頼 Ⅱ
「シェラ……甘え足りないって、リーズがシェラに、じゃなくて?」
「あはは、リーズがいくら僕に甘えてくれても大歓迎だけど、今回はそうじゃなくて、リーズのお義母さんにもっと甘えてもいいのかなと思ってね」
「リーズのお母さんに…………」
日ごろから全力でアーシェラに甘えている自覚があるリーズだったが、自分の母親に甘えるといわれると、確かにどうもピンと来なかった。
あの日港に迎えに行ったとき、久しぶりに母親の姿を見たときはとても嬉しかったが…………ずっと前に、アーシェラと再会した時ほどは全力で甘えておらず、若干遠慮がちだった気がした。
「リーズはきっとまだ、どこかでお母さんに対して「家族」というよりも「親戚くらいにしか思えていないんじゃないかしら。そして村長もまだ、リーズさんのご家族を「お客様」扱いしていると思う」
「……そっかぁ。言われてみれば、リーズはお母さんっていう存在に慣れていないのかもしれない」
そう、リーズたちが感じていた距離感の正体はお互いの「遠慮」だった。
リーズもアーシェラも、リーズの家族をこんな世界の片隅のド田舎に連れてきてしまったことに少なからず負い目を感じており、せめてできる限り不自由させないようにいろいろと世話を焼いているが、それがかえって二人がマノンたちを「お客様扱い」して一線を引いている原因になってしまっているのだ。
「僕は……それこそ初めて出会った時から、リーズが僕に頼ってくれたことがすごくうれしかったし、魔神王討伐の戦いの間も僕だけじゃなくてみんなのことを信頼してくれたから、今でも仲間たちはリーズたちのことが大好きなんだ。だから僕たちも、時々でいいからお義母さんに甘えてみるのもいいんじゃないかな」
「うん、そうだねっ! シェラやゆりしーの言う通り、リーズはまだどこかお母さんに対して遠慮してた部分があるかもしれない。えへへ、そうだよね……リーズもなんだかんだ言ってシェラに頼られるのはすごくうれしいもん!」
「とはいっても、わがままばっかり言えばいいってわけでもないけどね。きっと、リーズのお母さんも内心ではリーズにどう接したらいいか迷ってるはず。だから、これからじっくりと焦らずに、付き合っていけばいいと思うわ」
思えば、リーズがこうして村人との間に溶け込めているのも、リーズがはじめから開けっ広げで接してきたからだ。
リーズが初対面の人とも大半と仲良くなれるのも、相手に対して物おじせず、まるで初めから友人であったかのようにいい意味で遠慮なく話すことができるからだろう。
そんなリーズが、肝心の親との関係が微妙にぎくしゃくしているのは、リーズ自身が母親に対しいろいろと負い目を感じているからに他ならない。
ならば、まずはその「負い目」を払しょくするために、時間をかけて甘えられるようにならなければならないだろう。
「もっとも、私としては別にそこまで無理して仲良くなることもないと思うわ」
「え? なんで?」
「たぶんリーズさんも村長さんも、心の中のどこかに「理想的な家族」のイメージがあると思う。けどそれは、あくまで理想であって、現実にはいろいろな親子関係がある。私のようにそもそも親がいない人間もいるし、村長のように母親だけに育てられた人もいる。なのに二人がリーズさんのお母さんとの仲に無意識にこだわるのは、結局は自分たちがいい親になれるかどうか不安だから…………じゃないかと私は思うの」
「「!?」」
ユリシーヌの言葉に、リーズとアーシェラは同時にギクリと驚いた表情を見せた。
「そうか……ありがとうユリシーヌ。僕は今、ようやくいろいろと腑に落ちた気がする」
「リーズたちはきっと、心の中で「完璧な親子」みたいなのへの憧れが強すぎたのかもしれないね。えへへ、やっぱり「お母さん」の先輩のゆりしーに相談して正解だったね!」
「そうね……やっぱり誰でも、初めては分からないことだらけで不安なのよ。でも、リーズは初めてのことでも怖がらずに飛び込んでいけるみたいだから、お母さんとの仲もむしろ初めからやり直すような気持ちでいってみるのもいいかもしれない」
「初めからやり直す……か。うん、そうだね! ゆっくり頑張ってみる!」
「ふふ……悩みが一つ消えたみたいね。なんだかすっきりした顔をしているわ。私も人の悩みを相談されたのは人生初めてだったから、さすがに少し不安だったけど、やってみるものね」
自分たちの中でもやもやしていた悩みが晴れてすっきりしたリーズたちを見て、ユリシーヌもどこか満足げにカップのお茶を飲みほした。
暗黒のような青春時代を過ごし、いまでも無口無表情な自覚のあるユリシーヌだが、こうして元勇者夫婦の力になれるとは思いにもよらなかった。
ユリシーヌもまた、長い時間をかけて努力して、今の生活を築き上げた経験が実ったのだろう。
「ふぅ……ごめんなさい村長さん。お茶のお替り、もう一杯もらえないかしら」
「もちろんいいよ。お湯はいつも多めに沸かしてあるから、いくらでもお替りしてほしいな」
「こんなに人と長くしゃべったのは初めてだわ…………。しゃべるとのどが渇いてくるわ」
「えへへ~、この先村に人が増えてくると、ゆりしーももっともっと毎日おしゃべりすることになるかもしれないね」
「冗談じゃないわ。私は昔からしゃべるのが苦手だったし、あの子……フィリルが来てから教えることが多すぎて毎日のどがカラカラだったんだから」
かつては一日中しゃべらない日も多かったユリシーヌは、今でも長時間しゃべると急激にのどが渇いてしまうようだ。
今日もこの家に来てからすでにお茶を4杯もお替りしており、声の調子も若干悪くなってきていた。
それでも、リーズやアーシェラと一緒にいると、無口なユリシーヌでもついついいろいろしゃべってしまう。
「はい、お替りどうぞ。ユリシーヌの言う通り、やっぱり人に頼られるのは気分がいいね。君もなんだかんだ言って、後輩に頼られるのは嬉しいんじゃないの?」
「…………さあね」
アーシェラの言葉をわざとらしくしらばっくれながら、ユリシーヌはお替りのお茶をグイっと一気に飲み干したのだった。




