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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―騎士の月26日― 理想的な家族
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理想

「あ、痛っ」

「ちょっ、大丈夫ですか!?」

「奥様……あまり無理なさらない方が」

「いいのいいの、初めてのことには失敗はつきものって言うじゃない」


 リーズとアーシェラが温泉地の調査に行っている間、リーズの母マノンが暮らしている、神官マリーシアの家で裁縫の講習会が行われていた。

 マノンがリーズに「何か作ってプレゼントして贈ってあげる」と安請け合いしたはいいが、当然裁縫など今までしたことがなかったので、ほかの人に教わりながらゆっくり作っていこうとしている。

 しかし、どうもその前途は多難なようだった。


「あの……差し出がましいとは思いますが、そこまでしなくても私たちに言っていただければそれなりの物を作れますので」

「ううん、大丈夫よ。これはね、私がリーズのためにしてあげたいのよ。たとえ何年かかってでも、いいものを完成させて見せるわ」

「その前に手が穴だらけになりそうなのですが……」


 マノンに裁縫を教えているのは主に侍女(に扮したスパイ)のモズリーなのだが、マノンがあまりにも不器用なので家主であるマリーシアも心配になり、ともにつきっきりになって作業の様子を見守っている。

 なにしろマノンは布に針を通す際に何度も自分の指を針でつついてしまい、小さな傷を点々と作っている。

 一応マリーシアは回復の術を使えるのだが、術力の関係で無限に使えるわけではないうえに、一定以下の傷だと回復に使う術量は変わらないため、針でつついた程度でいちいち回復していては非効率になってしまう。

 そのためマリーシアは傍に救急箱を常備して、小さなけがにすぐに対応できるように見守っているのだった。


「やれやれ、母さんもけっこう頑固なタイプだねぇ。あんまりこういうことにこだわらないタイプかと思ってたのに」


 指に穴をあけながらも一心不乱に縫物の練習をする母親マノンを、リーズの姉ウディノはあきれ半分、うらやましさ半分で見ていた。

 上に男の兄弟が二人もいたウディノは、母親にあんまり面倒を見てもらった記憶がないが、それでも買い物に付き添ったり、貴族学校に入る手続きをしてもらったりとそれなりに目にかけてもらったことは確かだった。

 リーズのように母親と父親の名前を忘れるくらい放置されることに比べれば、はるかに恵まれた環境にあったといえる。


(でも、やっぱり羨ましいな…………)


 おそらくウディノもマノンに「自分の分も欲しい」といえば、喜んで作ってくれるかもしれない。しかし、今母親が苦戦する様子を見ていると、おねだりするのは心理的ハードルが高かった。


(それに…………リーズはあんなにすごい旦那さんを自力で見つけてきて)


 今朝、温泉地の調査に向かうために出発していったリーズの姿を思い浮かべる。

 しっかりした防寒コートに暖かそうなマフラー、手袋…………それらはなんとすべてアーシェラがリーズのために手作りしたものだというから驚きだ。

 見た目もリーズにとても似合っていてかわいらしかったが、物自体もかなりしっかり作られているらしく、リーズがほぼ毎日野外で活動しているにも関わらず、ほつれている個所がなくしっかりと手入れされていた。

 貴族社会では表面でも水面下でも日常的にマウント合戦が行われるため、ウディノもそれなりに服を見る目が肥えているから、それらがどれだけいいものか……そして、どれだけたくさんの愛情がこもっているかがわかるのだ。


 かといって、うらやましがってばかりいるのもウディノの性に合わない。

 なんだかんだ言って、彼女もリーズの姉なのだ。


「よーし、私も見様見真似でやってみようかな、お裁縫!」

「ウディノ様まで!? しかし……」

「大丈夫大丈夫! 母さんみたいに指を針で突っつくほどの無理はしないから! それに母さんも、一人より二人の方がやりやすいでしょ」

「ふふふ、そうね。一緒にやりましょう、ウディノ」


 本当なら、今はリーズだけに甘えさせてあげるべきなのだろう。

 けれどもウディノもまた家族……もっと母親との時間が欲しくなるのも当然だろう。


 リーズの一家は世間から見れば理想の家族とは程遠かったかもしれない。

 父親は常に忙しく家を空けがちで、母親は貴族のしきたりを重視しすぎたせいであまり子供にかまってあげられなかった。

 しかし、作り直すのは今からでも遅くはないだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] これ、リーズがお袋の味を希望していたら、 更なる惨劇&マリーシアが過労という地獄絵図だったのだろうと思うと。 或いは、 自分を追っておきながらその人物に手料理を床にぶちまけられたのが思いの外…
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