蜘蛛の巣城
「…………ということがあったのだが」
「ひょ、ひょえ~……えらいこっちゃじゃないですかっ! 危うく色々ばれちゃうんじゃないかって心配になりますよぅ!」
「いや、本当に面目ない……」
王との近郊にある旧エノー邸で二度目の秘密の打ち合わせを行うグラントとマリヤン。だが、グラントから昨日までにあった出来事を打ち明けられて、マリヤンは一気に顔面蒼白になった。
グラントは深々と頭を下げるが、マリヤンは今回の件についてグラントを責める気は毛頭ない。
護衛のリオンですら「謀られた」と思うほどだったのだから、ほとんど回避は不可能だったということだ。むしろ、今の時点で相手がわずかとはいえ、馬脚を現してくれてまだ助かったかもしれない。
「と、とにかくですけど…………前にもリオンさんが言ってくれた通り、第三王子さまは何か企んでることがはっきりしたわけですか」
「あぁ、どうやら第二王子に不満がある連中を集めて、水面下で動いているようだ。こちらでもそれとなく探ってはいるが、厄介なことになかなか動きが掴めん」
「もしかしたら、あたしたちの動きもバレているとか……」
「わからん。だが、その可能性は低いだろう。むしろ、昨日の反応から察するに、第三王子たちの派閥も我々の意図をつかみ切れていない可能性が高い」
グラントの考えにマリヤンは少々不安になるが、グラントにはそう断言できるだけの理由があった。
「もし第三王子たちが我々の計画をある程度知っているのであれば、私がハッタリをかました時に決定的な証拠を突き付けてきただろう。あれだけ強引な策を仕掛けてきたからには、彼らは何としても私を支配下に組み込みたかったのだろうが、その当ては外れてしまった。おそらく彼らは今頃、次の手段を必死に練っていることだろう」
「とはいえ、今回の対応はほんの一時凌ぎにすぎません。次はもっとえげつない手を打ってくることでしょう」
二人の話を聞いて、マリヤンは改めて平民の身分のままでよかったと心の中で嘆息した。
まるで息を吐くように陰謀が跋扈し、それにすぐに対抗できる手段を日ごろから整えておくなどしていては、平民出身のマリヤンでは胃に穴が開いてしまうだろう。
「マリヤンのほうは、何か掴めたかね?」
「そうですね……第三王子派に加わってるかつての仲間たちが、最近また増えたっぽいです。どうも第二王子の派閥の人たちがますます大きな顔をして、時にはいじめみたいなことをしてくるのが我慢ならないんだとか」
一方でマリヤンのほうも、かつての仲間だったアイネやスラチカを中心に商売の手を広げ、それとなく情報を集めて回っていた。
かつてはリーズの下で一団結していた一軍メンバーたちは、最近になってから対立がさらに深刻になっており、特にエノーと同じようにもともと平民の出だった者たちは、大貴族出身のメンバーとの間で対立が激化している。
ぶっちゃけ、マリヤンたちが勇者パーティーにいた頃された差別が、形を変えて繰り返されているのが現状である。
「笑っちゃいますよね~。あの頃はあたしのことを散々輸送隊呼ばわりして、同じ仲間だって見てくれなかったのに、いざ自分がその立場になると、グチグチ不満を言うんですよ?」
「…………」
マリヤンの言葉にグラント自身も痛いところを突かれたらしく、少しだけ苦い表情を見せた。
「それでも…………グラントさんの言う通り、なんか恣意的なものを感じますね。第三王子が急に目立ってきてるっていうのもありますけど、第二王子とその仲間たちも、行動があまりにも軽率すぎるっていいますか」
「確かに、それもまた妙な話といえるな。やや危険ではあるが、第二王子派閥の動きをもう少し深く追うことにしよう。ひょっとしたら、何か見つかるかもしれん。これに第一王子殿下が絡んでいることはまずないとは思うが…………念のため、身内も洗いなおしてみるか。今は少しでも下手な動きをすればかえって危険だが、かといって放置することもできん」
