平穏
村始まって以来の大勢の客人たちが帰ってから、開拓村はすぐに静寂が戻り、穏やかな日常が戻ってきた。
「ねぇシェラ、次はどこに行こうか? リーズ、またあの天然の温泉が出てる場所に行きたいな!」
「それはいいね。しばらくは様子を見てなかったから、整備しに行くのも悪くない」
星魚の月10日――――この日もリーズとアーシェラは、日課である薬草畑の世話をしながら、二人でたわいのない会話に花を咲かせていた。
とはいえ、リーズもまたそろそろ持ち前の冒険心が疼きだすころであり、また次の遠出先について思いを巡らせているようだ。
平穏に過ぎていく日々ではあるが、村の中でも外でもやるべきことは山ほどあった。
「どうしよう、たまにはお母さんたちを連れて行った方がいいのかな?」
「うーん……どうしようかな。確かに、僕ももう少しリーズのお義母さんやお義姉さんと仲良くならなきゃいけないのかなとも思うけれど、安全ってわけでもないからね」
「じゃあ、お母さんには悪いけれど、今回はお留守番してもらうね。そのかわり、ほかの人についてきてもらおうか」
「となれば、ブロスたちが適任だろう。いい具合に道を整備できるかもしれない」
リーズとアーシェラは、以前二人で行ったっきりで放置している東の山の温泉を次の目標とすることにした。
前回は探検と言うよりもデートそのものだったが、そろそろ本格的に整備計画を立てる必要があることは、前々からわかっていた。
村人全員が安全に、そして快適に利用できるようにするためにも、早めに手を付けておきたいところだった。
「えっへへー、そうと決まれば後でブロスさんたちに相談しに行こっ!」
「日程もなるべく早い方がいいね。この天気の様子だったら、三日後も快晴になるはずだから、そのあたりで調整してみようか」
「…………ねぇ、シェラ」
「どうしたのリーズ」
「リーズのお母さんたちのことで、悩んでることない? リーズが力になれるかわからないけれど」
「悩んでる……うん、確かに悩んでるよ。順調すぎてね……」
薬草畑の世話が一通り終わり、リーズとアーシェラは近くの斜面に腰を下ろして話をつづけた。
時折吹く冬の風は冷たかったが、雲一つない空から照らす太陽の光がそれを感じさせないほど温かい。
「僕ってほら、昔から心配症だったし、物事が計画通りにいかないことが大半だったから、こう上手くいきすぎると却って調子を崩すのかもしれない」
「それはたぶん、リーズも同じだと思うな。なんだかこう……上手く距離感がつかめないっていうか、近いところにいるのに、まだ遠くにいるような気がする」
リーズの母親たちが村に避難してきて以降、リーズとアーシェラの夫婦との関係は思っていた以上に順調であった。
生活圏も近距離別居と言う絶妙な距離感だし、お互いに遠慮なく本音を言い合える理想の付き合いなのだが…………それでもまだ、リーズもアーシェラもどことなく納得しがたい違和感のようなものがあった。
いつもは何でもお見通しなアーシェラも、なぜ順調なのにこんな微妙な感覚があるのか、さっぱりわからない。
二人が寄り添いながら悩んでいると、後ろから声をかけられた。
「焦ることはないわ、二人とも。いずれ時間が解決するはず」
「え……ゆりしー?」
声をかけてくれたのはユリシーヌだった。
手には5枚ほどの紙を持っており、アーシェラはすぐに彼女がブロス一家の所有する倉庫の在庫表を持ってきてくれたことに気が付いた。
いつもはブロスが持ってきてくれたので、珍しいこともあるものだと心の中でつぶやいた。
「ごめんなさい、盗み聞きをするつもりはなかったのだけれど、気になってしまって。ふふっ、不思議よね。昔は他人の話なんて興味がなかった私が、立ち聞きしてしまうなんて」
「いや、悪いことじゃないよ。もしかして、温泉の調査の話も?」
「それもごめんなさい……「後でブロスさんたちに相談しに行く」という言葉が聴こえたから、気になってこっちに来たの」
どうも肝心なところを話した後に居合わせたようだが、その件については後で改めて説明すれば問題ないだろう。
「それよりも、ゆりしーがさっき言ってたことなんだけど」
「リーズさん、私はお母さんとして先輩だけど、結婚生活の先輩でもあるの。だから、二人がどうして悩んでいるかが、なんとなくわかるわ」
「なるほど……それで、いずれ時間が解決するということは」
「言葉のとおりね。村長もリーズさんも、完璧を求めすぎているの。だから、もう少し気楽に考えてもいいんじゃないかしら」
もう少し気楽にと言われて、リーズとアーシェラは顔を見合わせた。
二人とて、別に焦っているわけではないつもりだが、もしかしたら周りからは違う目で見られているのかもしれない。
「そうね、午後少し時間をもらえないかしら。ちょっと話せば、村長とリーズさんのことだから、答えが見つかるかもしれないわ」
「それもそうかも。ゆりしーだけでいいの?」
「正直、あの人がいると余計な事まぜっかえすだけだから」
「あはは、それは手厳しいね…………」
こうして、この日の午後にリーズとアーシェラは、ユリシーヌとお茶をしつつ今後の家族関係について相談することにしたのだった。




