見送
「みんな、遠いところ来てくれてありがとう! リーズ、みんなと会えてとっても楽しかったよ!」
「向こうに戻ったら、僕もリーズも元気だったって伝えてほしいな」
「リーズ様、アーシェラ! 俺たちの方こそ、随分と世話になっちまったな! 仕事が全部片付いたら、おれもこっちに移住してぇもんだ!」
「次合う時は、きっとリーズ様のお腹ももっと大きくなっているんでしょうね。ふふふ~、幸せ太りにも気を付けてくださいね~♪」
「もっと色々したかったけれど、これ以上いたら帰れなくなっちゃうし、私もまだまだやることがありますから、名残惜しいけどお別れです。どうかリーズ様もアーシェラも、また会う日まで無事でいてほしい」
星魚の月2日――――あっという間だった滞在期間も終わり、スピノラ、シャティア、セレンの3人は自分たちの仕事に戻る日が来た。
行きはシェマたちの飛竜に乗せてもらった彼らだが、帰りはせっかくなのでヴォイテクの船で海路から戻ることとなった。
空を飛んでいくよりは数日程遅くなるが、「お土産」と言う名の採取物をたくさん持って帰るには飛竜では難しい。
そして、シェマはシェマでリーズとアーシェラから託された手紙をたくさん抱えていて、更に荷物に余裕がなかった。
「あははー、まさか本当に全員分の手紙にお返事書いてくれたなんて、リーズ様もアーシェラも律儀だなぁ」
「みんなにはなかなか会うことができないからね。こうして手紙にお返事することしか、今のリーズにはできないかなと思って」
以前シェマが村に来た時(※「手紙 Ⅱ」参照)、200人近い仲間たちから一斉に手紙が来たが、リーズとアーシェラはなんとそれぞれが1枚ずつ返事の手紙を書いたので、シェマが運ぶ手紙の量は来た時の2倍以上に増えてしまったのである。
手紙を入れる麻袋の中は、リーズとアーシェラが書いた返信の手紙でパンパンになっていて、いかにも重そうだった。
村に来た大半の人たちは、それぞれの日常に戻っていくわけだが、全員が帰るわけではなかった。
「イムセティ……本当にいいのか? しばらく島に帰れないぜ?」
「ダイジョブ! セティ、おとうさんにムシャシュギョーしてこいっていわれてるから! センチョーがもどってくるまで、ここにいるから!」
遠く南の島から来た褐色の少女イムセティは、ヴォイテクと共に帰ることはせず、暫くの間この村に滞在して異文化留学を行うことを決めたようだ。
どうやら彼女の父親である南の島の有力者が、幼いうちに我が子を旅立たせて外の見聞を広めてもらいたかったのだろう。
「セティならダイジョブ! オネイチャンといっしょだから、さみしくないヨ!」
(この先もこの子と一緒なのか…………疲れるなぁ。トホホ)
何よりイムセティはモズリーに完全に懐いていて、とりあえず彼女がいれば遊び相手には困らないと思っているのだろう。
モズリーにとってはほぼ四六時中天然の見張りが付いているかのようで、迷惑なことこの上なかった。
「船長さん、改めまして私たちをここまで送ってくださってありがとうございます。お陰様で、娘に……リーズに会えましたし、娘のお婿さんとも仲良くなれました」
「いえ、こちらこそ随分と勝手な真似しちまいましたがね、お母さまもお姉さんも、元気でいてくださいよ」
そして忘れてはいけないのがリーズたちの家族。
リーズの母親たちが将来王国に戻るのか、それともこれから先ずっと村で暮らすのか、今はまだわからない。
それでも、辛い船の上での生活に不満の一つも漏らさなかったマノンたちなら、村での生活はむしろ穏やかで過ごしやすいものとなるだろう。
こうして、ヴォイテクたちをはじめとする、船で山向こうに戻る人々と、飛竜で山を越えていくシェマとその兄妹は、同時に村から去っていった。
かつてない大人数を受け入れた開拓村は、ここ数日とても賑やかだったが、今はすっかりと元の静寂さを取り戻していた。
「…………行っちゃったね、シェラ」
「うん……寂しくなるかい、リーズ?」
「寂しいと言えば寂しいけれど、リーズにはシェラがいるし、今はお母さんたちもいるから」
村人総出で見送りを終えた後、家に戻ったリーズとアーシェラは二人きりになり、二人掛けの安楽椅子に座って暖炉の前でのんびりしていた。
やはりリーズは大勢でワイワイ楽しむのが好きで、あれだけ大勢の人々と交流できて久しぶりにとても賑やかな気分になることができた。
けれども、こうしてアーシェラと二人きりになる静かな時間も、リーズにとっては何よりも大切なものだった。
「でもシェラ……本当に良かったのかな? 仲間たち全員にリーズとシェラのことを包み隠さず話してもいいって。王国に情報が漏れたりしないかな」
「本当はあまりよくないのかもしれないけれど、僕たちは仲間たちに守られている身だから、あんまり信頼を損ねることはしたくない。もしリーズが逆の立場だったら、大切なことを秘密にされたら嫌だよね」
「うーん、確かに。ちょっと悲しいかも……」
アーシェラは帰り際に、今日来てくれた元2軍メンバーの仲間たちに、山向こうで今も活躍しているほかの仲間たちに、自分たちの近況を余さず伝えてもいいと伝えた。
彼らは少し驚いていたが、最終的には仲間たちに言い報告ができるととても喜んでいた。
「それに、計画した日もそろそろ近づいている。これ以上は下手な隠し事をするより、思い切った行動に出た方が上手く進むと思う」
「うーん、やっぱりリーズにはよくわからないかも。シェラは凄いね……なんだか未来を見通しているみたい」
「あはは、僕だって未来がどうなるかなんて……それこそ1秒先のことだってわからないことが多いよ。むしろ、分からないことが多いからこそ、よりいい未来を掴めるように考えちゃうのかもしれない」
今までアーシェラは、元2軍の仲間たちにはあんまり情報を知らせておらず、今でもリーズがアーシェラのところにいることを知らない人も多い。
それは彼らが信頼できないからではなく、余りあちらこちらに知らせすぎると、仲間たちが漏らさずとも周囲の人間が気づいてしまい、そこからうわさが広がっていくということを避けたかったからだ。
だが、年が明けてすでに1月経過し、いよいよもってリーズが王国に戻っていないことをごまかすことが苦しくなりつつある今、隠し通すよりも仲間同士の団結を優先させるべきだとアーシェラは判断したようだ。
泣き所だったリーズの家族のうち、非戦闘要員である母親と姉は無事手元に収まり、父親と兄たちは第一王子の権威を利用することで、いざという時の備えとしている。
もはや王国には、リーズとアーシェラに手出しできるものがほとんどなくなったと言っても過言ではなかった。
(山向こうのことは、仲間たちやエノー、ロジオン、それにグラントさんに任せてしまおう。それよりも僕が今心配しなきゃいけないのは…………)
アーシェラは、自分の肩に頭を預けて甘えてくるリーズのお腹を優しく撫でた。
リーズのお腹の中には…………二人の愛の結晶が生命となって宿っている。
そう考えるだけで、頭と心がチリチリするような、喜びとも不安とも言い切れない複雑な感情が湧き上がってくるのだった。
「あ……シェラ♪」
「リーズ、その……キスしたい」
「いいよ、シェラ……んっ、ちゅっ」
妊娠すると母体は精神的にも不安定になると言われているが、どうも父親の方も例外ではないようだった。




