遠方より友来る
「エノーじゃないか! いつの間にこっちに来たんだ!?」
「つい10日くらい前かな。ロザリンデも一緒だが、今は神殿で仕事中だ」
北方で活動中だったはずのエノーがこの場にいたことに、ロジオンはとても驚くと同時に、久々の再開を喜んで思わずお互いに抱き合った。
「それよりも聞いたぞロジオン、娘が生まれたんだってな! ついこの前までガキ同士だと思ってたのに、いつの間にか父親になっちまって! いやー、俺まで嬉しくなったぞ!」
「よせやい、照れるじゃねぇか」
「せっかくだから、お前とサマンサさんに北方のお土産を持ってきた! 今はこんなものしかないが、諸々方が付いたら家具か何かプレゼントしてやるよ」
「ああ、悪いな気を使わせて。これはアメシストのブローチか、かなり北の方の町の特産だったな。しかもペアとは…………」
エノーがロジオンに手渡したのは、銀の装飾が施された紫水晶のブローチで、今はまだ実家にいるサマンサの分も一緒に手渡してくれた。
(アメシストのブローチは確か「安産祈願」だったような。それを産後に持ってくるのがこいつらしいというか……)
高価なものをもらった手前そのような野暮なことを言うことできないが、二人目が生まれるときのことを考えれば悪くはないチョイスかもしれない。
「それで、仕事の話はあらかた終わったのか?」
「んー……まだ全部把握したわけじゃないが、緊急性が高い事はあらかた聞いた」
「だったら今度は嬉しいニュースだ、驚くなよ。リーズがアーシェラとの子供を身ごもったらしいぞ」
「なんだって!!」
ロジオンはまたしても驚いて、今度は座っていた椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がるほどだった。
「そうかそうか!! 俺に続いてあの二人もか!! はははっ! あの二人ならそう遠くないうちにとは思ってたが、もうさっそく愛の結晶を作り上げたわけか! 俺だって《《こさえる》》のに1年かかったのに、あいつら結婚したのいつだったっけ!」
「まだ半年も経っていないな。もしかしたら結婚後のレコードタイムかもな」
そんな下世話な話をしていると、ふとロジオンはあることに気が付いた。
「あれ、そういえばリーズとアーシェラのことは、子供どころか結婚したことも内緒にしていたはずだが、こんなところで大っぴらに言っていいのか」
「それなんだが、アーシェラの奴が情報統制を全面的に解除したらしい。だから、少なくともここにいるメンバーは全員知ってるし、街にもある程度情報が流れ始めるころだろう」
「あいつのことだから何か考えがあるのかもしれないが……大丈夫かな? 王国に噂が流れたらまずくないのか?」
ロジオンの言う通り、公的には諸国巡りをしていることになっているリーズが、どこかで誰かと結婚したなどといううわさが流れたら、王国はパニックに陥るかもしれない。
それに、あくまで「探索中」という名目で時間稼ぎをしつつ、王国でクーデターをたくらむグラントにも不都合があるのではないかと考えるのは当然のことだ。
「俺もどういった思惑があるのかまでわからないが、アーシェラはアーシェラで、あまり仲間たちに隠し事をしたくないと思ったんだろうな」
政治的なしがらみがあるとはいえ「変な噂を流されると困るから」という理由で、子供ができたことを知らせないと言われれたら、確かに自分はリーズたちに信用されていないのかと落ち込んでしまうだろう。
どんな策を弄するにしても、味方の信頼を失ってしまっては元も子もないと考えるのがアーシェラらしいともいえる。
「いずれにせよ、王国貴族の亡命を受け入れたことも含めて、もう後戻りはできないってことか」
「そうだな。そのために俺が急遽ここに来たってこともある。たとえ王国が暴走して攻め込んできても、俺とロザリンデ、そしてボイヤールがいれば最悪何とか食い止められる」
「何から何まで頼りっぱなしで悪いな。本当なら、俺たちは自分たちの力で国を作っていかなきゃいけないのに」
「むしろこれくらいは俺たちに頼ってくれよ。俺も自分勝手だが、仲間たちのことを見捨てて王国に行った俺の罪滅ぼしのようなものだ」
王国には今でもかつての勇者パーティーの元1軍メンバーたちが勢ぞろいしており、彼らがちょっとでも本気を出せば、元2軍メンバーたちが束になっても勝てる可能性はごくわずかだ。
本当はリーズやアーシェラを頼りたかったのだが、それではリーズを利用しようとした王国の二の舞になってしまうので、ロジオンをはじめとした元2軍メンバーたちは、よほどのことがない限りリーズたちの力を頼りにしないことにしたのだ。
そういった意味では、エノーやロザリンデに頼るというのもあまりよくないことなのだが、このあたりは妥協の産物であるといえる。
「ま、そんな湿っぽい話はいったん終わりだ! それよりも今晩は久々にどこかで酒を飲みに行こうぜ! 俺はこの前、ここにいるメンバーとサマンサの出産祝いとリーズの妊娠祝いをしこたま飲みまくったが、お前とはまだだからな!」
「ふっ、そうだな。積もる話もあるだろうし、場所はどこにする?」
「お前の家を使えるか? さっきの土産とは別に、北方の上等な酒があるんだ」
「…………ああ、いいとも! じゃあ食いもんはうちで用意しておくぞ」
エノーはロジオンの家での宅飲みを提案した。
どうやらエノーは、この場で話せないことがまだあるのだとロジオンは悟ったのだった。




