抱擁
「二人とも、そろそろ起きないとさすがに風邪ひいちゃうよ」
「ん、んん?」
「あゅ~?」
暖かくて優しい声に起こされて目を開けるモズリーとイムセティ。
雲一つなかった青空はいつの間にか茜色に染まっており、自分たちに毛布が掛けられているのに気が付いたモズリーは、一瞬で寝ぼけた脳が覚醒し、跳ね起きた。
「え!? え、え!? えええ!?」
「オハヨー、おねぃちゃん……」
「うん、おはよっ。気持ちよさそうに寝てるから起こすのがちょっとかわいそうだったんだけど、でもさすがに今の季節は寒いからねっ」
「それに、あんまりお昼寝しすぎると、夜眠れなくなるからね」
二人を起こしたのは、つい先ほど村に帰ってきたばかりのリーズとアーシェラだった。
温泉地の調査の後、ブロス夫妻とある程度将来的な利用についての検証を行い、それなりの成果を上げて帰ってきたところで、丘の斜面でぐっすり眠る二人を見かけて起こしに来たのだった。
普段からあまり気を抜くことがないモズリーは、まさか自分がこんな場所で無防備に寝てしまうとは思っておらず、大いに慌ててしまった。
「あ、あのっ! この毛布はひょっとして勇者様たちが?」
「ううん、リーズたちのじゃないよ」
「……え?」
そして、知らないうちに体に掛けられていた毛布も、てっきりリーズたちが用意したものと思っていたが、二人はついさっき帰ってきたばかりなので、それは違う。
では誰が用意してくれたのだろう?
「この毛布……ディーターさんの家の物だね。とすると、毛布を掛けてくれたのはティムかな」
「そんなことも分かるのシェラ!? でも確かに、パンのいいにおいがするっ!」
「網目がヴァーラさんの癖が出てるからすぐにわかったよ。言われてみれば、パン屋さんの匂いもするし。後できちんとディーターさんちに返してくるんだよ」
「は、はい……」
アーシェラは毛布の網目の癖から、パン屋のディーター一家の持ち物だと判断し、毛布を用意したのは、意外と世話焼きなパン屋見習いのティムだと推測した。
以前にも神官のマリーシアが何の敷物もない祠で祈りをささげようとしたところ、地面に敷くものを用意してくれたという話を聞いた。
ぶっきらぼうでどこか達観した子であるにもかかわらず、意外と困った人を見捨てられないツンデレなのかもしれない。
「今度昼寝するときは、暖かくてもきちんと毛布を用意してね」
「ハーイ、ソンチョー! おねぃちゃん、カエロカエロ!」
「そのっ、ありがとうございました村長さん」
こうしてモズリーとイムセティは毛布を返すためにパン屋の方へと駆けていった。
「あの子……モズリーもスパイなのになんだかんだ村になじんできたね、シェラ」
「ははは、もしかしたらもう僕たちを警戒する必要はないとでも思っているのかもしれないね。本当にそう思っているかはわからないけど」
そんなことを話しながら、リーズとアーシェラも帰路に就く。
そのあとはいつも通り、夕食の準備をして、食べて、お風呂に入って、寝る前に愛を確かめ合って――――
いつもと変わらない夜が過ぎていこうとしたが、寝る直前にいつもとはちょっと違うことがあった。
「ねぇ……シェラ」
「どうかしたの、リーズ?」
「家に帰る前にモズリーちゃんとイムセティちゃんが抱き合って寝てるのを見て…………なんだかほほえましく思ったんだけど」
「だけど?」
「なんとなく、子供だからほほえましいなんて思っちゃった。けど、リーズも今こうしてシェラに毎日毎日、抱きしめてもらってる」
リーズがこの村にやってきた後、一緒の布団で眠るようになってから、二人が抱き合わずに寝た日は、探検で野営しているときくらいだった。
それほどまでに、リーズがアーシェラに抱き着いて眠ることが習慣化してしまい、夜はこうして眠っていないと不安を覚えてしまうくらいだ。
「でも……リーズとシェラの子供が生まれたら、リーズも抱き着くのを卒業しなきゃならないのかな?」
「リーズ……それは」
「もしかしたら、もうすぐシェラに抱き着いたまま眠れなくなっちゃうのかもしれない。そう思うと…………」
「そうだね……確かに、子供が生まれたら今みたいに毎日ずっと一緒なのは難しいかもしれない」
抱き合って昼寝をしていたモズリーとイムセティの姿を見たリーズは、なんとなくその光景に自分とアーシェラの姿を重ね……もしかしたらいつまでも、このようなぜいたくはできないのではないかと思ってしまった。
そしてアーシェラも、リーズの考えはある程度的を得ていると感じた。
「ふふっ、もしかして子供に僕をとられちゃわないかって嫉妬してる?」
「むっ……そ、そんなんじゃないよ! たぶん!」
「そうか……僕はちょっとだけ嫉妬しちゃうかな。もし生まれてくるのが男の子だったら、リーズを独り占めできなくなる……」
「え……それって?」
アーシェラの意外な言葉に、リーズは思わず目を丸くしていると……リーズの額に、アーシェラの唇がやさしく触れた。
「大丈夫、リーズはいつまでもリーズのままでいていい。それは僕が保証する」
「えへへ……そっか♪ リーズがおばあちゃんになっても、ずっと甘えていいんだよね?」
「もちろんだとも」
「やったぁ♪」
この先家族が増えていけば、今までの光景は当たり前ではなくなるかもしれない。
けれども、お互いがお互いを愛していることは、この先どれほど歳を重ねても不変であることは疑う余地はなかった。




