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勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~  作者: 南木
―古狼の月21日― 二人だけの冒険譚
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野掛

「えっへへ~、それじゃあ行ってくるね、レスカっ!」

「あぁ、存分に楽しんで来るといい。私がいる限り、村のことは心配しなくていいからな」

「そうは言っても、今の季節は火をよく使うから、重ねて火の用心は忘れずにね。こんな村だから泥棒や盗賊が出ることはないだろうけれど、それでも何か緊急事態があったら、ためらいなく精霊の手紙を使っていいから。あとは、くれぐれもマリーシアのことを――――」

「村長は心配性だな…………子供の留守番じゃないんだから、それくらいわかってる。そんな心配をする気持ちも、全部リーズさんに向けてやれ」


 古狼の月21日目――――しっかりとした防寒着を着こんで、背嚢や武器を装備しているリーズとアーシェラは、門番レスカに見送られて、たった二人で村を出立した。

 装備しているものの一式は、明らかに未踏破地域の探索を前提としているものだったが、この日はなぜかリーズとアーシェラ以外に同行するメンバーはおらず、リーズの顔も冒険することへのワクワク感というよりも、アーシェラとの二人きりを楽しみにしているようだった。


「えへへ、シェラと二人きりでデート……久しぶりだねっ♪ えへへへへっ」

「そう言われると、ちょっと緊張しちゃうなぁ…………僕とリーズはもう夫婦になったはずなのに」

「いいのいいのっ! 夫婦でも恋人でも、リーズはシェラのことが大好きで、嬉しいとドキドキしちゃうんだからっ!」


 それもそのはず。今回の目的は本格的な冒険ではなく……………二人きりのデートなのだから。

 逆に、いくら村の中に娯楽が少ないとはいえ、デートの内容が「二人きりで近場を冒険」というのが、元冒険者だったこの二人らしいところだ。

 この日のデートは前々から計画していたわけではなく、先日郵便屋のシェマが帰宅した後しばらくして、アーシェラが唐突に思いついたものだった。

 アーシェラはアーシェラで、最近リーズと二人きりの時間が少ないと感じていたようで、気が付いた時には、リーズを独り占めしたいという欲求が急速に膨れ上がってしまったのだ。

 とはいえ、以前のアーシェラなら「我慢する」という選択肢を取り続けてきたかもしれないが、リーズと結婚してからは、少しくらいは自分の気持ちに正直になろうと決めていたので、思い切ってリーズに二人きりでデートしないかと誘ったのだった。


「リーズはね……シェラにデートに誘ってもらったとき、すっごく嬉しかったの。ほら、前はリーズもシェラも、村の人たちに後押しされてデートしたでしょ? でも今日は、シェラとリーズが夫婦として決めたことだから…………」

「あはは、そういう僕も、誘うのに少し勇気が必要で、結構緊張しちゃったけどね。でも、リーズがこんなにうれしく思ってくれるなら、勇気を出してよかった」

「うんうん! 楽しいデートにしようね、シェラっ♪ みんなといるときもすごく楽しいけど、シェラと二人きりだったら、普段はできない…………あんなこともこんなことも♪ えっへへ~、たくさん思い出作ろうね♪」


 普段の集団生活の最中でさえ、周囲からは「常にイチャついてる」と思われている二人だったが、彼らからしてみれば「人前だから可能な限り自重している」のである。あのマリーシアも、相手が勇者リーズだから強く主張はできないが、心の中では「これ以上は風紀が乱れる」と頭と胃を痛めているほどだ。


 しかし……二人きりになった今では、彼らをとがめるものは何もない。

 リーズはアーシェラの左腕をぎゅっと抱きしめ、体をできる限り密着しようとする。

 厚手の皮でできた防寒コート越しではあるが、お互いの体温がほのかに伝わり、愛する人がすぐそばにいる喜びが感じられた。


「あ、そうだ♪ せっかくだからマフラーも相々にしよっ! 冬にしかできないもんねっ!」

「リーズってば、徹底してるね。ほかにしたいことがあれば、何でも言っていいから」

「なんでもいいの? じゃあキスしてっ! …………んっ」


 こうして二人は、ほかの人の目がないことをいいことに、白昼堂々といちゃつき始めた。

 方や魔神王を倒した勇者、方や村を一手に担う村長――――にもかかわらず、ここまで堕落したような愛欲にふける姿を、誰が想像しえただろうか。



「やれやれ……英雄色を好むというが、実際に目にすると言葉にできんな……」


 なお、この時点では村の入り口からまだ数百メートルの地点であり、アーシェラとリーズが仲睦まじく歩く姿は、門番のレスカの視界にしばらくの間映っていたという…………




 さて、今回リーズとアーシェラが向かうのは、村の東の平原を抜けた先の、旧街道の出口周辺にある丘陵地帯だ。

 この辺りは開拓村ができる前に一時的に拠点とした場所であり、瘴気の解呪はほとんど終わっているうえに、周辺地域の探索もほとんど終わっている。だがそれでも、詳しく調べられていない場所が山ほどあり、特にこのあたりに点在する宿場町の遺跡は、開拓村設立の時期は多忙のためほとんど手付かずとなってしまっていた。


「あ、この辺りはちょっとだけ雪が積もってる!」

「マリーシアが来た日に雨が降っていたから、こっちでは雪になったのかな? ここでこれだったら、旧街道の方は結構積もっているに違いない」

「リーズがここに来たときは全然気が付かなかったけど、ここにも人が住んでたんだね」

「ここはかつて『ヘラーレッツの宿場』と言われた場所で、今の開拓村がある場所にあった町に向かう前に旅人や商人が一休みするところだったらしい。なんでも、この場所にはその当時、見晴らしのいい温泉がいくつもあったんだとか…………」

「温泉!? もしかしてこのあたり、お湯が湧くの!?」


 温泉と聞いて、リーズの目がたちまち輝きだした。

 アーシェラの言う通り、かつてこのあたりに存在したヘラーレッツの宿場は温泉地としても知られており、長い坂道で疲れた足を癒したり、山風に吹かれて凍えた体を温めるのにはもってこいだった。

 最盛期には10軒以上の温泉宿が立ち並び、大いに賑わっていたのだが…………魔神王の攻撃で旧カナケル王国地方が瘴気に飲み込まれた際、この宿場町も放棄され、破壊によって源泉も失われてしまったのだ。

 それでも、熱せられた地下水自体は失われていないはずであり、ひょっとしたらどこか別の場所から湧くかもしれない――――――今回のデートは、その失われた温泉の調査も兼ねているのである。

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[一言] 次回温泉! こうご期待!!
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