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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―王国情勢Ⅲ― 暮色蒼然
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掴めぬ思惑

「グラント、それにリオン。そう改まらずともよい、立ちたまえ」

「はっ、左様なれば…………」

「まあ君たちが驚くのも無理はない。ここに私がいるのはあくまでも内密だからな、王族の馬車を使うわけにもいくまい。だが、臣下の驚く顔を見るのも存外楽しいものだな」


 グラントとリオンを驚かせて無邪気に笑う第三王子ジョルジュに対し、二人は心の中で「まったくだよ!」とツッコみたくなった。

 王国や王族に対して批判的な意見を持っている集団の集まりに、王子が直々に顔を出すなど、何かの冗談でしかない。


「マトゥシュ、此度は誠に残念であった。婚姻の儀の際も祝辞と遺憾の言葉を述べた身として、非常に面目なく思う。まさか兄上の狼藉がここまでとは、同じ王族として止められなかったことは悔やんでも悔やみきれぬ思いだ」

「いえ、殿下っ……私には勿体なきお言葉! あの子のことは今でも愛しておりますが……私自身も、助けられる方法があったかもしれないと…………ううぅっ!!」

「辛かったであろう。その気持ちは痛いほどわかる…………私もあの愚兄には、いろいろと苦労を掛けさせられたからな」


 今までグラントの前で悲しい表情の一片も見せなかったマトゥシュは、ジョルジュに優しい言葉をかけられたことで、今まで溜まっていた感情を涙とともに噴出した。

 本当の意味でようやく心の荷を下ろすことができた親友を見て「よかったな」と声をかけるべきなのだろうが…………当のグラントの心境は非常に微妙だった。


(マトゥシュ……あれだけ私を頼ってよいといったにもかかわらず、ジョルジュ殿下の前でしか本音を出さなくなったのか? いや、そもそも君はいつから第三王子派に加わった? ……いやまて、この場にいる者はみなジョルジュ殿下の派閥だとしたら、ランブラン公爵も!?)


 グラントの背筋を、冷や汗が幾筋も流れる。

 数か月前にアーシェラの手紙を受け取ったときほどではないものの、想定していたよりも状況がよくない方向に向かっていることに、思わず頭を抱えたくなった。

 第三王子派閥が最近になって勢力を急拡大していることは知っているが、自分がひそかに確保しようとした勢力まで先に手を出されたのは想定外だった。

 もしアーシェラがこの場にいたなら、最悪の状況になったときの代替案を考えておくだろうが、今まで順調に事を運びすぎていたグラントは、そういったフェイルセーフを疎かにしてしまったのだ。


 そして――――この状況に持ち込まれてしまったからには、この先の展開も容易に想像できる。


(この場にいる私とリオン以外の人間は第三王子に取り込まれたとみていい。なら、次のターゲットは考えるまでもない…………我々だ)


 この場で下手なことを言えば、死にはしないだろうが、最悪計画の大幅修正が必要になる。

 すでに多数の軍部を掌握しつつあるグラントは、計画がすべて破綻すると分かった折には最悪内戦に突入することも辞さない覚悟だったが、それは何としても避けたいところだ。


「マトゥシュ…………」

「見苦しいところを見せてすまなかったな、グラント」

「いや、それは構わない。君とて人間だ…………悲しむことも、悲しみを吐き出す相手がいてもいい。それよりも、ジョルジュ殿下と随分と親しいようだが…………いつから面識が?」

「いや、直接お会いしたのはつい最近のこと…………ランブラン公爵とは以前からそれなりの付き合いがあったことは知っているだろうが、その公爵から紹介されてな」


 少し前の舞踏会の時点で、マトゥシュは第三王子の派閥に連なっていたのだが、グラントは忙しくて確認できていなかったのだ。

 そんなことを心の中で黙々と考えているうちに、ジョルジュが重々しく口を開いた。


「グラント」

「はっ」

「単刀直入に問おう。我々の仲間に加わらぬか?」

「…………鞍替えのお誘いでしたらお断り申し上げます。我がヘルツホルム伯爵家はこれからも、そしてこれからもレタン殿下(第一王子のこと)を次期国王と見込んでおります故……」

「まあそう慌てるな。私は何も鞍替えを迫っているのではない。もっと言えば、そうだな…………私自身、セザール兄さんのように次期国王になる野望はない」

「次期国王に就任するおつもりはないと…………はて、ではなぜ私を派閥に組み込もうと?」

「ふむ、その答えなら…………ここにいる全員を見れば自ずととわかるはずだ」


 ジョルジュはなぜか次期国王になるつもりはないという。

 ならばなぜ、彼はこのところ急に勢力を拡大しているのか。その答えが、この館に集まった人々にあるといわれたが、グラントはいまいちピンとこなかった。

 しかし、同行していたリオンがその答えに気が付いた。


「ジョルジュ殿下、愚考ながら私から………………この場に出席しているお歴々は、皆……セザール殿下から何かしらの不利益を被った……いえ、そのような生易しいものではなく、皆さまはセザール殿下に恨みをお持ちなのでしょう」

