報告
久しぶりの客人たちの来訪で盛り上がっていた開拓村だが、次の日がいよいよ村で丸一日活動できる最後の日となった。
山向こうから来た3人も、明日は仕事ではなくこの村ののんびりとした雰囲気の中で休むことにしたようで、夜には村を挙げて大宴会を催す予定であった。
「よし、下ごしらえはこんな感じかな」
「えへへ、リーズまですっごく気合入っちゃった! みんな喜んでくれるといいなっ」
リーズとアーシェラの家の台所は明日の宴会のために準備された食材が所狭しと並べられている。
スピノラたちだけでなく、ヴォイテクの部下の船乗りたちや、さらにはリーズの家族たちまでいる、村始まって以来の大人数での宴会を行うとなると、やはりそれ相応の用意が必要なのだろう。
壺に詰めて味付けしたサイ魔獣の肉や、あらかじめ切り刻んだ野菜、それに酒のつまみになるチーズなど、まるで台所が丸ごと食糧庫になったような賑わいだった。
そして、ちょうど作業も一区切りついたころ、家の玄関がノックされる音とともに、リーズの姉ウディノの声が外から聞こえた。
「リーズ、入っていいかしら?」
「あ、姉さん! お母さんも来てる?」
「お邪魔するわね、リーズ、アーシェラ」
「お、ちょうどいいところに来てくれましたね。今料理も一通り終わりましたから」
この日の夕食は、あらかじめリーズの母親マノンと姉のウディノだけを招待していたのである。
意外なことに、リーズとアーシェラの夫婦が、使用人などがいない状態でリーズの家族と食事を共にするのは今日が初めてだった。
マノンとウディノはまだ村での生活に慣れていないようだったが、アーシェラが義理の家族になっていることは完全に受け入れているようで、マノンは既にアーシェラのことを自分の息子のように気軽に名前を呼んでいる。
「えへへ、実はねお母さん、今日は大切なことを話したくて…………」
「まあ、もしかしてリーズに赤ちゃんができたの?」
「えーーーーーーっ!? な、なんでわかっちゃったの!?」
「母さん……少しは空気読もうよ。私だって薄々そんな気はしていたけど、せめてリーズの口から言ってもらいたいと思ってたのに」
二人を夕食に呼んだのは、リーズが赤ちゃんを身籠ったことを客人たちに先んじて家族に報告しておこうと思ったからだった。
ところが、リーズがあまりにもニコニコしていたからか、マノンはあっさりとリーズが言いたかったことを見抜いてしまった。
「シェラ~……ごめん、お母さんに先にあてられちゃった~」
「ははは…………まあ、そういうこともあるよ。リーズは嘘が付けないいい子だから、わかりやすかったんだろうね。まあ、そんなわけですお義母さん……詳しいお話は食べながらしますので、椅子に座ってお待ちください」
楽しみを先に取られて若干拗ねるリーズの頭をなでながら、アーシェラはあらかじめ用意していたシチューとハンバーグを盛り付け、椅子に座る二人の前にきれいに並べていった。
「そっかぁ……リーズには結婚だけじゃなくて、子供まで先越されてたかー……兄さんたちが聞いたら、目玉飛び出しちゃうだろうな~」
「ねえマノン姉さん……リーズは上の兄さんたちにあんまりあったことがないけど、もう結婚とかしてないの」
「リオン兄さんもフィリベル兄さんも、揃って未婚よ。特にリオン兄さんなんてもうすぐ30になるのに、しかも美形だから凄くモテるのに、浮いた噂一つないんだから呆れちゃうわよね」
「じゃあウディノ姉さんは? 好きな人とかいないの?」
「…………私はまだ21だからいいのよ。それに……気になる人だって、いないこともないし」
「そっかぁ……危ないから村まで来てもらっちゃったけど、王国に気になる人がいるなら、ウディノ姉さんもちょっと寂しいかもしれない。でもっ、今年中にはチェンと王国に帰れるようにするから、安心してねっ!」
「ああうん、そこまで寂しいってわけじゃないから、無理しなくてもいいわ」
ウディノの言う「気になる人」が、まさかこの村に来て見つかった……しかも、若干横恋慕気味だとは口が裂けても言えないのであった。
「ふふふ、でもうれしいわ。私ももうおばあちゃんになるなんて、少し前までは思ってもいなかったんですもの」
「あの……つかぬことを聞きますけど、お義母さんは今おいくつで? もちろん、女性に年齢を聞くのは失礼だと存じてはいますが、見た目とても若く見えるのに、一番上のお義兄さんが30近いと聞いたので……」
ここでアーシェラは、前々からどうしても気になっていることを恐る恐る尋ねてみた。
マノンは貴族にしては化粧っ気のない女性で、それでいてなかなかの美人に見える不思議な存在だった。
勇者という肩書を抜きにしても、王国中の貴族がこぞって求めるほどのリーズの美貌は、おそらく母親の美人の血がさらに活性化したからだと、アーシェラは心の内で思うほどだ。
しかし、上の兄が30歳ということは、生物学的に見てもマノンの年齢は最低40代後半でなければならないはず。普通に考えれば50代でもおかしくないわけだが…………
「私? 確か今年で42よ。自分ではよく覚えていないけれど、侍女たちがそう言ってたから間違いないと思うわ」
「ち……ちなみにですが、お義父さまのお歳は?」
「私よりちょうど10歳上だから、52かしら」
「へ、へぇ……なるほど、道理でお若い……」
「ま……まあまあ、アーシェラさん。こんなのでも、王国の政略結婚だとよくあることなのよ!」
「そうだったんだ…………リーズも知らなかった」
家族の年齢を聞いたアーシェラは、さらにドン引きしてしまった。
そして、王国貴族社会における婚姻の闇の部分の一端を見てしまった気がした。
「でも、私はとても幸せよ。たしかに政略結婚でまだ子供のうちに、顔も知らない人と結婚することになったけれど、旦那様はとてもやさしくしてくれたし、こうしてかわいくて強い子たちにも恵まれた。しかも、リーズがちゃんと自分でいい人を見つけて、自分が心に決めた人と結婚して子供ができたんだから」
「お義母さん…………」
「私はたまたま運が良かったからだけど、やっぱりかわいい子たちには自分の幸せを自分でつかんでほしいもの。だからウディノ、お母さんもお父さんも早く結婚してって言わないから、お兄ちゃんたちも大目に見てあげて頂戴ね」
「ああ、うん……そうだね」
赤ちゃんの報告をするつもりが、なぜだかしんみりした気分になってしまった。
とはいえ、アーシェラも聞きたいことは聞けたので、すぐに話題を変えることにした。
「まあでも、リーズが自由に育ったおかげで、どん底にいた僕でもリーズに会えたんですから、その点は感謝させていただきます」
「でもっ、リーズはどう育っても結局は冒険したくて家を出てっちゃったかもしれない。お母さんには心配をかけちゃったけれど、リーズはどんな生き方をしても、シェラとは結ばれる運命にあったと思うよっ♪」
「幸せなのはいいけど……やっぱ二人とも、いちゃつきすぎじゃない?」
今度はアーシェラとリーズが、二人で今までの出会いからお互いが好き合うまでのお話を、夕食が終わって片づけの時間に入るまでじっくりこってり語り始めた。
マノンは終始笑顔でのんびり聞いていたが、ウディノにとってはたまったものではなかった。




