決心
古狼の月19日の朝――――――一時的な滞在を終え、再び山向こうに戻ることになったシェマに、リーズとアーシェラが一時的な別れを告げていた。
二人宛の手紙をすべて渡したシェマはスッキリ身軽になった…………と思いきや、なぜか来た時と変わらない量の荷物を抱えている。麻の郵便袋の代わりに革製の背嚢を背負い、騎乗する飛竜の鞍にもいくつかの袋がぶら下がっている。
そして彼の騎乗する飛竜ベイリィ(メス)も、昨日たっぷり餌をもらったせいか重量が増しており、ご主人様をのせて飛び立てるか若干心配そうな表情をしている気がした。
「申し訳ないねシェマ、色々持たせちゃって」
「いいよいいよー、こんなにたくさんの保存食とお弁当もらえるなんて、とっても助かるよ。まあでもまさか、手紙だけじゃなくて小包まで運ぶ日が来るとはねー」
「えっへへ~、いっぱいお土産渡しちゃったから、ちょっと重たいかもしれないけど、頑張ってね飛竜ちゃん!」
これほどまでに過積載になってしまった原因は、まずアーシェラが帰り道のお弁当として、昨日の宴会料理のあまりをたくさん詰めてくれたのと、彼が正月を過ごすために故郷に戻るまでの間に消費するであろう保存食を持たせてくれたことだ。これ自体は、道中でシェマと飛竜が消費していけば、そのうち軽くなっていくだろうが―――――問題は、リーズや村の人たちが持たせてくれたお土産の数々で、村に置いておいても使い道のない魔獣の素材や、先日の探索の際に湿地帯で採取した瓶詰の瀝青をもっていってもらうことになったのだ。
これらをロジオンに頼んで換金すれば、シェマとその一家が1年間過ごせる分のお金になることだろう。
無事に持って帰ることができれば、の話だが…………
そんな彼らが、最後に忘れ物はないかもう一度確認しようとした時、ノッシノッシと重苦しい足音ともに、巨大羊に跨ったイングリット姉妹とマリーシアが見送りにやってきた。
「郵便屋さーん、もう帰っちゃうのですか~?」
「あらあら、忙しいのですね。もっとゆっくりして、なんならこの村で年を越してもよろしかったのですよ」
「お見送りありがとう。でも、年越しくらいは家族と一緒に過ごしたいからねー。また今度来た時に、ゆっくり過ごさせてもらうよー。また楽しいお話を仕入れて、聞かせてあげるよー」
この村で過ごしている間、ミーナは山向こうの話をシェマから色々聞かせてもらったようで、すっかり彼になついたようだった。ミルカも、ミーナが喜ぶのが嬉しいらしく、滞在が短めだったのを若干残念に思っているようだ。
そして―――――
「あのっ…………その、改めまして………私を助けていただき、ありがとう、ございましたっ!」
「おー、ずいぶん顔色がよくなったじゃないか。ミーナちゃんとももう喧嘩してないようだし、なによりこの村に住むって決めたんだね。よかったよかった」
「はい…………今の私は無力だということは痛いほどわかりましたし、この村の方々は信用できるとわかりましたから。勇者様の言葉を信じて、私はこの地で聖女様の帰りを待つことにします」
「うんうん、それがいいよー。何しろこんなに荷物を持たされちゃって、君まで連れて帰ることはできそうになくてねー! あ、もしかしてそれが目的で、こんなにお土産をくれたの?」
「さぁ、どうだろうね」
イングリット姉妹と共にテルルの上に跨っていたマリーシアは、一度背から降りると、頭を深々と下げて改めてシェマにお礼を言った。
どうやらマリーシアは、暫くこの村に定住し、自分にできることをしながらロザリンデを待つことにしたようだ。
村人たちへの第一印象は最悪で、村人たちの方からお断りされてもおかしくない彼女だったが、お互いになるべく過干渉は控えると約束し、少しずつでいいのでお互いが歩み寄るよう努力することにしたのである。
シェマの飛竜には、もうこれ以上荷物を載せられる余裕はないので、アーシェラは明らかにマリーシアが山向こうに帰る選択肢を考慮に入れていなかった。シェマの突っ込みにとぼけた顔で返すアーシェラは、きっとマリーシアにこの村にとどまるしかないことを、見せつけたかったものと思われる。
「ああ、本当に楽しかったなー。俺もこの仕事が落ち着いたら、家族と一緒にこの村に引っ越してきたいんだ。それまでに、俺と家族が住めるような家を建ててほしいって予約、できるかい?」
「いいよっ! リーズが新しい綺麗な家を建ててあげるから、期待しててねっ! もしシェマがお嫁さんをもらって、家族が増えても、飛竜ちゃんも含めて楽しく住める家に仕上げるからねっ!」
「ああそれと、仲間たちやロジオンにもよろしく伝えておいてよ。手紙の返信はなかなかできないけれど、リーズと僕は元気だって言ってくれると助かるよ」
