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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―古狼の月26日― 私と踊ってくれますか?
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手本

 デモンストレーションを兼ねてリーズと踊ることになったマリーシアは、心の中で「どうしてこうなった!?」と何度も叫んだ。

 せっかく、憧れの勇者リーズと踊ることができるという、彼女の身分では考えられないチャンスを手にしたというのに、逆にそのプレッシャーゆえか体がすっかり固くなってしまっていた。


「それじゃあマリーシアちゃん、よろしくねっ♪」

「はいっ! がんばりますっ!」

「えぇと……あくまで練習だから、そこまで緊張しなくてもいいよ?」

「はいっ! がんばりますっ!」


 緊張のあまり、同じセリフを繰り返すマリーシアがあまりにも可笑しくて、お茶会のメンバーはミーナ以外笑いそうになったが、ここで笑ってしまうとマリーシアが傷ついてしまうので、グッとこらえる。

 これが王国の王侯貴族たちだと、この時点ですでに嘲笑がクスクスと響き、いたたまれなくなるだろうが、村人たちはきちんとマリーシアのプライドに配慮していたのだった。


(勇者様の手前…………ミスは絶対に許されませんっ! ステップ……ステップ……三歩ひだり……三歩ひだり……)


 村人たちがじっくり見守る中、リーズはマリーシアの手を引いてゆっくりとしたペースで踊る。

 が、やはり勇者リーズと踊るという想定外の栄誉と、周りからもじっくり見られる中で踊るとなると、緊張が高まりすぎて、頭の中では完全にミスしないようにすることだけでいっぱいになってしまう。

 彼女の動き自体は完璧なものの、動き方が傍から見ても非常にぎくしゃくしており、おまけに表情も非常に堅苦しい。これがもし王国の社交場だったら、ロザリンデにまで苦情がいくほどの失態――――マリーシアは内心泣きそうであった。


(う~ん、リーズと踊るのが嫌……ってわけじゃないと思うけど、もっと気軽に踊ってくれてもいいのに)


 そんな状況をリーズたちはすぐに察し、いったん足の動きを止めた。


「あ、そうだ。音楽がないけどどうしようかな?」

「この村の楽器と言えば、笛くらいしかないからな……」

「ではわたくしが手拍子致しましょう。三拍子でよろしいですか?」

「うん、じゃあミルカさんお願い」

「はいはーい、あたしは鼻歌なら得意でーす! ふんふふーん♪」


 マリーシアがあまりにも緊張しすぎているので、リーズはテンポを分かりやすいようにするため、ミルカに手拍子をお願いした。

 レスカの言う通り、この村に楽器と呼べるものはミーナが持っている木彫りの笛か、さもなくばその辺の適当なものを打楽器にするしかない。

ピアノやバイオリンと言った、社交ダンスに必須ともいえる高価な楽器はこの村には存在しない。

 これもまた、マリーシアにとって想定外のシチュエーションであり、彼女にさらなるプレッシャーをかけたのである。

 ミルカ以外の女子たちも、彼女の緊張をほぐすために鼻歌やら口笛やら手拍子やらを乗せ始める。

 すると、さっきまで硬かった雰囲気が、なんとなくなごんできたように思えた。


「ほらほら、みんなが楽団やってくれるから、楽しく踊りましょ♪」

「こ……これはこれで恥ずかしいです…………」

「そう気張るな、どうせここにいる連中は、踊り方を間違えてもわからんからな! はっはっは!」

「むしろ楽しく踊らないと、リーズさんに失礼ですよーっ! ふんふんふふふーん♪」

「王国だと、踊りを間違えただけで死刑になるのかもしれないけど、この村ではそんな野蛮なことはしないから、気にしなくていいわ」


 踊りのお手本を教えるならば、本当はミスしないのが一番いいのだが…………やはりリーズは、踊り方が同行よりも、踊ることの楽しさを教えてあげたいと思っている。

 まるで操り人形のようにカックカクだったマリーシアの動きも、パーティーのような雰囲気になったのに合わせて、かなり滑らかになってきた。そもそもマリーシアは、そういった教養の類の動きを幼いころから骨に刻むように習得してきたので、特に深く考えなければ、自然に正しい動きができるものである。


