三話 一緒にアイドル目指そうよ
陽昇の様子が気になり話を聞こうとする要。しかし陽昇は一向に心を開こうとしない。独断と偏見だけで、要は語る。
「何でお前は天さんのことを避けてるんだ?」要の問いに目を合わせずに陽昇が答える。
「お前に言う義理はない。お前とはほぼ初対面。信頼できるわけもないだろう」その答えに
「まぁそりゃそうだよな。じゃあ何で今隣にいてくれるんだよ!」と笑って返す。
「リーダーの名を冠している人に逆らったら首チョンパされるだろ」と返す陽昇に「お前妙なところで賢くて、そんでもってずるい奴だなぁ」と返す要。
「あ、せっかくだからジュースでも買ってくか。俺の奢り。でもいつか返せよ。俺が行ってくるから、何飲みたい?」「何でもいい。でも炭酸だけはやめろ。健康に悪い」その答えを背で聞きながら要はジュースを買いに屋上から降りた。 一人きりになった陽昇は思案した。過去のことを思い浮かべた。物心ついた頃にはもうアイドルになりたいと称していた兄。幼い自分は応援し、憧れた。自分もこうなりたいと。兄につられるようにアイドルになるためレッスンを始めた。レッスンを始めたタイミングはほぼ同時。しかし差は顕著に出た。現実は残酷だ。兄と自分は全く違う。才能を認められもてはやされる兄とそんな兄と比較されてはくずかごに投げられる自分。どうしてこうも違うんだろう。いや違うのは理由がある。だって...なんて過去を振り返って憂鬱になっていると屋上の入り口ドアが開く音がした。帰ってきたか、とそちらを見ると、そこにいたのは要ではなく裕一だった。こちらには気づかないままフェンス越しに夜空を眺めていた。都会の、濁りきった空を見上げた。そして急に大きな声で独り言を言い始めた。
「陽昇に悪いこと言っちゃったな。何でアイドル目指したのって、そんなのあいつの勝手だろ。どうして、あんなこと言っちゃったんだろう」陽昇はそちらに耳を傾けた。
「次にあいつと話すときは、何でアイドル目指したの、じゃなくて一緒にアイドル目指そうよ、とか言ってあげればいいのかな。やっぱりあいつ、心の底から純粋な気持ちでアイドルになりたいって思ってない。始まりはシンプルなきっかけだったのかもしれないけど、今のあいつは星の見えない空みたいに濁りきってる。ゆっくり時間かけてあいつの始めての気持ち、知りたいな」その言葉に陽昇の鼓動が早まる。僕がアイドルを目指したきっかけは、兄に憧れて、ただそれだけの純粋な気持ち。でもあいつなんかにこの気持ち、知られたくない。完コピなんて言って、誰かと一体化するやつに、俺の気持ち、知られたくない。憧れる誰かと真反対なのも嫌だけど、完全に一体化するのはもっと嫌だ。プライドが削られる。あいつなんかに、あいつなんかに。陽昇の気持ちは混乱状態になって何も考えられなくなった。そうこうしている内に裕一は屋上を去っていた。
「ただいま、ジュース買ってきたぞ」裕一と入れ替わりに要が帰ってきた。もしかして裕一と会ってきたのか、と思いながらまた目線を外して話を聞き始めた。
「あのな、俺の家、大家族でさ。俺は長男。一番下はまだ一歳未満。とにかくたっくさんの人間にいつも囲まれてるんだ。その中には、平凡な俺なんかより優れた奴もいる。そいつと俺、比較されることあるんだよ」比較される。陽昇にも馴染みのある感覚。ちらりと要の方を見ると空に手を伸ばしていた。「俺もあいつに負けたくない、届くぐらいまで近寄りたいって思うんだけど、いつも優劣の劣の方のレッテル貼られてさ。悔しかった。でも考え方を変えてみたらちょっと楽になったんだ。比べられるってことはあいつと俺、同じ土俵の上に上がってるってことだ。俺はあいつと比べられる価値がある。そう思うと自信が付いたんだ。お前が天さんと比べられてるかは知らない。俺の独断と偏見だけで語ってみたけど、もしお前も比較されて劣等感でも覚えてるんならちょっと参考にしてみな」目を一瞬だけ合わせてみると優しい優しい瞳をしていた。最年長。リーダーだからか。パフォーマンスはいまいちでも懐だけは広くて頼れる。1パーセントだけ信用してやろう。と陽昇は心の中で思った。「あ、俺と話したことは内緒だぞ!俺が面倒見のいいやつみたいな扱いされるのはちょい恥ずいから!んじゃ俺はこれで。これ以上暗くならない内にお前も帰るんだぞ」背を向け手を振って屋上から降りた要。ふと空を見上げると厚くかかった雲が退いて、月が見えた。星は相変わらず見えないままだが、その月を陽昇はしばらく眺めていた。
世奈はまだ書類の整理を終えておらず、オフィスで書類整理に取り掛かっていた。人もちらほらとしかおらず、ほとんど帰ってしまった様子だ。エナジードリンクをストローで飲みながら作業を進めているとふと肩を叩かれた。「お仕事中失礼します、ちょっといいですか?」スーツに身を包んだ男性に声をかけられた。「ああ、大地!」その男性は大地、と呼ばれ隣の空いている椅子に腰かけた。「そっちのユニット、Dreaming Maker+はどうでしたか?レッスンももうしたんですよね」「ああ、なんかいざこざがあって...前も言ったけどあの御影天さんの弟がいて、その子中心に色々喧嘩とかもあって...男の子って難しいなーって思っちゃった。そっちは?」「百花繚乱は、皆仲良くやってます。リーダーの愛央ちゃんはまだ頼りないところもあるけど、同学年の葵ちゃんに支えられてなんとか。きぃちゃんは元気さで皆を明るくさせてくれるし、みかんちゃんは落ち着きがあって最年長らしい。パフォーマンスは正直まだまだだけどいいユニットになるに違いないです」大地ははっきりと言い切った。百花繚乱と名乗る彼女たちと、Dreaming Maker+が出会うのはもうすぐのお話。
電車に乗った裕一はあろうことか爆睡してしまった。疲れがたまっているのだろう。隣にいる少女に思い切り寄りかかってしまっている。目を覚ますと少女は困った顔で裕一を見つめた。金髪をおさげにした桃色の瞳の少女。裕一は悪りぃとジェスチャーして電車を降りていった。そして少女は携帯に向き直った。ふとシャインエール・プロダクションのホームページを眺めると女子アイドルの記事が載っていた。まだ写真などはなく、結成された、とだけ書かれた記事。少女は顔を綻ばせる。そして下にスクロールすると1日前の記事でDreaming Maker+の結成、と書かれた記事があった。少女は初めて見るその名前に興味津々だった。もしかしたら同期として会えるんじゃないかと。