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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―騎士の月10日― 海に続く道
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対策

「お久しぶりです、アーシェラさん。このタイミングで出迎えられるとは、流石ですよ」

「エミル君も、随分と重宝されているみたいじゃないか。よかったよかった」

「うちら船乗りは勇気と男意気は天下一品だが、頭の方はどうもからっきしだからな! 色々と事務仕事をしてくれて助かってるぜ!」

「できれば私以外にも何人か事務作業員を雇ってほしいんですが」


 場所を移して話し合うアーシェラとヴォイテクにたった一人ついてきたエミルと言う名の船員は、かつてアーシェラがヴォイテクに「いるととても便利だからと」推薦した人物だった。

 彼はもともとしがない雑貨商にすぎなかったエミルだが、アーシェラからその管理能力と誠実さを見込まれ、勇者パーティー時代にはもしものために保管する物資の一部を預かっていた経験がある。


 ヴォイテクが言うように、新興であるヴォイテクと船乗りたちは腕自慢は多いが学がない者が多く、細かい交渉や事務作業をおこなう人員は貴重だ。

 それゆえ彼は船の中ではかなり重宝され、尊敬されているが、その労働量は半端ではないらしい。


「話は逸れましたがアーシェラさん、ボスコーエンからすでに聞いているかと思いますが、勇者様のご家族たちの侍女に工作員が潜伏しています。あそこにいる、白髪の小さい子がそうですね」

「…………なぜそうと断言できるんですか?」

「3人のうち2人は勇者様が子供の頃から男爵家にお仕えしているベテランですが、あの子……モズリーと言う名の侍女は、数か月前に入ったばかりのようです。それに彼女は、私の船室にある書類を盗み見しようとしたこともありましたし……疑う理由が多いのです」

「状況証拠でしかない、か……。まあ、仮に僕が同じ立場だったらそう簡単に襤褸を出すことはしないはずだ。じっと耐えて耐えて耐えて……機会が来た時に初めて行動する。彼女の裏の主人が何を考えているのか、今はまだ判断がつかないけれど、もしリーズの命を狙っているのだとするなら、慎重に見極めなければならない」


 ヴォイテクがスパイの存在を知ったのは、リーズの家族を託された際にこっそり渡されたマリヤンと手紙を読んでからだった。

 リーズの家族たちの行動が第三王子の勢力に筒抜けになっている……マリヤンの動きもバレているのは、身近に内通者がいる可能性が高いと――――


 そうしてさりげなく色々調べるうちに、同行した侍女の一人であるモズリーは、つい数か月前に入ったばかりの新入りで、その巧みな話術であっという間にリーズの母親の信頼を得たことがわかった。


(彼女の目的の一つは、間違いなくリーズの居場所の特定があるだろう。では、特定した後どうするか? 暗殺者を送るか? それとも王族を焚きつけて戦争を起こす? いずれにせよ、生きて彼女を山向こうに返すのはリスクが高い)


 幸いにして、今の季節は山向こうへのたった一つの道である旧街道が雪で封鎖されており、あと1か月ほどは足を踏み入れるだけでも自殺行為となりうる。

 それゆえ、村から脱走されてもすぐに山向こうに逃げられる可能性は少ないが、それでも危険人物が野放しになるのは避けたい。

 とはいえ、怪しいから処刑するというのも、リーズの母親マノンが納得しないだろう。


「どうします? 色々難癖付けて、船で軟禁しましょうか?」

「いや、無理に追い詰める必要はない。むしろ……ちょっとした使()()()ができたかもしれない」


 そう言ってニヤリと笑うアーシェラに、ヴォイテクとエミルは一瞬ゾクッとした。


「とまあ、そんな感じで接し方は追々考えていくよ」

「その言い方だと、すでにやることが決まってるようにも感じるんだが、まあいい。長い航海で全員疲れ切ってるから、どこかで休めないか?」

「この街はまだ魔獣が出るし、瘴気も解呪しきれていないかもしれない。川の上流に探索のための拠点を作ったから、まずはそこに移動して、しかる後に僕たちの村に案内しよう。……と言っても、これだけの人数を受け入れる家がないのが残念だけど」

「いや、休めるところがありゃそれで十分だ。それに、船も見張りもあるから全員を連れて行くわけにもいかねぇしな。俺はしばらく部下たちとここに残るから、エミルお前が先に休ませるやつを選んで連れてってやれ」

「わかりました」

「じゃあ僕は村に連絡を出すとしようか。フィリル、急いで村に戻ってリーズのご家族たちが村に来ることを伝えてほしい」

「りょうかーい!」


 この後の動きをさっさと決めると、彼らはすぐに動き出した。

 ヴォイテクの船員は全員で70名もいるが基本的に交代制で、まずは直近で仕事に従事して体力を消耗している20人を探索拠点に連れて行って休ませることにした。

 本当なら全員を開拓村で休ませたいところだが、生憎村は村人たちが生活する最低限の建物しかない。いまはできる範囲のことをするしかなかった。


「どうだったシェラ?」

「まずはお義母さんや疲れている船乗りたちを探索拠点に案内しよう。そこで一泊したら、いよいよ村に案内しようか」

「えっへへ~、新しいリーズたちの家、気に入ってくれるかなっ?」

「……リーズはお義母さんたちも一緒に家に住んでほしい?」

「うーん…………流石に一緒に住むのは、ちょっと。そもそも部屋が足りないし、夜になると……」

「わかった。お義母さんたちには当面別の家を使ってもらおう。幸いあらかじめ考えていたプランはあるからね。問題は、侍女さんたちも一緒に住めるかだけれど……」


 そう言ってアーシェラがリーズの家族たちを見ると、一番年配の侍女が母親マノンのためになんとか馬車を用意できないかとレスカと交渉しており、対するレスカは村にいかないと馬を運んでくることができないと若干難色を示していた。


「おい村長、あなたからも何とか言ってくれ。この侍女はどうしてもマノンさんを歩かせたくないとおっしゃる」

「無理なお願いとは存じておりますが……マノン様を長距離歩かせるのは、厳しいので」

「あら、私は歩くのは好きですよ~」

「いやいや、そもそも母さんが歩くのが遅すぎるから……」


 貴族女性は基本的に自分で長距離を歩かない。

 なぜなら、馬車で移動できることは貴族のステータスでもあるし、それは逆に言えば貴族の家の女性はその家から移住に逃げられない様に、あえて長距離を歩くのが苦手になるように育てられることさえある。

 マノンもまた伝統的な貴族の家の出身故、隣町までの距離すら自力で歩いた経験がなく、(スパイ疑惑の対象ではない)年配の侍女の言う通り歩いて拠点まで向かわせるのは難しいかもしれない。

 おまけに、姉のウディノが言うにはそもそもの問題としてマノンはマイペース過ぎて歩くのが非常に遅いらしい。

 こんな母親から、リーズのような世界最速で走れる人間が生まれたのは奇跡でしかない。


「しょうがないな~、じゃあリーズが馬の代わりに馬車牽くからそれでいいよねっ!」

「あら、いいの? じゃあリーズにお願いしようかしら~♪」

「奥様!? さ、流石に娘様……しかも勇者様にそのようなことをさせるわけには!?」


「色々苦労してるんですね、お義母様の周囲の方々も」

「ええ……」

 

 苦笑いするアーシェラに、ウディノはため息をつきながら頷くほかなかった。


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