが持ってきたのは「氷晶酒」と呼ばれる、青く透き通った酒。
この酒はなんと鉱石からアルコールを抽出するという非常に独特な製法で知られており、日本酒の熱燗のように熱して飲むのが定番だが、夏はキンキンに冷やして飲むと非常においしい。
彼らは甕の中で熱した氷晶酒で乾杯し、しばらくの間は料理と酒を楽しみつつ、北方で過ごした際の出来事について語り合っていた。
そして、しばらく時間がたっていよいよ彼らは本題に入った。
「さてロジオン、そろそろここだけの話をしようと思う」
「あそこにいる仲間たちにも聞かれちゃまずいような話があるのか?」
「そうだな……まず言っておくと、俺も彼らのことを信用してないわけじゃない。しかし、念には念を入れて、まずお前だけの考えを聞きたくてな。シプリアノが話した通り、王国貴族が反乱を起こすための避難先としてこの町を選んだことで、王国との確執は避けられないものとなったが…………それをリーズとアーシェラに知らせるべきかどうかだ」
「!!」
エノーが……というよりは、国づくりに邁進している仲間たちがいま最も懸念しているのは、王国と対決する方向に進みつつある現状をリーズとアーシェラに知らせるか否かということだった。
「あの二人に知らせるということが何を意味しているのか、ロジオンさんならわかるかと思います」
「知らせを受けたらすぐにすっ飛んできそうだな……特にリーズが。しかし今リーズは身籠っている…………いくらリーズとはいえ、今この時期に旧街道を越えるのは非常にまずいぞ」
「私も同意見です。しかし、リーズやアーシェラさんは、自らの居場所がばれることを覚悟のうえで、仲間たちに自らの現状を平等に伝えてくれました。にもかかわらず、私たちがあの二人に情報を渡さず、内緒で事を進めるということが、果たして正しいことなのか…………シプリアノさんたちとともに長い間話し合いました」
そう、エノーとロザリンデ、それに元2軍メンバーの仲間たちは、現状の危機をリーズとアーシェラに知らせるべきかどうか大いに迷っていた。
このことを正直に伝えてしまうと、おそらく最悪の事態を懸念したアーシェラが、リーズにどういった危険があるかを正直に話し、正義感の強いリーズがその話を聞いて冬の山を越えようと言い出しかねない。
これがもし通常時であれば、山越えという無茶をさせてしまうだろうという心配はしても、そこまで危機感が募る話ではなかっただろう。
しかし、今のリーズの身体の中にはもう一つの命が宿っている。それゆえ、母体に無理をさせることはできない。
が、かといって黙っているというのも、それはそれで信義に悖る。
もしロジオンが同じ立場で、何も知らされずにのんきに過ごした後に、その身を案じて連絡をしなかったと言われたらどう思うだろうか。
「確かに。特にアーシェラが落ち込みそうだな。あいつのことだから、事情は汲んでくれると思うが」
「まあな…………それで俺たちも数日前まで散々話し合ったわけだ。リーズとアーシェラにこのことを知らせるべきなのかって」
「結論は出たのか?」
「はい。シプリアノさんをはじめ、行政にかかわる人たちは、このことをあの二人には知らせないことにしました」
「そうか」
ロジオンはいったん、ふーっと深い息を吐いた。
彼自身はその意見には反対の立場だが、決まってしまったことは仕方がない。
(できれば俺個人の力であの二人に知らせてやりたいが……それをやっちまうと、この先の国家形成の将来に悪影響がある。近くの危機か、遠くの危機か……悩ましいところだな)
ロジオンたちが主導する中央諸国同盟(仮称)は、将来的には南方諸都市をモデルに、王を抱くことなく複数人の有力者で話し合う合議制の国にしようと決めていた。
政治に携わる者たちが好き勝手に行動していては成り立たなくなるため、まずは合議で決めたことはどんなことであっても個人で覆すことがないようにしようと言い出したのは、ほかならぬロジオン自身だ。
いくら危機的状況とはいえ、言い出しっぺがルールを逸脱してしまえば、後々に同じことが許されるというモデルが出来上がってしまい、確実に後世に悪影響を及ぼしてしまうだろう。
政治的な事情で友人たちをハブるしかなと考えると、ロジオンは一層気が重くなった。
「まあ……最悪の事態にならない限りは、今のところそれが正解だろう。最悪の事態にならなければ、な」
「よせよ。そんなことを言うと、本当に起こりそうに思えてくる」
「はぁ、大人ってのは嫌なものだな。ガキの頃みたいに、難しいことを考えずに冒険に明け暮れてた頃が懐かしいぜ」
「ちなみに私は、幼いころからそんな大人の世界で生きてきたのですが」
「なるほど、聖女様辞めたくなるわけだ」
幸せの真っただ中にいるリーズとアーシェラに余計な心配をさせないよう、エノーやロジオンたちは、今の微妙な情勢を伝えるのを見送ることにした。
果たして彼らの決断は正しいのだろうか?




