休暇
ようやく海まで到達しながらも、一度拠点まで戻ってきたリーズたち一行。
次の日に再び探索に向かう――――かと思いきや、アーシェラは
「今日一日は休みにしよう。次の探索は体力も気力も今まで以上に消耗するだろうから、いったん調子を整えておこうか」
と言って、丸一日の休暇を決定した。
「休暇か……私はそこまで疲れていないが」
「大丈夫かな? せっかく解呪したのに、また瘴気の浸食が始まったりしたら……」
「リーズだって平気だけど、シェラの言う通り冒険では危険な場所に行くときは何が起こるかわからないから、体力に余裕を持たないとね! そうでしょ、シェラっ!」
「うんうん、まさにリーズの言う通りだ。何度も言うように、今回は急いでいるわけじゃないから、準備してからの方が何かと効率がいいはずだ」
リーズをはじめとしたメンバーはまだまだ余力はあるものの、完璧な状態という訳でもなかった。
フリッツは筋肉痛から回復したとはいえ、普段以上に動き回っているせいで脚に疲れがたまっているだろうし、ましてや一昨日まで堀の掘削という重労働に従事していた女性陣は万全の状態とはいいがたい。
勇気と無謀は似て非なるもの――――
かつて冒険者だったリーズとアーシェラは、そのあたりの機微をよく知っている。
「ということで、今日は基本的にお休み。拠点の周りを歩くくらいは良いけれど、なるべく戦闘とかは避けるように。いいね?」
『はーい』
アーシェラが理論的に説明し、リーズも賛同しているせいか、休暇の決定に対してほかの三人からは異論は出なかった。
「で、その言い出しっぺの村長とリーズが早速外出してしまったわけだが」
「あはは……もしかしたら、暫く二人きりにならないと休んだ気がしないのかもしれないね」
「北東の森の方に向かったようだが、何をしに行っているのやら」
拠点の一角に備え付けられたハンモックに寝転がるレスカと、椅子に腰かけながら本を読むフリッツは、休みを命じておきながら自分たちはさっさと外にお散歩に行ってしまった村長夫妻に若干呆れていた。
今この拠点には、レスカとフリッツ、それに朝から大鍋で何やら木の根っこのようなものを煮ているフィリルの3名しかいない。
防衛に不安がありそうだと思うかもしれないが、拠点の周囲は堀と罠が多数設置されてるため、最悪無人でも巨大な魔獣さえ来なければ被害は受けないだろう。
「やっはっはー、もしかしてあたしもお二人にとってお邪魔だったりします?」
「まさか、僕とレスカ姉さんは村長さんたちと違ってやましいことはないから大丈夫だよ、ねえレスカ姉さん」
「……まあ、そうだな。それはともかくとしてフィリル、お前はさっきから木の根っこの皮を煮詰めて何をしているんだ?」
「これですか? これはゴボウです、根っこですけどきちんと食べられるんですよっ! せっかくのお休みなので、時間をたっぷりかけたあたし特製のスープを作ろうかと思いまして」
「食べ物だったのか。私はてっきり、薪の一部かと思っていたのだが」
フィリルは持ってきた物資の中に、泥が付いたままのゴボウを十数本束で持ってきていた。
持ち込まれたゴボウの見た目は、燃料となる薪と何らそん色がなかったため、レスカとフリッツはまさか食べられるものだとは思ってなかった。
この世界では、ゴボウが食用になることはまだまだ浸透していないようだ。
「食べられるんだね、それ……ゴボウ? だっけ? 剥いた皮の方を煮るの?」
「そうそう。もちろん、中身の方もあとで料理するけれど、この野菜は皮の方が味も香りもいいんですよっ。だから、無駄なく使うためにもこうして味付けのために煮るんですよー。私の故郷では貴重な食べ物の一つだったから、しっかりと無駄なく使うんです。まあ、これを食べようと思いつくほど、私の故郷は貧しかったって言うのもありますけどね、やっははははは」
ゴボウ料理自体はとてもおいしいのだが、見た目が見た目だけに食べるという発想はなかなかないものである。