「ここでまわって~……いちにっさん♪ いちにっさん♪ ゆっくり下がりながら、三歩ひだり~三歩ひだり~」


「ねえねえお姉ちゃん、やっぱり私たちが知ってるようなお祭りの踊りや、牧場のダンスとは全然違うんだね~」

「それもそうですわ。この手の踊りは、本当なら見せるために踊るものですからね。ですけど、王国の文化として根強く存在しているのは、やはり踊っていて楽しい面があるからですわ」

「幼いころに習ったものの中でも、めんどくさいのの一つだったが…………こうしてみると、もっと真剣に習ってもよかったかもしれんな」


 踊る目的はどうであれ、体系化された動きをもとにしたダンスは、見ていて美しいものである。

 そして、その美しい動きを二人で作り上げる―――――これこそ、社交ダンスの神髄ではないかと、村人たちも思い至ったようだ。

 各地の礼儀作法に(なぜか)詳しいミルカも、もともと王国で騎士をしていたレスカも、改めて二人の動きを見ると、実際に知識として得ているだけではわからない面もあると気づいたのだった。


 そうしているうちに、くるくると舞うように踊っていたリーズとマリーシアは、リーズの「ちゃんちゃん♪」という締めの音程が口ずさまれたところで動きを止めた。


「ブラボー!」

「ぶらぼ~!」

「ブラボー?」


「えっへへ~、みんなどうだった?」


 一曲踊り終わった二人に、村人たちから惜しみない拍手と「ブラボ―」の声が送られる。

 リーズは満足そうな笑顔をしていたが、パートナーだったマリーシアは、リーズの動きについていくのに精いっぱいだったせいか、体力をかなり消費し、すでに肩を上下させて荒い息を吐いている。


「い、いかがでしたか………リーズ様?」

「ありがとうマリーシアちゃん! とっても楽しかったよっ! 疲れてるみたいだけど、ちょっと動きが激しかった? 無理させちゃったならごめんね」

「いえ……私は、大丈夫……です」

「どう見ても大丈夫じゃないわ。動き過ぎじゃなくて、緊張疲れよ。私がお茶のお替りを入れてあげるから、それを飲んで心を落ち着かせなさい」


 マリーシアが疲労困憊になっているのは、リーズの動きが特別激しかったわけではない。

 いくら天真爛漫なリーズでも、踊るときは相手の動きに合わせて、しっかり力を加減しているのである。

 ユリシーヌの言う通り、彼女の疲れは神経が張り詰めてしまったせいなので、気持ちを落ち着かせるお茶を飲めばすぐに治ることだろう。

 薬草に詳しいユリシーヌならではの心遣いである。


「ふふふ、マリーシアさんのおかげで、リーズさんが村長さんとどんなふうに踊りたいのかがよくわかりましたわ。リーズさん、踊るときにずっと村長さんの顔を見ていたいんですね」

「えへへ、ばれちゃった? リーズね、実はこの踊りちょっと苦手だったんだけど、相手を一番近くに感じられるから…………シェラと踊るときは、絶対にこれがいいと思って」

「苦手な理由もなんとなくわかるような気がしますが…………きっと、この踊り方を考えた人は、パートナーを独り占めしたいという理由があるのではないかと、私は考えますわ」

「なるほど! だったらリーズさんと村長さんにぴったりですね! あとセンパイがセンパイ旦那様にも!」

「私のことは良いから」


 社交ダンスと一口に言っても、当然踊り方が数多く存在するわけだが、リーズが無意識のうちに選んでいた踊り方は、ダンスのパートナーとより顔が近くなるものだ。

 常日頃アーシェラを独り占めしたいリーズが選ぶのも納得できる。

 また、フィリルの言う通り、リーズとは別方向で愛が重いユリシーヌにもピッタリだ。


「それで、ミルカ。また何か企んでいるような顔をしているようだが…………やる前に何をしたいか言えよ」

「あらやだ、企んでいるだなんて、人聞きが悪いですわレスカさん♪ ただ、こんな時こそ、女の子の秘密兵器の出番ですわ。ふふふ、そうと決まればすぐに作戦会議ですわね。今日のお茶会は少し長くなりますわ、覚悟してくださいね♪」

「ええっと……本当に何されるんだろ?」


 前回のお茶会でも、女子全員を振り回してやきもきさせたミルカだったが、今回もまた何かとんでもないことをたくらんでいるようだった。

 どうやら、この日のお茶会も予想以上に長引きそうだ。



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