「勿論だとも! いずれほかのみんなも、ここを訪ねてくるかもしれないねー。そう…………今より平和になったら」
「うんうん、リーズもまたみんなと会えるのを楽しみにしてるよっ!」
(今より平和に……か。みんな、やっぱり復興作業とかに忙しいのかな。それとも…………いや、今は深く考えないでおこう)
シェマの言葉に一瞬不穏なものを感じたアーシェラだったが、今はリーズを不安にさせたくないと考え、気づかないふりをした。
今は王国相手の懸案事項も、グラントと大魔道ボイヤール、それにロジオンやマリヤンなどに一任しており、そても特に問題なく進んでいると聞いている。今は彼らを信じてやるべきだ。
リーズとアーシェラが肩を抱き合って見送る中、飛竜ベイリィが翼を大きく羽ばたかせ、前傾姿勢から突風を起こして空に舞い上がった。
冬の冷たい空気が、飛竜の翼が巻き起こす強力な風となって地上の人々に吹き付けるが、彼らはそんなことを気にすることなく、最後まで笑顔で手を振った。そしてシェマも、飛竜の背の上から地上の人々に見えるように大きく手を振ると、雲一つない青空に向かって高く高く飛んで行った。
「ふふっ、次は誰が来るかな。今から楽しみだね」
「えっへへ~、旧街道は雪が積もってるけど、誰か来てくれるかな? マリーシアちゃんも越えようとしたんだから、来る人がいるかもしれないねっ!」
「あの…………それは、ごめんなさい」
さすがにマリーシアのように、何の装備も持たずに旧街道を越えようとするようなバカな真似をする者はいないと思われるが…………それでも、来年の春になれば「とある計画」が待っている。その時になれば、今は各地で過ごしている仲間たちに、もう一度再開できるだろう。
もっとも、マリーシアにはまだ内緒にしなければならないが。
「さ、では私たち姉妹は羊たちの世話に戻りますわ。マリーシアさんはお仕事は決まったのですか?」
「ええと…………とりあえず、私は四阿にある女神さまの祠のお掃除をしたいです。力を使う仕事はやや苦手ですが、勇者様が命じるのであれば…………」
「うーん、どうしよっかシェラ?」
「力を使わなくてもできる仕事はたくさんあるから、とりあえず一通り試してみようか。縫物が出来れば助かるんだけど」
「は、はいっ! 頑張ります!」
こうして、紆余曲折あったとはいえ、マリーシアが仮の村人の一員になることが決まった。
まだまだ問題は山積みであり、マリーシアがどこまで妥協できるかが依然として不安ではあるが、リーズとアーシェラ、それに村人たちと歩調を合わせれば、「連盟状」に名前を書くのはもう少し先の話になりそうだが、村になくてはならない人材に育つことができるかもしれない。
さて、その一方で――――
「ふぅ……ほんと、余計なことをしちゃったかもってヒヤヒヤしたよー…………。何も知らないとはいえ、あの子はアーシェラだけじゃなくてリーズ様にまで食って掛かるんだもんなぁ。あのお二人が女神さまに匹敵するくらい慈悲深かったから、何とか落ち着いてくれたけど…………王国社会の闇の一端を見た気分だよ」
飛竜に跨り空を飛ぶシェマは、マリーシアを連れて帰る事態にならなかったことに心から安堵していた。
雪の中で運よく発見した神官の女の子が、まさか自分が蛇蝎の如く嫌っている、王国の差別主義者たちと同じ人間であるとは思ってもみなかったばかりか、村長夫妻をはじめとする村人たちにものすごい勢いで迷惑をかけ始めたため、滞在中のシェマは一時期生きた心地がしなかった。
それでもリーズとアーシェラは、暴走する彼女を諭し落ち着かせ、決して余裕があるとは言えない開拓村でしばらく面倒を見てくれると言ってくれた。シェマは当分二人に足を向けて眠れないだろう。
「とはいえ…………俺たちはいつまでも、リーズ様やアーシェラの世話になりっぱなしになるわけにはいかない。マリヤンからの手紙でも、王国で何やら面倒なことが起きてると聞いてるしー…………フリントやプロドロモウ、アンチェルたちや、ダグマやヴォイテク、ポレットたちも動いてるらしいからなー。二人の幸せを護るためにも、頑張らなきゃね…………!」
体中が凍り付きそうなほど冷たい空気の中を飛びながら、シェマはその熱い心で強く決心した。
世界の平和を取り戻し、命がけの戦いを終えて幸福を手に入れた二人を、いまだに邪魔しようと考え、再び平和を乱そうとしている者たちがいる。それらの魔の手から彼らを遠ざけるために…………シェマは、かつての仲間たちの力を再結集しようとしていた。
果たしてその努力は実るのか。それとも――――――
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