秘密 Ⅱ
港の跡地から再び船で山向こうの南方地方に戻る、ヴォイテクと元2軍メンバーたち。
彼らは夜になるとヴォイテクの船室に集まり、なにやら密談をしていた。
「いつかはあり得ると思ったが、まさかもうリーズ様とアーシェラの間に子供ができたとはなぁ……」
「リーズ様のあの幸せそうな顔…………私は魔神王討伐の戦いで先頭に立って輝くリーズ様を何度も見ていたけど、アーシェラさんと一緒にいた時に見せるあの笑顔こそ、本当のリーズ様なんだろうって思っちゃう」
「本当にね。あんなに幸せそうな結婚生活を見せられたら、余計な心配させたくないよね~」
話題そのものは、リーズとアーシェラの間に子供ができてこれから幸せな新婚生活を送るのだろうという明るいものだったが、なぜか彼らの表情は深刻そうだった。
なぜならば、彼ら3人は機会があればアーシェラに相談したい重要なことがあったのだが、リーズとアーシェラの幸せそうな生活に水を差しかねないと考え、結局口に出すことがなかったのだ。
「言えないわよね……王国の地方領主の一部が、反乱に備えて中央諸国連合に家族を亡命させてきたなんて」
中央代表シャティアの言う通り、年明け少し過ぎた頃に国境付近の王国貴族が、彼らの都市に何の断りもなく彼らの家族を亡命させてきたのである。
政治的な情勢を鑑みると、ここで貴族たちを受け入れるというのはあまりよくない。腐っても強大な戦力を持つ王国に、戦争の大義名分を与えてしまうからだ。
だが、彼らは今後の国家立ち上げの時に「開かれた自由な国家」を掲げ、商業中心の枠組みを作る予定になっており、ここで彼らを追い返してしまえば、始まる前から理想を否定することになりかねないのである。
「アーシェラさんなら、きっとうまい解決方法を考えてくれそうな気がするんだけど~」
「そのかわり、あいつとリーズ様の心配事を増やしちまうし、最悪……あの二人が無理を押して色々と動いてしまうかもしれない」
「ああ……俺たちは今までリーズ様にもアーシェラにも頼り過ぎた。そして、いつまでも頼りっぱなしじゃ、俺たちが仕事をしている意味がないもんな」
セレンの言葉に、スピノラとヴォイテクがうんうんと頷いた。
彼ら二軍メンバーは、魔神王討伐戦の時はリーズに頼りきりで、戦いが終わった後の生活の用意はアーシェラがすべてやってくれた。
リーズもアーシェラも、そんな生活に疲れて世界の果てに逃げて静かに暮らしているというのに、また自分たちの悩みを背負ってもらうというのは気が引けるというものだ。
が、意気込みだけでどうにかなるものではないのも政治の難しいところだ。
春まで待てば、正式にリーズとアーシェラ、そしてエノーやロザリンデも彼らに味方してくれる予定になっており、グラントの方も王国内の不穏分子を一掃して、不安定な国を一から立て直すと約束している。
しかし、春になる前に何らかの理由で王国が彼らに戦争を仕掛けてくれば、せっかく魔神王を倒して手に入れた平和は再び失われてしまうだろう。
とはいえ、普通に考えれば王国も無駄に戦争を起こそうとは思わない。
王国のリーダーがまともな頭をしているのなら、例え王国貴族が反乱を起こし、その背後で家族が仮想敵国に亡命したとしても、まずは交渉して穏便に済ませようとするだろう。
自国の反乱がほかの国家との対外戦争に飛び火するなど、国家の恥でしかないからだ。
だが、今の王国自体がそもそもまともに機能していると言い難く、おまけに彼らの元に王国にいるマリヤンとアンチェルから気がかりな報告が入ってきている。
「第二王子セザールが…………国王になった暁に王国外諸国への侵略を企んでいると聞いているわ。なんでも、表向きには私たちがリーズ様を不当に隠しているだとか、反乱を裏で扇動しているだとか言っているみたいだけれど、実際は自らの王としての功績を得るためらしいの」
「それは俺も聞いたな。しかも、よりによって王国に行った勇者パーティーメンバーたちを戦力として使うんだとか」
「あの人たちに少しでも私たちへの仲間意識があれば、そんなことは起こりえないはずなんだけど、アンチェルからの知らせでは…………それも期待できそうにないね~」
「アイツらの中では、俺たちのことはもう仲間でも何でもねぇみてーだな。はっ、舐められっぱなしだって意味でも、余計リーズ様たちに頼るわけにゃいかねぇな」
「やっぱり、リーズ様とアーシェラに内緒にして正解だった……と思う。せっかく信用してもらえたのに、良かれと思っているとはいえ、隠し事をするのはなんだか心苦しいわ」
リーズとアーシェラは、二人の間に赤ちゃんができたことをほかの仲間たちにも知らせていいと言ってくれた。
それは、元二軍の仲間たちのことを平等に信用しているのと同時に、ある程度王国の方にも知られてしまうことを覚悟の上なのだろう。
仲間たちの中に、今更王国にリーズたちのことを売るような人間がいるとは思いたくないが、元一軍メンバーたちの変わりようを見る限り、人間はいつ心変わりしてもおかしくないのだ。
「スピノラさん……北方に戻ったら、仲間たちに……そしてエノーさんとロザリンデさんに、二人のことを話して、私たちだけで解決できるように言ってくれるかしら」
「勿論だ。正直……一手でも破綻すれば、世界はまた戦乱の世に逆戻りしかねんが、上手くいくように女神さまに願うほかねぇな」
こうして彼らは、海の上で静かに今後の方針を固めた。
元二軍メンバーたちは、今度こそ自分たちの力で困難を押し返そうと決意したのだ。
それが例え、多大な犠牲を払うものだとしても…………




