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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―元2軍情勢― 臥薪嘗胆ネットワーク
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闇の中の温もり

 北方都市ベラーエンリッツァの、冬の日暮れは早い。

 この街では、リーズたちの開拓村でそろそろ夕暮れが近くなるかという時間には、太陽が地平線に沈んでしまう。

 これから夜の時間になることを知らせるために、3階建ての神殿の屋上にある大きな時鐘がゴーンゴーンと5回鳴り響く。この町に住む人々は、この鐘の音を合図に仕事や遊びを切り上げ、ぞろぞろと家に帰るのであるが、この日は結局朝から晩まで吹雪だったので、特に用事がある者以外はすでにそれぞれの家に引きこもっている。

 夜になるとほかの地域以上に危険が増すこの地方では、仕事はきちんと定時で切り上げることが何より大切なため、こうして鐘の音で時間を知らせているのだとか。


「夕方の鐘……今日のお仕事はここまでですね」


 今までずっと縫物をしていたロザリンデもまた、時鐘が鳴る音を聞いて今日の奉仕活動が終わりとした。

 初めのうちは、この鐘の音を聞いても残っている仕事を片付けるべきとも思っていたが、数日でこの街の流儀に慣れた彼女は、いまやすっかり「仕事終わりの合図」と認識していた。

 使っていた道具や素材をそそくさと片付け、逗留のために間借りしている迎賓館に戻ろうとしたところ、ノックの音と共にエノーが仕事場に入ってきた。


「お疲れさんロザリンデ。そろそろ仕事が終わるかと思って、迎えに来たぞ!」

「まぁエノー! もう戻ってきたんですね! 私も今帰るところでしたので…………あらあら、コートに雪がこんなにたくさんついてますよ」

「はっはっは、これくらいなんてことないさ」


 吹雪の中を歩いてきたエノーのコートには、白い雪が大量に付着してきたが、彼自身はほとんど動きっぱなしだったせいか案外平気そうだ。

 ロザリンデが神殿で慈善活動をしている間、エノーはこの街の出稼ぎ傭兵たちと共に、吹雪が吹き荒れる中凍結湖で氷上に穴をあけて魚釣りをしてきたのだった。

 冬の間は野菜を育てることすらままならないこの地方では、凍った湖で釣れる魚は比較的安定して供給される食料として重宝される。

 エノーも、魚や人間を狙う魔獣の撃退を行いつつ、凍った湖の上でテントを張り、魚を何尾か釣ってきたのだ。


「それよりもほら、見てくれ見てくれ! 今日はこんなに釣れたぞ! 帰ったらさっそく食おうじゃないか!」

「まあぁ! お見事ですねエノー! 数日は食べるものに困りませんよ!」


 籠にみっちりと詰まった釣果を、まるで子供のようなはしゃぎっぷりで見せびらかすエノーと、それを見て大喜びするロザリンデ。

 そんな二人の所に、エノーと同じく吹雪の中野外活動に出ていた元二軍メンバーの同僚――――スピノラが声をかけてきた。


「ようよう二人とも、その魚を食うならフライ(唐揚げ)がおススメだぜ」

「そうなのですか? ありがとうございます、スピノラさん!」

「おう、まさか聖女様から「ありがとう」と言われる日が来るとは思わなかったぜ。その魚は食うと()()()()から、旦那様にたっぷり食わせてやんな」

「やめてくれよスピノラさん…………けど、確かにフライは美味そうだな」

「これに岩ジャガのマッシュを付けりゃ、もう絶品だ。俺はその上に、ニンニクをバカみてえに摺り下ろした特製ビネガーをたっぷりとだな」

「あーあー! 聞いてるだけで腹が減るからやめろ!」

「うふふ、じゃあ今夜は私が腕によりをかけて作りますからね。皆さんに配ったスープの残りもありますから、それももらっていきましょう」


 二軍メンバー最年長にして、現在はエノーたちと同じく各地を回って気ままに復興作業の手伝いをする熟練冒険者のスピノラ。

 年齢はすでに50近く、オールバックにしたグレーの髪や整えられた顎髭には白髪が混じりつつあるものの、全体的に筋骨隆々でガタイがよく、コートの下からのぞかせる仕事着は筋肉で盛り上がっている。この歳まで冒険者として活動し、生き残っているのも納得な貫禄であった。

 そして何より彼は「解体名人」としても有名であり、この世の生物のありとあらゆる効率的な解体方法と、素材の使い方を熟知しているとされている。

 それ故に、獲物を解体して食べる知識も相当なもので、あのアーシェラに数多くの野外料理を教え込んだこともあるという。


「今夜は特に冷える。ここんとこ続いてる吹雪も、明日の朝まで続くだろうな。お前らも今日は早めに休んじまえよ」

「そうするよ、スピノラさん。じゃあロザリンデ、帰ろうか」

「はい!」

「おう、転ばんように気ぃ付けろ。ああそうだ、忘れるところだったぜ。この地方に伝わる特製芋蒸留酒(アクアビット)だ。お前らもう成人してるんだろ? よかったらこれを飲んであたたまれ。ただし結構つえぇから、少しずつ飲めよ」

「何から何までありがとうございます


 こうして、迎えに来たエノーに寄り添うようにロザリンデは仕事場を後にした。

 彼らの手には今日釣ってきたばかりの魚と、スピノラからもらった地酒がある。


「今日は本当に風がすごいですね。寒いのでもっとくっついてもいいですか?」

「俺も寒い。部屋に戻るまで、絶対に離れるなよ」

「ふふふ……♪ こうして好きな人と雪の中を歩くと、なんだか特別な気分になれますね♪」


 ロザリンデは寒さをしのぐためと称して、エノーが着てきた大き目のコートの内側に潜り込み、猛烈に体を密着させながら吹雪の中を歩いた。

 雪が積もる中をこのような足取りで歩くのは少し大変だったが、それでも恋人の熱がより強く感じられるのは、悪くない気分のようだった。



「あいつら…………ったく、若いってのは羨ましいぜ」


 その後ろ姿を見えなくなるまで見届けるスピノラは、羨ましい半分むかつく半分の複雑な気分であったが、ともあれ彼の「任務」はひとまず終了である。


「んじゃ、俺もとっとと話し合いに戻るとすっか。うー、さびさび」


 スピノラ自身はそのまま宿泊所に戻ることなく、町の北の方……政庁の方まで足を運んで行ったのだった。


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