グラントとその仲間たちは、今まさに巨大な蜘蛛の巣の上にいるようなものだった。
少しでも下手な動きをすれば、見えない陰謀を操っている蜘蛛の巣の主がそれを察知して、絡めとられてしまうだろう。
かといって動かなければ、座して死を待つのみ。せめて、相手がどのような意図で動いているのかを判明させなければならないだろう。
「あの~……本題に入る前に、前々から少し気になっていたことがあるんですが」
「なんだね? 言ってみたまえ」
「良くも悪くも人気者な第二王子様と、最近色々話題の第三王子様の話はよく出るのに、本当なら跡継ぎになる第一王子様の話題があんまり出てこないな~って思いまして。グラントさんって、一応第一王子様の派閥ですよね? 実際のところどうなのですか?」
「なるほど、そう来たか。まあ、マリヤンがそう思うのも無理はない」
以前からマリヤンが疑問に思っていたのは、なぜ第一王子がいるにもかかわらず、王国の世論は第二王子が次の国王の最有力候補だとみなしているかだった。
それとなくいろいろな人に聞いてみたこともあるのだが、平民はそもそも第一王子がどのような人物かあまり知らないようだし、貴族に聞いてもあまり要領を得ない。
ただ、何らかの理由で、王国の貴族たちからは腫物のように扱われていることはわかった。
対するグラントも、あまり話したくないような雰囲気だったが、ふーっとため息一つついて、ソファーに深く座りなおしながら話し始めた。
「結論から言うとだな……第一王子のレタン殿下は、平民の女性と結婚したのだ。あらゆる貴族の縁談を断ってな」
「ええっ!? 王族が平民の女性と結婚!? そ、そんなことがあり得るんですか!? 王族が平民と結婚するのは、王国の法で禁じられているはずでは!?」
「しかも、レタン様とその奥方の間には、すでに姫様が二人いる」
「は……はへぇ、私だって王国生まれですけど、そんな話始めて聞きました……」
そう、第一王子レタンが王としての後継者の話題になかなか上がらないのも、ましてや勇者リーズとの婚約話が持ち上がらないのも、結婚している妃が平民出身だからである。
しかも二人は、リーズとアーシェラに負けず劣らずの大恋愛の末に結ばれた間柄であり、ほかの大貴族が側室を勧めても、国王が離縁を命じても、一切聞き入れないというありさまだった。
当然そんなふるまいを続けていれば、大多数の貴族からの評価はガタ落ちだ。
「とはいえ、私個人としては、たとえ結婚相手が平民であろうと、お互いがお互いを想っているのならそれでよいと思うのだが…………貴族の支持なくして王権が保てない以上、自分勝手と言われても仕方ない」
「なるほど…………そのような事情があるのでしたら、なんとなくいろいろなことが腑に落ちた気がします」
血統の良さを誇りにしている王族と、それを取り巻く王国の貴族たちは、王族の跡継ぎに平民の血が入ることにかなりの嫌悪感があるのだろう。
それでも、グラントやグラントが懇意にしている軍部関係の貴族は、平民が大勢混ざる王国正規兵と交流が深い関係で、平民との結婚に心情的な抵抗が比較的少ない。
だが、政治を司る文官や正当性を何よりも尊ぶ中央神殿にとって、どこの馬の骨とも知らない平民の血が王族に入るなど言語道断なのだろう。
「なんとなく見えてきました。今まで第一王子様は武官の支持があったから、第二王子派や第三王子派も迂闊に手が出せなかったのですね。けれども、今は双方とも一騎当千の勇者パーティーメンバーを従えていますし、この上リーズ様がいれば…………」
「その通り、第一王子を廃嫡しても反発が予想される軍部など恐れるに足らず――――というわけだ」
平民出身のマリヤンにとって、複雑怪奇な王国の権力情勢について、今まで表面上しか見えなかったが、グラントから語られた話から、その朧気な全体像がなんとなく見えたような気がした。