逆に言えば、こういったものに手を出さざるを得ないほど、フィリルの……ひいてはかつてリーズの親友であったツィーテンの故郷はそれだけ困窮していたということに他ならない。
「あれ、でもまてよ…………確かレスカ先輩もフリッツ君も、もともと貴族の出身でしたっけ?」
「貴族……と言うと語弊があるが、私が階級持ちの出身なのはその通りだ。フリ坊は完全に貴族の出身だ」
「そ……そうでした! そうなんでしたっ! あたしってばそのことをすっかり忘れてたっ! いや、でも……うーん」
「?」「?」
ところが、レスカとフリッツが平民より上の身分出身の人間であることを思い出したツィーテンは突然色々と悩むそぶりを見せた。
「お二人って過去に逃亡生活を送っていたことがあったんですよね? その頃に、ひもじい思いとか……しませんでした? あ、いえ……お答えにくければ、それはそれで……」
「ひもじい思い? そういえば、そんなこと全然思ったことなかったよ。どっちかって言うと、いつどこから実家からの追手が来るかのほうがよっぽど怖くて、食べたもののことはあまり覚えてないんだ」
「逃亡生活と言っても、私とフリ坊は人込みに紛れて過ごしていたからな。それに当時の私はそれなりに金も持っていたから、特に食事に困ったことはなかったぞ」
逃亡生活というと、誰もいない大自然の中を二人きりで野宿しながら逃げ回るイメージがあるが、実際は逆で、レスカはあえて人込みに紛れて追跡を困難にする方法をとった。
「じゃあ、やっぱり木の根っこなんて食べさせちゃったら……嫌でしょうか? 私たちの間では、美味しいゴボウが取れたからって貴族様に献上したら、「木の根っこを食わす気か」って逆上されて処刑されたなんていう話も聞くものですから……」
「おいおいおい、私とフリ坊をそんな悪徳貴族と一緒にするなよ。木の根っこというのなら、人参や大根だって玉ねぎだってジャガイモだって同じだろう」
「レスカ姉さん……玉ねぎとじゃがいもはちょっと違うと思うんだけど。でも、村長とリーズさんも食べたんでしょ? フィリルさんだって美味しいから作ってるんでしょ? 大丈夫大丈夫っ! 僕こう見えても嫌いな食べ物とかないから! なんなら、レスカ姉さんが塩加減間違えちゃった魚料理でも問題なく食べられるし!」
「フリ坊……」
「そ、そうですか……やはは、これは杞憂でしたねぇ。いや、いろいろ苦労なさってるお二人がそんなこと言うはずはないって信じてはいるんですけど……」
「呆れたものだ。そんな心配は正真正銘の貴族生まれのリーズに食わせるときに終わらせておけ。少なくともこの村にいる限りは、好き嫌いで怒るやつはいないからな」
「はっ……そういえばそうでしたっ!!」
今更ながらそのことに気が付き、素っ頓狂な声を上げるフィリルがおかしくて、レスカとフリッツは思わず笑ってしまった。
と、そんな時フィリルは、レンジャーの勘がこちらに向かって「飛んでくる」何かの気配を捉えた。
「あ……お二人ともっ、気を付けてください! こっちに向かって何か飛んできます!」
「何っ!!」
「敵襲!?」
フィリルはとっさの時のために備えてそばに置いておいた弓を手に取り、フリッツは立てかけていた杖を手に持ち、レスカはハンモックからアクロバティックに飛び上がって二人の前に立った。
一瞬見ただけではわからなかったが、フィリルが指さす方向の上空に黒い点が浮かんでおり、それが一直線にこちらに向かっていた。
距離的にはまだ遠いが、速度はなかなか速く、警戒を怠ればあっという間に接近されていたであろう。
だが、飛行物体が近付くにつれて、視力のいいフィリルは飛んでくるものの正体がおぼろげながらに見えてきた。
「あれは……飛竜?」
「ということは、魔獣ではない? フリ坊、望遠鏡を」
「う、うん!」
果たして、こちらに向かって飛んでくるものとは――――




