増援
「みんなただいまーっ! ってあれ、見たことない飛竜がいる!」
「あ、リーズさん村長さんおかえりなさーい! お客さん来てますよー!」
リーズとアーシェラが荷駄車を引いて拠点に戻ってきてすぐに、余りにも簿絵のない人物と飛竜がいることに気が付いた。
もっとも、アーシェラだけは以前から面識があったようで――――
「どもっス! お久しぶりっすねアーシェラさん! そしてそちらが……おおっ! 噂の勇者様っ! さっすがオーラバリバリっスね!」
「えへへ~、リーズがオーラバリバリ? リーズもすっかり有名人だねっ!」
「勇者だから当たり前だと思うけど……。誰が来てたかと思ったら、ヴォイテクさんの仲間になったボスコーエンさん。君が来たということは、どうやら僕の賭けは当たっていたようだ」
「そうそうそうそう! それなんスよっ! いま船長がこの先の港にむかっているんで、手伝ってもらいてぇんで……あ、そうそう、これ船長からの手紙ッス」
「ありがとう。お昼を食べながらゆっくり読ませてもらうよ。フィリル、お昼の準備はできてる?」
「はい村長っ! 味見までバッチリですよっ!」
ヴォイテクがアーシェラにあてた手紙を受け取ったが、時間が時間なので昼食の準備の方が先だ。
特に、村からここまで飛竜に乗って飛んできたボスコーエンは、余裕そうに見えてもかなりお腹がすいていることだろう。
この日の昼食は、ゴボウ中心のピリ辛スープに、肉巻きゴボウとゴボウサラダという、まさにゴボウ尽くし。
ビジュアルが全体的に茶色かったが、意外にも味のバリエーションは豊富であり、辛いものが若干苦手なフリッツでも安心して食べられる辛さのスープは、冷えた体を芯から温めてくれた。
「うおぉ、うんめぇっ!」
「あははー、辛さが物足りなかったら、あたしの自慢の激辛パウダーをじゃんじゃん使っていいよ!」
「フィリルさん……そんなに真っ赤っかでよく食べられるね」
特に、普段から飛竜のえさ代がかかるせいで食費を節約せざるを得ないボスコーエンにとって、この力強い味がたまらない。
「それにしても村長とリーズさん、まさか森に木を切りに行っていたなんてな。てっきりあんなことやそんなことをしに行ったものかとおもったぞ」
「えっへへ……レスカにそんなこと言われちゃうなんて♪ でも残念、流石にリーズたちも、そこまで見境はないわけじゃない、と思うよ?」
「そ、そうだね……僕たちはただお風呂が作りたかっただけだし」
「…………噂には聞いてたっスけど、まじラブラブっスねお二人。見てるだけでちょいと恥ずかしいんスけど」
「大丈夫、すぐ慣れるからっ!」
そして、お昼の最中でも当たり前のようにアーシェラにぴったり寄り添うリーズ。
アーシェラがリーズと結婚し、非常に仲がいいようだということは噂で聞いていたが、初めて見るとどうしても面食らってしまう。
普通恋人同士でも、ここまで四六時中イチャつくのはもはや「バカップル」の域ではあるが、二人ともこれが普通だと思っているからなおさら質が悪い。
フィリルも当初はリーズからたっぷり聞かされる惚気話で、顔が茹で上がってしまうほど赤面していたものだが、今はもう慣れたようだ。
「さて……後回しにしちゃったけれど、ヴォイテクさんからの手紙。ご丁寧に術封までされて、重要そうなことがわかるよ」
食事を続けながら、アーシェラはボスコーエンから受け取った手紙を開き始める。
それなりの質の便箋に「術封」と呼ばれる特別な封印が施されており、あらかじめ指定した人同士でしか開くことができない仕組みになっている。
王国などでも比較的メジャーな秘密通信の一つであるが、これも元々は旧カナケル王国発祥の技術であり、この手紙を届ける人物が事故を起こしたり、裏切ったりしても中身が見られることがなくなるのである。
当然、そのような厳重な封印を施すからには内容も重大であり、読まなくてもアーシェラにはなんとなく文面が予測できた。
『アーシェラへ
ヴォイテクだ。アーシェラ、それにリーズ様も元気にしているか?
もう知っているとは思うが、俺たちはなし崩し的にリーズ様のご家族を王都から脱出させ、南洋を航行中だ。
どうやらご家族の使用人の中に内通者がいるらしい。大陸の港への上陸はできない。しかし、このままでは船の物資が尽きてしまう。
そこで俺たちは、一度南方諸島に向かい物資を補給してから、改めて旧カナケル王国の一番近い港町に向かおうと思っている。難しい賭けだが、俺たちが取ることができる方法はこれしかない。
アーシェラなら、もしかしたら俺の考えを先読みして何らかの準備をしているのかもしれない。
けれども、念のためこの手紙を読んだら、リーズ様のご家族のためにも手を貸してくれないだろうか。
お礼は必ずする。よろしく頼んだ』
「すごーい、シェラの予想大当たりだ!」
「前々から思ってたんスけど、なんでアーシェラさんは事前に予想が的中できるんすか? 俺っちには不思議で不思議で…………」
「リーズたちにも話したんだけど、自分がもしヴォイテクの立場だったらどうするかなって考えると、おのずと行先は限られてくるんだよね。さすがに南方諸島で補給できるとまでは考えていなかったけれど、物資欠乏状態でここまで来られるより状況はよっぽどいい。考えうる限りで最悪の状況にならなくて、ほっとしてるよ。それに、あらかじめ港町の瘴気を解呪しておけば、到着予定が後になっても上陸できるようになるから」
自分たちの行動がある程度予知されていたのは、味方になっている今はとても心強いが、敵に回した時はかなり恐ろしいことになるに違いない。
ボスコーエンは改めて、この人物が味方でよかったと心の底から思ったのだった。
「ともあれ、ボスコーエンさんもこの先力を貸してくれるなら、僕としてもとてもありがたい。空の上から町全体の様子を見てもらえれば、もっと効率よく動けるはずだ」
「ガッテンっ! お安い御用でさぁ!」
「ありがとーっ! リーズからもよろしくお願いするねっ! えへへ、せっかくここまで飛んできてくれたんだから、今日はゆっくり休んでいきなよ。今からリーズたちが即席のお風呂作るから、楽しみにしててねっ!」
「こんなところで風呂なんて、贅沢ッスね! 俺っちも手伝いますよ! 体動かしてねぇと逆につまんねぇですから! なーに、飛竜さえ十分休めりゃ、俺っちは遠くが見えるリュックサックみたいなもんっス!」
こうして、新たな仲間を加えたリーズたち一行は、休む日と決めたにもかかわらず全員で木材を加工し、簡易式の風呂桶を組み立て始めた。
急いで作ったので、それなりの疲れは出たものの、ずっと野外生活が続いて汚れた体をお湯で洗い流せば、作業の疲れ以上の回復効果を得られたのだった。
心身ともに万全の状態を整えた彼らは、次の日からいよいよ本格的に港町開放に乗り出すのだった。




