ロジオンの帰還
星魚の月15日――――アロンシャムの町にて。
この日も勇者パーティー元二軍メンバーたちが行政府に集まってあわただしく仕事をしていたところに、あの男が帰ってきた。
「ようお前ら、元気にしてたか?」
「あらロジオンじゃない! 帰ってきてたのね!」
「なんだなんだ、随分と早かったじゃないか。もっとかわいいお子さんの顔を見ててもよかったのに」
「とはいえ、君が戻ってきてくれれば百人力だよ。無理させていたら済まない」
妻の出産に立ち会うためにサマンサの実家のある町に行っていたロジオンが、約1ヶ月ぶりに仲間たちの元へ戻ってきた。
仲間たちももう少しゆっくりしててもよかったとは言っているが、やはりロジオンと彼が経営するザンテン商会の力はあるとないとでは大違いなので、全員完全に歓迎ムードであった。
しかし、当のロジオンも仲間たちとの再会を喜んではいるようだが、どこか深刻そうな面持ちをしていた。
「よっしゃ、久々にそろったことだし、いったん仕事のことは忘れて飲まねぇか?」
「あ、いいねいいね! わたしたちもロジオンとサマンサの赤ちゃん誕生のお祝いしたいな!」
「ああ、その気持ちは嬉しいんだが…………その前に、俺に伝えなきゃならんことはないのか?」
歓迎ムード一色で和気あいあいとしていたフロアが、一瞬でしんと静まり返った。
彼らはお互いに顔を見合わせ、何から話そうか少しだけ逡巡したが、この中でも比較的リーダー格である元傭兵隊長出身のシプリアノが口を開いた。
「いいだろう、俺から話そう。少し長くなるから適当にその辺に座ってくれ。後誰か茶の用意を頼む」
「悪いな祝い事のムードをぶち壊してしまって。けど、俺も責任ある立場である以上、少しでも早く現状を確認しておきたい。それに……」
「それに?」
「実はここに来る前に一回店に寄って、冒険者ギルドの様子を見てきたんだ。そこで冒険者どもが話してたぜ。なんでも、王国国境沿いの領主たちが反乱を起こしそうなんだって噂だ」
「そうか、それでロジオンは真っ先に確認しに来たわけか」
ロジオンに若干の焦りが見えたのは、彼が話していた通り店に併設されている冒険者ギルドで、流れの冒険者たちからたまたまうわさ話を聞いたからだった。
かつてロジオンも冒険者家業をしていたからよく知っているが、冒険者家業は意外と横のつながりが広く、また情報は稼ぎを左右するので非常に重要だ。
もっとも、現役のころは、その辺は全部アーシェラに任せっきりで、自分はひたすらいろいろな街の素材の相場を追っていただけだったが…………
そんなわけで、冒険者たちが持つ情報網ではすでに王国領内で反乱の兆しが濃厚となっており、場合によっては王国側の傭兵になるか、反乱側に一嚙みして一攫千金を狙うかなども話し合われていた。
ロジオンはその話を仲間たちから聞いていなかったため、意図的に隠されていたのではないかとも疑っているのであった。
「結論から言うと…………我々は反乱を起こす予定の領主の家族たちをかくまうことにした。すまないな、お前がいない間にこんな重要な決断をしてしまって」
「いやいや、大丈夫だ。俺がお前の立場だとしても同じことをしただろうさ。むしろ、俺がいなくても何とか機能できる証拠だろ…………アーシェラ風に言うと」
中央諸国連盟の舵取りは今まで基本的にロジオンが音頭を取っていたので、彼抜きで国際情勢を左右する決断を下すかどうかは一時期かなり揉めた。
結局受け入れることで決定したが、いざロジオンに話すとなるとやや後ろめたいのは確かだった。
「ということは、本格的に王国と戦争するということか」
「いや、おそらく可能性は低いだろう。何しろ「決行日」まであと2月……グラントさんが順当に軍を掌握してくれれば、時間稼ぎをしてくれるはずだ。もっとも、最悪の事態に備えていろいろ準備はしているが」
王国の反乱分子の一家を受け入れるということは、王国に対して戦争目的を与えることと同義になる。
元々中小国家の集まりでしかない二軍メンバーたちの集まりは、保有する戦力が非常に少なく、王国に全力で攻められたらひとたまりもない。
だが、シプリアノをはじめとした首脳陣は比較的楽観視していた。
「まず、マリアンやアンチェルから得た情報では、王国の軍需物資は枯渇気味で、特に兵糧が半月分しかないらしい。だから全軍動員することはまずなく、あったとしても物資調達から始めなければならない。そうなれば、余裕で3か月は時間が稼げる」
「それは本当か?」
「信憑性は高い。マリヤンが各所に賄賂をばら撒いたら、ホイホイ教えてくれたそうだ。グラントさんの把握している内容ともおおむね一致している」
戦争になりえないだろうと思われる理由の一つに、王国内の軍需物資の大幅な不足が挙げられる。
この情報は嘘ではなく、実際の帳簿上では10年分の蓄えがあることになっているが、王国では長年軍需物資の横流しが横行していたのだ。
(グラントも再調査するまでこのことを知らず、腰を抜かしていた)
が、その王国はいつもいつも関係者の斜め上を行く動きをすることで有名なだけに、楽観論もあまりあてにはならない。
そこで二軍メンバーたちは、考えうる限りの最悪の場合に備えて準備を進めているのであった。
「それに…………今の俺達には強い味方がいる」
「強い味方? ひょっとしてまさか、リーズとアーシェラの力を借りるってわけじゃ――――」
「ロジオン、リーズたちじゃなくて俺じゃ不満か?」
「はぁっ!? その声まさか!?」
ロジオンの背後から懐かしい声が聞こえてきた。




