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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―はじまり― 村長夫婦の甘い一日
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空腹

 女神の啓示を受けて勇者となったリーズは、とてつもなく強い。

 剣を持てば鉄柱を切り裂き、蹴りは岩をも砕く。全力で走れば馬を追い越し、その上ほとんど休みなしでまる一日体を動かすことができる、滅茶苦茶な身体能力を持っている。

 そんなリーズの天性の強さを支えている、大事なものが三つある。

 一つは、何事もなければほぼ毎日欠かすことない猛特訓だ。


「ふんっ! せいっ! てりゃぁっ!!」


 鋭く甲高い掛け声とともに、訓練用にとても重くした双剣がビュンビュンと嵐のような音を立てて振るわれる。

 この日の訓練メニューも、ストレッチから初めて、剣の素振りを500回3セット行った後、森の木の幹を飛び移って瞬発力を鍛え、さらには重い丸太を3本背負って村の周囲を5周する。

 朝からやるにしてはかなりハードな内容なうえに、熟練の戦士でも全部できたとしても4時間はかかるメニューを、彼女はたったの1時間で終わらせてしまう。


 リーズが村に来て間もない頃の自主トレーニングは、ここまで激しいものではなかったし、どちらかと言えば、アーシェラが朝ごはんを作るのを待つ間の時間つぶしでしかなかった。

 しかし、思い切ってきつい訓練をして、目が回りそうになるくらい空腹にしてから朝ごはんを食べると……おいしい料理がさらにおいしく感じたのだ。そんな()()をして以来、リーズはよりアーシェラの料理をおいしく感じるために、限界まで自分を鍛え上げて、お腹を空かせることにした。

 若干目的と手段が入れ替わっている気がしなくもないが…………魔神王を倒し、名実ともに世界最強となったリーズが、勇者の頃よりもさらに強くなれるのは、愛するアーシェラの為に頑張れるからなのだ。


「ふっ、ふうぅっ! おなか……空いてきたっ! そろそろ朝ごはんできるかな……?」


 大量の汗を飛び散らせながらも、ランニングの最後の一周を笑顔で駆け抜けるところで、リーズは森の入り口付近で二人の村人に声をかけられた。


「ヤァリーズさん! ヤアァリーズさんっ! 今朝も元気よさそうですなぁっ! 私たちも、見てるだけで元気をもらえる気がしますよっ! ヤッハッハ!」

「おはよう、リーズ」

「ゆりしーとブロスさん! おっはよーっ!」


 リーズに声をかけてくれたのは、おそろいの深緑の服を着た猟師の夫婦――――ブロスとユリシーヌだ。

 夫のブロスは、くせ毛の灰色髪に狐を思わせるような吊り上がった目とシャープな顔立ちで、独特な笑い声とハイテンションでまくしたてるように話してくる。一方妻のユリシーヌ……通称「ゆりしー」は、黒いおかっぱの髪の毛の小柄な女性で、夫とは対照的にほとんど無口無表情だった。

 彼ら夫婦もまた朝の日課として、村の郊外にある広大な森に仕掛けてある罠を見回ってきたようで、リーズは偶然二人の帰りに出くわしたようだ。


「今日も罠の様子を見に行ってたの?」

「いえすいえすっ! このところ罠を増やしたから、見て回るのがちょっと大変になったけど、おかげでほらっ!」

「珍しく獲物が2匹かかっていたわ」


 ユリシーヌは背負っていた籠から、罠にかかったらしいウサギを一羽と、小型の草食魔獣を取り出して見せてくれた。以前はなかなか罠に引っかからなかった野生動物が、最近罠を改良したことで、そこそこかかるようになってきたらしい。


「ヤハハ、よかったらリーズさんにこのウサギをあげよう! 村長にお願いして、煮込みにしてもらうといいかもよっ!」

「え、いいの!?」

「喜びのおすそ分けね。村長にも罠の成果を知ってほしいから」

「えっへへ~、ありがとうっ! シェラもきっと喜ぶよ!」


 こうしてリーズは、思いがけず食材を分けてもらうことができた。

 ユリシーヌから受け取ったウサギは、森の木の実をたっぷり蓄えたからか、普通よりもやや大きくて丸っこく見える気がした。


 そして、このタイミングでリーズの家の方から、風に乗っていい匂いが漂ってきた。

 リーズが大好きな、ハンバーグが焼ける匂いだ。


「あっ! 朝ごはんの匂いっ!」

「アヤヤ、本当だ……。村長の作る朝ごはん……この香りだけで私もお腹が空いてきたなぁ」

「そうね。リーズさん、私たちには構うことはないわ、早く戻ってあげて……って、言うまでもないわね」

「二人とも、またねーーっ!!」


 ブロス夫妻も、アーシェラの朝食の香りを嗅いだことで、空腹が一気に加速してしまった。

 リーズとは話もそこそこに分かれることにしたが、それ以上にリーズが我慢できなかったらしく、二人が気が付いた時にはすでに手を振りながら駆け出して行っていた。

 その足取りは、きついマラソンをした後とは思えない、まるでウサギのような軽やかものだった。

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