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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―騎士の月26日― 理想的な家族
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溜息

「なにやってるんだろうな、私…………」


 そう呟きながら、侍女に扮するスパイことモズリーは、村の片隅にあるなだらかな斜面の上で仰向けになりため息をついていた。

 お裁縫の練習はとりあえず午前中で終わり、午後は自由時間ということになりようやく解放されたモズリーだったが、人にものを教えるのに慣れていないのと、マノンがあまりにも自分の指をつつくので気苦労が絶えなかった。

 そのため、彼女は午前中で力を使い果たしたかのように、何もしする気力が起きなかった。

 王国にいたときは、一日中どころか三日三晩働き続けても平気だったというのに、精神が摩耗するだけでここまで疲れるものなのかと若干辟易する。


 いや、実はそうではないことは何となくわかっている。

 モズリーは邪神教団の残党として王国内部に潜り込んでからずっと働き詰めだったし、船の上の慣れない環境ではずっと神経を張りっぱなしだった。

 そして、この村ののんびりした空気に充てられたことで、今まで気が付かないふりをしてきた疲れが噴き出してきたのだろう。


 ただ、居心地が悪いかといえばそれも違う。

 外界とほぼ隔絶された、世界の片隅でほとんど忘れ去られているようなこの場所は、どれほど人類の時計が目まぐるしく動いても、ここだけはずっと変わらないのではないかとさえ思える。


 そう、たとえ世界が滅びたとしても――――

 この村は何事もなくのんびり時間が過ぎてゆくのだろう。


(こんなことをしてる場合じゃないってことはわかってるのに)


 雲一つない澄み渡った空をぼーっと眺めているが、モズリーがこうして呆けている間にも同じ空の下で同胞たちが毎日必死になって頑張っていると思うと、申し訳なくなる気持ちはある。

 それに、第三王子ジョルジュとも長い間会話していないせいで、とてもさみしい。


 かといって、できることが全くないというのもまた事実。

 できることといえば、せいぜいマノンを隙を見て暗殺するくらいだが、今それをやったところで、勇者たちの逆鱗に触れて殺されるのがオチであり、大したメリットはない。

 それどころか、かつて同じ邪神教団にいたはずのミルカが目を光らせている今、下手な動に動けば何をされるか分かったものではない。


「まあいっか…………なんだか勇者も王国で見た時とは別人みたいに子供っぽくなってるし、適当な旦那さん見つけて隠居してるなら王子様にちょっかい出すこともないだろうし、もうほっといていいんじゃないかな」


 そういってまたふーっと溜息を吐く。

 空に吐いた息がうっすらと白い靄になった。

 季節はもうすぐ春なのだが、気温はまだまだ冬真っただ中……

 直射日光の温かさと空気の冷たさがまざり、それもまた何とも言えない心地を齎しているが、これがもし春になり気温が暖かくなれば、思わず眠くなってしまうかもしれない。


 と、そんなとき――――


「おねぃちゃーーーん! ねてるの~~?」

「ん?」


 寝転んでいるモズリーを見つけた南国少女イムセティが、こちらに駆け寄ってくるのが見えた。


「エーイ!」

「おっと、あぶない」

「もー、なんでよけるノー?」

「あ、当たり前でしょう! 人の上にダイブしてきたら普通避けるよ!」

「セティはアッタカイんだよ~♪ だからオネィチャンもセティのことを抱っこしていいよ~」

「ちょ、ちょっと……」


 イムセティが有無を言わせずモズリーに抱き着いてくる。

 コート越しではあるが、確かにイムセティの体温はかなり暖かく、まるで人間の形をした懐炉か湯たんぽのようだった。


「っていうか、あなたもコート着るようになったのね。やっぱりいつもあの格好じゃ寒いとか?」

「ううん、セティはゼンゼンさむくないよー」


 炎の精霊の力を体に宿すイムセティは、常に体温が高く、寒空の下でもほとんど下着同然の薄い布だけしか纏っていないのに元気に活動できる。

 そんな彼女がいつの間にかコートを着るようになったのだから、疑問に思うのも当然だ。


「エートね、マリーシアおねぃちゃんがね、「ハシタナイ」……? だっけ? よくワカンナイけど、これ着なきゃダメなんだって~」

「あー、はいはいそういうことね」


 いろいろと口うるさい神官のマリーシアのことを思い浮かべるモズリー。

 確かにあの堅物なら、イムセティの格好を「ハシタナイ」と思うのも無理はない。

 とはいえ、このコートはマリーシアの物を借りたようなので、なんだかんだでマリーシアもイムセティのことが心配なのだろう。


(うーん、やっぱりこの子、抱っこしてるとあったかいなぁ。大きさもちょうどいい感じに抱けるし…………ああ、そういえばこの子、南の島出身だったっけ。あんなところにも人が住んでるなんて、知らなかったなぁ)


 ここでふとモズリーは、イムセティの住んでいた南の常夏の島のことを思い起こした。

 モズリー自身、王国と、滅びたカナケル地方と、邪神教団のいたギンヌンガガプ周辺が世界のすべてだと思っていたので、あんな海を越えたところにも人が住んでいるのを知った時はいろいろと衝撃的だった。


(この子のふるさとも、この村と同じ…………きっと私たちの悲願が実現しても、何事もなく生き残るのかもしれない)


 ずっとずっと願ってきた世界の破滅。

 そして、破滅の後に訪れると信じられる再生後の美しき世界。

 それは今でもモズリーの願いであることは変わりないし、第三王子や邪神教団の偉い人たちが実現してくれると信じている。

 信じているが…………


 (そういえばなんで私は、この世界が嫌いになったんだっけ)


 そんなことを考えているうちに、モズリーはイムセティの体温で温められたせいで次第に眠気襲われていき…………

 とうとう抱き着いたイムセティ―と一緒に、その場でことりと眠りに落ちた。


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― 新着の感想 ―
[一言]  メリークリスマス、南木様。御作を読みました。  モズリーさん、正気を取り戻しつつあるようですね。  どうしようもない激情に駆り立てられるか、極端に視野が狭くならなければ、世界道連れに心中と…
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