手作 Ⅱ
「お母さんにあんなこと言っちゃったけど…………やっぱり大変じゃないかな? リーズもあの手袋縫うのにけっこうシェラに手伝ってもらっちゃったし」
「大丈夫だよきっと。少なくともお義母さんはやる気だったから。これが嫌々やるってなると不安だけれどね」
リーズの母親マノンにプレゼントをおねだりしたその日の夜。
食後にゆっくりとお茶を飲んで過ごすリーズとアーシェラは、改めてこれで良かったのだろうかと話し合った。
「ただ……やっぱりあの自信がどこから来るか謎だったんだけど、ちょっとだけこうなんじゃないかなっていうのがある」
「なになに?」
「お義母さんって根っからの貴族の女性のようだから、ひょっとしたら侍女さんたちにやらせる可能性もあるんじゃないかなって」
「えっ……でも、いや……確かにその可能性はあるかもね。でもそれじゃあ、プレゼントの意味はないんじゃないかな?」
「あはは、そんなことはないさ。貴族っていうのは、人を使うのが仕事だからね。むしろ、貴族にとっては戦い以外の雑務で自分の手を動かすのは、人をうまく扱えない証拠だと思われるくらいだ。だから、たとえ侍女さんたちに作ってもらったとしても、それがお義母さんからのプレゼントであることには変わりないさ。要は、喜んでほしいって行く気持ちが大事なんだ」
「そっかぁ……言われてみればそうかも」
リーズは少し残念がったが、アーシェラの言う通りプレゼントは必ずしも手作りでありう必要はないし、大切なのはプレゼントに込める感謝の気持ちだ。
アーシェラがマフラーや手袋を手作りをしているのも、自分で作った方が感謝の気持ちが伝わるからだと考えているのと、そもそも自分で作った方が早いからだ。
貴族に限らず、庶民だって、プレゼントを店で買って相手に渡すこともあると考えると、そこまで違いはない。
「ねぇシェラ、今思ったんだけど……シェラってお料理やお裁縫とか、お母さんに習ったんだっけ?」
「そうだね、習ったというよりも、手伝っていくうちに覚えたっていうのが正しいのかもしれない。普通男の子って、料理や裁縫なんて習わないんだけれど、僕の場合お母さんがずっと働きっぱなしだったから、早く手伝ってあげたい一心だったから。そのおかげでギルド『老騎士の鉤槍』での下積みが苦にならなかったのは大きいかも」
「あのね、リーズは逆に子供のころは武芸のお稽古や本でお勉強をしてたりして、詰まんなくなったから家を飛び出してきたんだけど…………新しく生まれてくる、リーズたちの子供には何を教えたらいいかな?」
「…………う~ん」
そう、リーズの言う通りあと数年もすれば、子供にいろいろと教えていく必要がある。
だが、具体的に何を教えていけばいいのかを、今まで考えたこともなかった。
「そもそも僕がいろいろと学んだのは、生きるために必要に迫られたことだから、あんまり同じ思いはしてほしくないなぁ」
「でも、リーズみたいに戦う訓練や文字のお勉強ばっかりだと、リーズみたいに勝手にどっか行っちゃうかもしれないし」
「さ、さすがにそれはないと思うけど…………でも、今でも村ではみんなで一緒に勉強するし、家事も興味を持った時に一緒に教えていけばいい。お義母さんみたいに子供を放置するのはさすがにまずいけど、僕は子供にのびのびと自由に育ってほしいよ」
「えっへへ~、さすがシェラっ♪」
貴族の家に育ち、あまり母親と顔を合わせないで育ったリーズと、早くに父親を失い、母親も亡くなった後、自分の力だけで生きていかざるを得なかったアーシェラ。
それぞれの経験はあまりにも両極端すぎて、生まれてくる子供への教育の参考にはならないかもしれない。
けれども、この村にはすでにみんなで子供の面倒を見ていく環境が整っている。
ブロスの家の子供たちや、パンやのディーター一家の子供たちのように、伸び伸びと育てばそのうち自分で興味を持つことを見つけてくる。
大人たちは時に彼らを導き、時に叱り、褒めてやることで、共同体全体でのびのび育てていくことができるのだ。
今から子供の将来を決め、その枠に当てはめるような教育はしたくないというのがアーシェラの本音のようだった。
リーズだって、昔は家事を全くできなかったが、アーシェラをはじめ村のみんなに喜んでほしいから…………この村に来て初めて家事を学んでいる。
アーシェラも、人の上に立つことなんてないと思っていたのに、今では貴族たちが残した統治についてのやり方の本で勉強し、村を担う村長として成長している。
人の将来なんて、だれにもわからないものなのだ。
「でもやっぱり、子供にさみしい思いをさせることだけは絶対にしたくないの。だからシェラ…………一緒に長生きしていこうか♪」
「……そうだね」
結局二人きりになるとイチャイチャしだすリーズとアーシェラだったが、そんな二人だからこそ、きっとこの先も長生きすると思われる。
さて、一方でリーズの母親マノンはというと…………
「モズリーちゃん、お願いがあるの。私にお裁縫を教えてくれないかしら?」
「え……? な、なんで私なんですか?」
「だって、モズリーちゃんはリーズと歳が近いみたいだし、最近の流行を知ってるかなと思って」
「手作りに流行も何も関係ないと思うんですが、それは」
なんと、モズリーに裁縫を教えてもらおうという、アーシェラすらも予想できない行動に出ていた。
裁縫なら、いつものお供の侍女二人のどちらかに習えばいいのだが、マノンがあえてモズリーを選んだのは、単純にリーズと歳が近いというのだけだった。
「だめかしら?」
「ダメってわけじゃないんですが……私、あまりお裁縫上手じゃないですよ?」
「心配ないわ。私も上手じゃないから」
「当たり前ですし、意味わかりません!」
頓珍漢な回答をしてくるマノンに、モズリーは思わずめまいを感じた。
やはりモズリーは、マノンのことが苦手なのは変わらない……というよりも、この人のノリについていける人は果たしているのだろうか?
「あのっ、じゃあ私も一緒に教えますから、みんなで一緒にやっていきましょう!」
「あら、ミーナちゃんも教えてくれるのね、嬉しいわ。三人寄れば女神さまの知恵と言いますし、きっとうまくいくはず!」
「もうどこから突っ込んでいいのやら」
結局、縫物の手伝いにはミーナも加わることになり、3人でリーズとアーシェラへのプレゼントづくりに励むことになった。
「…………なるほど。裏があるのかそれとも天然なのか、わかりませんね。勇者様のお母様というのは伊達ではないということですわね」
そして、3人の様子を別の部屋で聞いていたミルカは、他人を好き放題振り回しながらも、最終的には自分のペースに巻き込んでいくマノンをある意味恐ろしい存在であると認識しているようだった。




