頼り頼られ
領主の館に集まったメンバーたちが、今後の復興予定と地域統合について話し合う中……初めから今に至るまで一切発言せずに険しい顔をしている女性がいた。
流れるような青色交じりの銀髪に、雪のように白い肌、目つきが鋭い美人な剣士がずっと黙っていることに、シェマが気が付いて声をかける。
「どうしたの、エルシェ? さっきからずっと黙ってるけど、何か言いたいことはないのかなー?」
「いいや。先ほどから聞いていれば、誰もかれも甘いと言わざるを得ない」
「んだと? 俺たちは真剣に話し合ってるってのに、どこが甘いってんだ、行ってみろ」
「はいはい二人とも落ち着いて。エルシェはその口の悪さを何とかした方がいいよ」
難しい議題を真剣に話し合う彼らを「甘い」と切って捨てる銀髪の女性――エルシェに対し、スピノラが反射的に食って掛かる。
二人を抑えるのは領主のルドルフ……ともすれば、すぐに殴り合いに発展しがちなのは北方人たちの悪い癖であり、彼らの間を取り持つルドルフは苦労が絶えない。北方地方がなかなか統合されないのも、こういった北方人たちの気質によるところが大きい。
とはいえ、二軍メンバーの中でも比較的シビアな思考の持ち主であるエルシェが「甘い」と切り捨てるのには、それなりの理由があるはずで…………テレーゼがその心を聞いてみることにした。
「それで、エルシェさんが私たちのことを甘いとおっしゃる理由を聞きたいのですが」
「…………そもそも、あんたたちは問題解決の根本的な前提に、いざとなったらリーズ様とアーシェラが力を貸してくれるという甘えが見え透けている。それは違うと思わないのか? むしろあたしたちは、あの二人を王国の理不尽から守ってやらなければならないはずだ。お二人から受けた恩を考えれば、そのくらいして当然だろう」
『……………』
集まっていた二軍メンバーたちは、エルシェの言葉を聞いて無言で顔を見合わせた。
エルシェの言葉が、まさしく図星だったからである。
その反応を見たエルシェは「やっぱりか」と小さくため息をつき、持論の続きを述べ始めた。
「リーズ様が王国を出奔して、アーシェラのもとに身を寄せたのも、結局王国の連中がリーズ様に全力で寄りかかって、すべての面倒ごとを押し付けたからだ。それと同じことをあたしたちがしてどうする」
「そうか……すまねぇ。エルシェの言う通りだな。俺たちはまだ心のどこかで、勇者様やアーシェラに頼りっきりだった」
「それは仕方ないよー。君たちの故郷は大陸の中でも特に被害が大きかったんだから、他人のことまでかまってる暇はないと思うなー」
ついカッとなって喧嘩腰になったスピノラは、エルシェに心の奥底にある甘えに気が付き、素直に反省した。
しかしながら、シェマの言う通り、彼らの住んでいる地方は魔神王と邪神教団による被害が大きく、復興作業で手いっぱいの状態だ。リーズやアーシェラを頼りたくなる気持ちになるのも無理はない。
「あたしは生来こんな性格だ…………直そうとは思っているが、なかなか難しい。そんなあたしでも、リーズ様は遠い道を来てくれたし、アーシェラも剣一本でしか生きられないあたしにぴったりの道を示してくれた。だから今度は、あたしが恩を返す番。いつか王国が勇者様を連れ戻そうと無理難題を吹っ掛けたら、例え無理でも敵の前に立つつもり」
「無理はよくありませんわ。ですが……その気持ちもよくわかります。私たちは、例え傷だらけでも、自分たちの力で立たなければいけません」
この場にアーシェラがいたら「それくらいは頼ってくれてもいいんだよ」と言ってくれるかもしれない。
しかし、二軍メンバーたちの心の奥底には、かつて勇者パーティーで戦っていた間、リーズとアーシェラには世話になりっぱなしだったことへの罪悪感が残っていた。
彼らもまた、アーシェラが一人で雑用をしていたのを、一部のメンバーを除いてあまり気にしておらず、一軍メンバーたちと共に王都へ行ってしまい、自分たちを見捨てたと思ったリーズへの不満を募らせてしまった。
それが間違いだと気が付いたのは、皮肉にも勇者パーティーが解散し、アーシェラが次の職場のあっせんをして、リーズへの不満を説得で取り除いてくれたからだった。
「ありがとうエルシェ、俺たちが間違っていたよ」
「いずれ勇者様とアーシェラさんの間にも子供が生まれて……幸せな生活が続いていくはず。私たちは、勇者様たちの幸せを守ってあげなくては」
「僕たちは王国の堕落した連中とは違う! 二人を本当に守れるのは、我々だ!」
こうして、エルシェの言葉をきっかけに、集まった二軍メンバーたちはより一層気炎を上げた。
それらの気持ちが、果たしてリーズとアーシェラのためになるのかまでは考えていないようだったが、せっかく二人が手に入れた幸せを邪魔させててはならないという気持ちは非常に強い。
自分たちを役に立たない二軍と見下した王国の仲間たちを見返すためにも、かつて勇者リーズやアーシェラに頼りっぱなしだった弱い自分たちに決別するためにも、彼らは強くなることを決意したのだった。
「ところで…………この話、エノーさんやロザリンデさんに聞かれていないよね」
「ま、問題ないだろ。あいつらには夫婦仲がよくなる特別な芋蒸留酒を渡してある。今頃ベッドの上でよろしくやってるだろ」
スピノラの言葉で、その場に集まって人々はどっと笑った。
唯一、子供領主のルドルフだけは何のことかよくわからず、目が点になっていた。




