六話 お前、立派なアイドルだよ
愛央は自分がアイドルを目指した時を思い浮かべる。いつも、いつでも葵がそばにいた。それに比べて情けない自分に、嫌悪感で押しつぶされそうになった。
午後八時。風呂の時間になった。女子たち四人も風呂で1日の疲れを取っていた。
「はぁ〜、気持ちいい〜こんな山奥だし、ちょっと小さい浴槽だけど意外と気持ちいいもんだねぇ」葵も足を伸ばし完全にリラックスしている。
「ほんと、肌も心なしかスベスベになってるんじゃないかしら」みかんは腕を撫でてみる。
「水鉄砲〜!ばしゃーん!!」「ちょっと、やめなよ!!」きぃは葵とじゃれて遊びだした。皆ワイワイとする中、愛央だけはさっきのことで頭がいっぱいだった。
「あれ?愛央、まだ上がらないの?のぼせる前に上がってきなよ〜」葵、みかん、きぃは愛央より早くに風呂を出た。その様子を見計らって愛央は浴槽の縁に座り込み俯いた。
去年のこと。愛央は売れない地方のアイドルとして活動していた。活動をし始めた理由は、周りの勧め。自分の意思ではない。そんな時出会ったのが学校は別だが同級生の嶋崎葵。今もチームメイトのあの葵だ。アイドルになりたい意思も才能も実力も薄かった愛央に他のメンバーは辟易としていた。そんな中葵だけはいつも愛央のそばにいた。可哀想だから一緒にいてくれるのかな、なんて天邪鬼な考えを浮かべながら、葵と共に、まぁ楽しくアイドル活動をしていた。いつも葵に色々教えられてばかりで愛央は自分に情けなさを常々感じていた。しかしその後、今までとは比にならないほど自分が惨めで情けなくなる出来事が起きた。突如としてユニットが解散。まぁあまりにも売れておらず赤字続きだからメンバーは想像ついていた。すぐに周りのメンバーはアイドル活動を辞めることを言い出した。愛央も葵が辞めるなら辞めよう。諦めようと考えていた。しかし葵は違った。諦めムードのメンバーの中、一人だけ「私は諦めない、絶対辞めない!これからもアイドルの名を冠し続ける!」とはっきり言い切ったのだ。今の自分は葵がいないと成り立たないと思った愛央は続けざまに「わ、私も続ける!葵が続けるなら!」と言った。その言葉を聞き、葵は愛央に抱きつき共に喜びを分かち合った。しかしその日、葵と別れた後、愛央は情けなさに押しつぶされそうになった。結局自分の意思で動けなかった。葵がいないと何もできない。こんなやる気ない奴が、アイドルを真剣に目指している葵の邪魔をしているんじゃないかと惨めで、惨めで、たまらなくなったのだ。
今まさにその気持ちがぶり返してきた。本当に自分はアイドル目指していいのかな。新しいメンバーと出会えた時はテンション上がって、そしてリーダーの名をもらった時は責任感も芽生えた筈だ。でも今はそんなことがどうでもよくて。とにかく続けるか、辞めるかの二択しか頭になかった。いい加減のぼせそうだからと愛央は風呂を後にして部屋に戻る道を辿った。
「ん?愛央じゃん!」廊下を歩いていると裕一と出くわした。愛央はどうしても向き合いたくないが、逃げることもできずとりあえず少し他愛のない話でもしようとした。しかし裕一の口からはこんな言葉が出てきた。
「お前がアイドル目指したきっかけ、気になるな〜」「...まだそれ聞く?」愛央は少し呆れた口調で返した。
「ちなみに俺はDreaming Makerとか、ほら、ソロアイドルの躑躅森レイヤとか色々アイドルいるじゃん?そういう人たちを見てたら憧れて。やっぱ俺の一番の憧れはDreaming Makerの...うーん、全員かな?」そんな調子で自分語りを始めた。愛央は諦めて自分のアイドルを目指したきっかけを語った。
「私がアイドル目指したきっかけは、周りの勧めだよ。正直、こんな自分がアイドルやってていいのかなってすごい今思ってるの」思いの丈をつらつら述べた。
「ふーん、きっかけはそんな感じなんだ。まぁきっかけはなんだっていいよな。正直どうでもいい。大事なのは過程だよな!今お前がアイドル続けてる原動力は?」
「原動力...?」裕一の口から出たその言葉にキョトンとする愛央。
「俺は、今このメンバーに出会えたからっていうのが最近一番の原動力だな。年齢も個性もバラバラだし、俺よりすごい奴がわんさかいる。どうしても負けたくないのと、一緒に肩を並べたいって気持ちが今の俺を熱くさせている一番の原動力だ!」
「私は...葵がいるから...ただ、それだけ。そんな大した理由じゃない。誰かのためになんて考えられないよ、どうすればいいの?」愛央はいつのまにか大粒の涙をこぼし始めた。
「わわっ!!どうしたどうした!?大丈夫か?」裕一が頭を撫でて落ち着かせようとするがえずいて声も出ない。その様子を見て、裕一は安心させようと慌てる自分を隠してこう続けた。
「お前、立派なアイドルだよ。葵のこと、友達だって、大切だって思えるんだろ?観客全員を楽しませる必要はない。まずは隣にいる葵に今までありがとうの恩返しの歌を届けてやりゃいいんだ。観客はそれから。リーダーとして、一人のアイドルとして。その原動力があれば何処へだって飛んで行けるし、誰にも負けない。諦めようとしていた気持ちもいつかどっかへ飛んでいく。お前、可愛いし、笑ってくれた方が俺も葵も嬉しいよ」しばらく泣き止まない愛央を、裕一は無言で頭を撫で続け慰めた。
「愛央...」そんな二人を愛央の様子が気になって探していた葵が陰で見ていた。
「誰かの前で泣けて、すっきりしたかな?とりあえず、悩みを誰かに打ち明けたんだ。よかった...」そんな独り言を垂らしてその場を去った。