「さすがは勇者の兄、その通りだ。ここにいる者たちは皆、兄上の傍若無人な振舞いによる被害者たちだ。シャストレ伯爵マトゥシュは言うに及ばず、ランブラン公爵も、このまま兄上と勇者リーズを結婚させて次期国王にすることだけは何としても阻止せねばならないと考えているのだ。君とて理解できるであろう、あのような愚か者が次期国王になれば、この国は終わりだと。それに、自慢の妹を何かしらのはずみで親しい女性を暴行するような愚か者に嫁がせたくはないだろう?」


 リオンは思わずジョルジュの言葉に無言で頷いてしまった。

 それほどまでに第三王子の言葉には賛同の余地があり、セザールをどうにか取り除かねばと思っているのだから、グラント並びに第一王子への忠誠心がなければ、彼もコロッと仲間になっていたかもしれなかった。


(なるほど、言われてみれば…………ランブラン公爵は次男の息子がセザール様と仲たがいしたせいで、報復に次男の官職が剝奪され、領地も没収されたのだったな。そのせいで公爵家の威光は地に落ちてしまった…………。ほかの者も同様だ、中には娘を無理やり差し出された者もいる)


 マトゥシュがしばらく会わないうちにこれだけ交友関係を広められたのも、同じ被害者が集まって団結した結果なのだろう。


「……殿下の思惑は理解いたしました。しかしながら、まだ一つ疑問があります」

「なんだ、遠慮なくいってみろ」

「確かにここにいる方々は、セザール殿下に因縁がおありなのでしょうが……それならばなぜ、私を招くのでしょうか? 私は確かにセザール殿下に不満がないわけではないですが、そこまで恨んでいることもないので」

「はっはっは! お前はなかなかの狸だな! まあ、あの魑魅魍魎跋扈する王宮に居ながらにして、クーデターを計画しているだけはあるな!」

「!?」


 ジョルジュの言葉に、グラントは今度こそ本気で「まずい」と感じた。

 一度表に出した動揺はもはや隠し切れないだろう。それでも何とか、本来の計画だけは守り通さねばならない。


「私がクーデター計画など……ご冗談を」

「ほう、ならばなぜ君は王国の軍権を欲しているのかね? 君がランブラン公爵と親しくなりたいのも、王国の軍権が欲しいからだろう? 違うのか?」


 ますます追い込まれたグラント。この第三王子がまさかここまでつかんでいるとは、完全に予想外であり、彼自身の失策は明らかだった。

 だが、だからと言って計画をあきらめるわけにはいかない。グラントは土壇場でいったん冷静になり、賭けに出ることにした。


「ふっ……ふふふっ、流石はジョルジュ殿下、よくぞそこまで見抜きましたな」

「ではやはり君はクーデターを?」

「いえ、それについては残念ながらハズレ……といったところでしょうか。私も別にクーデターを起こす気はありませんし、軍権を得たからと言ってすぐにクーデターを起こせる状況ではありません」

「ほぅ…………ならばなんだというのだ?」


 急に開き直って、さらにクーデターを否定するグラントに対し、ジョルジュは一瞬不快そうに眉毛をピクリと動かした。

 その一瞬の表情を見たグラントは、もう一押しだと確信する。


「それはまだ私の口からは申せませんな。ですが、軍権が欲しいのは確かと言っておきましょう」

「ならば理由を述べよ。事と次第によっては、ランブラン公爵の軍権を渡してもよいのだが」

「申し訳ありません。私にも心の準備というものがあります。元々、ゆっくりとお話ししながら交渉しようと思っていたところ。急いては事を仕損じるといいますし、この先じっくりと話を詰めていこうではありませんか」

「……………ははは、やはり君は勇者と他ともに戦った強者だな。一筋縄ではいかないということか」

「お気に障られたら恐縮ですが」

「いやいや、逆に気に入った。君の望み通り、この先じっくりと心を開きあっていこうではないか。よし、今日の話はここまでにしよう。マトゥシュ、長引かせて悪かったが酒宴を再開しようではないか」


 こうしてグラントは、首の皮一枚のところで計画が暴かれることを防いだ。

 それどころか、第三王子の監視の下ではあるが、ランブラン公爵との知己を得て、軍権を早めに掌握できる可能性も生まれた。

 だが、第三王子の真の意図が不明な以上、ここから先は今まで以上に綱渡りなるだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 何だかんだ言ってアーシェラの方が何枚も上手か。 普段から下に見てた人間が、実は政治での裏取引までも読み切れてるとしたら、ただの滑稽な人物だな。この何ちゃって宰相さんも。 と言うか、アーシェ…
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