復活の公子
「この忙しい時に第三王子派閥からパーティーの誘いとは。また何か余計なことをたくらんでいなければよいのだが」
降り積もる雪が平原を白く染める中、立派な馬車で移動しているグラントは、わざわざ持ち込んだ書類を見ながら白い溜息を吐いた。
グラントとその周囲では、被害を最小限に抑えるクーデター計画が大詰めを迎えており、彼自身もその調整に日々奔走していた。
目尻にはうっすらと隈が浮かび、身だしなみこそ完璧に整えているものの、この数日碌に睡眠をとっていないことが一目瞭然であった。
「今のうちに少しお休みになられては?」
「いいや……エライユ公爵領まではもう目と鼻の先。下手に眠ると、かえって気分が乱れる」
「しかし、エライユ公爵家での催し物とは、穏やかではありませんね。あのリシャール公子が急に正常に戻り、リーズ様の居場所を発表する気とか?」
「十分にあり得る。ゆえに、あらかじめ対策は練っておいた。そのあたりは抜かりないのだが…………やはり何か引っかかるな」
護衛のために対面に座っている、リーズの兄リオンは心配そうにグラントを見つめる。
アーシェラにより心にトラウマを追ったリシャールは、直後にボイヤールの術で更なる強迫観念を植え付けられ、リーズやアーシェラのことを少しでも思い出しただけで多大な恐怖に苛まれるようになってしまった。
とはいえ、彼が正気に戻る可能性はなくもないことはあらかじめわかっており、グラントもいつでも作戦を切り替えられるよう準備を整えていたのである。
しかし、第三王子が絡んでから、どうもグラントの想定外の事態ばかり起こる。
果たしてそれがグラントの先見のなさなのか、はたまた第三王子がそれだけしたたかなのかは定かではないが…………これ以上の計画の変更は勘弁してほしいのが、グラントの本音であった。
「諸君、本日は忙しい中よく集まってくれた、うれしく思う。本日集まってもらったのは他でもない、エライユ公爵家嫡男リシャールが、長きにわたる闘病から復帰した」
「やあ皆さん、長らく顔を見せられず申し訳ない! このリシャール・エライユ、病の淵より舞い戻りました! 皆様には多大な苦労を掛けたかと存じますが、第三王子殿下のおかげでようやく立てるようになりました」
エライユ侯爵家の大豪邸中央にあるダンスホールに集まった人々が目にしたのは、第三王子に連れられて堂々と立っているリシャールの姿だった。
予想外だった者も、ある程度予想していた者も、ざわざわと困惑する様子を見せる。
「ま、まさか……本当にリシャールが?」
「第三王子はいったいどんな魔法を使ったんだ?」
「しかも……リシャール殿の様子が、なんというかこう………変だ」
まず人々が驚いたのが、かつてのような傲慢さが鳴りを潜め、話し方も立ち振る舞いもまさに「好青年」な雰囲気のリシャールだった。
リシャールといえば、魔神王討伐を終えてから特に顕著になった唯我独尊な性格と、第二王子セザール相手ですら物おじしない大胆な態度…………それが、どういうわけか完全に鳴りを潜めているではないか。
さらに、セザールに勝るとも劣らない女好きとして有名な彼は、見栄もあるのか大勢の美女を周囲に侍らせているのが常だったのに、今では傍に控えるのがミルファーただ一人。
もはや完全に別人ともいえるリシャールの姿に、人々はどう反応したらいいか困てしまった。
戸惑う人々をよそに、第三王子ジョルジュはさらに今までの経緯について語りだした。
「エライユ侯爵家は代々わが王家に力を尽くしてくれた重臣であり、特にリシャールは魔神王討伐の際も多大な功があった。しかしながら、昨年秋ごろに聖女ですら治せない類の重い病を患ってしまい、今日までずっと臥せっていた。今ではこうして回復したもの…………後遺症なのだろうか、勇者とともに戦ったころの記憶を失ってしまったのだ」
会場が再び騒然とする。
なんとリシャールが、魔神王討伐の頃の記憶を失ったというのだ。
それはすなわち、勇者リーズに関するあれやこれやの記憶も失っていることを意味しており…………彼女に執着心に近い恋心を抱いていたと知っている面々は、一様に「ありえない」と思わずつぶやいてしまった。
「グラント様、これはいったい……彼の身に何があったのでしょう」
「……おそらく、何者かがリシャールの記憶を封じたのだろう。しかし何のために? リシャールが《《例のこと》》をここで暴露したら、何食わぬ顔で演技してやろうと思っていたのだが、あてが外れたな」
先ほども話していた通り、たとえリシャールがリーズの本当の居場所をここで話してしまったとしても、グラントは十分対応できるようにあらかじめ用意している。
だが、リシャールは一番肝心な記憶が封じられてしまっているようで、少なくともリーズの居場所が広まってしまうことはないだろう。
「むしろ問題は、彼に記憶の封印を施した何者かが第三王子のそばにいるということだ。これは思った以上に、面倒な状況かもしれない」
「第三王子に接近しすぎると、いずれ我々も……」
「ということにもなりかねん」
また変な心配事が一つ増えたことで、グラントは心の中でため息をダース単位で吐き出したくなった。
「戦術士」と呼ばれ、戦場では臨機応変な対応が持ち味のグラントだが、どうも謀略という面では世の中には一枚も二枚も上手の人間がいるようだった。
(もし彼がこの場にいたら……第三王子たちが何を企んでいるのか、見抜いたのだろうか? 私自身が見抜けない以上……対策を練るための専門家が欲しい)
グラントはこのころから、自分の直属で策を練る人材――軍師的な存在の必要性を痛感したのであった。




