あやつり人形のため息
いつもの時間にいつものアラーム音がなる。
体の怠さと睡魔に襲われながらも、起き上がりウォーターサーバーの水を一気飲みする。
冷たい水は、カラカラの喉と起きたばかりの体に染み渡る。ドレッサーの鏡に映る自分を見てため息をつく。
また1日が始まってしまった。
そう思いながら、出かける支度を始める。
これが私の朝のルーティンだ。
起きたばかりなのに疲れている。
それもいつも通りのことだ。また、ため息が出る。
朝から何回ため息をしたのだろうか?
「ため息をしたら、幸せが逃げていくんだってー」って誰かが言っていたのを思い出した。
それが本当なら、私は毎日幸せが逃げていることになる。なんなら、数分のうちに大量の幸せが逃げて言っている。
そんなことを考えながらまた、ため息をついてしまう。
私の幸せの貯蓄はあとどれだけ残っているのだろうか?
少なくともまだ、残ってはいるはずだ。
なぜなら、出すものがあるから、ため息をしているからだ。幸せが無くなることで、悲しくなり、苦しくなり、その気持ちを吐き捨てたくなって、ため息をする。
幸せの貯蓄が全部無くなったら、悩むことも無くなり、無心になるのだろうか。それならきっとそっちの世界は楽なんだろうな。何を言われても気にならない強い心を手に入れることができる。無心だからこそ、怖いものがひとつもない。そんな最強の世界に私も早く行きたい。
〜♪
またアラーム音がなった。今度は、家を出る5分前に設定している音だった。あっという間にもう会社に行かなきゃ行けない時間になってしまった。
バックを持って、ガス栓が閉まっていることを確認して、鍵を閉める。そして、ここでもまたため息をつく。
外は雲ひとつもない快晴だった。洗濯物外に出て置けばよかった。と後悔してまたため息が出た。どんなに晴れていて、いい天気でも私のため息のスパンは変わらないらしい。
怠さが残る体を労りながら、最寄りの駅までむかった。
*
例えば自分を動かしているひとがいるとすると、私を操作している人は、超絶下手くそなのか、それとも初心者マークをつけたプレイヤーだ。
生活のリズムが悪すぎる。
おかしいだろ。昼間あんだけ眠いのに、夜になったら動画ばっかり見て朝を迎える。
そして、昼間、睡魔に襲われる。
学習能力無さすぎる。
おかげで、毎日仕事中辛い思いをしている。
私たちが見ている空の果ては、空気や窒素言ったものではなく、本当は透明なケースに入れられているのかもしれない。
マジックミラーのようにこっちからはその先を見ることができないが、あちらからは、私の姿をみることができ、それぞれ遠隔操作で私たちを動かしている。
小さなアバターゲームのようなものだ。
課金をすることで、洋服やご飯を手にすることができる。もちろん仕事をすることでお金も貰えるので、そのお金でも色んなものを手に入れることができる。
子どもの時代は、仕事ができるスキルがないので、数々のミッションを成功させることで、スキルが溜まり、時々アイテムを手にすることができるようになっている。
スキルを貯めるために、学校に通い学問を学ぶ。
学校に通うことで、いろんな知識を知る。必要のない知識まで、手に入れることができるが、必要なければ、記憶の貯蔵室の整理でゴミ箱に捨てることが出来る。
時々、容量がいっぱいになってしまい、なくなく捨ててしまう知識もある。そのためスキルをレベルアップさせるミッション(定期テスト)の時に、痛い目にあうことがしばしば。
またゲーム内には、たくさんの分岐点があり、その分岐を間違えたとしても二度と戻ることができないので、慎重に行わなければならない。しかし、分岐点の攻略法は公式ブックに乗っていないため、口コミや周りの人の動きをみて自分で判断しなくてはならない。
ちなみに公式ブックには、分岐点は未知の世界です。同じ分岐を選んでも個人差もありますので、ご了承ください。とサラッと1行で片付けられている。
確かに、知識レベルのスキルを上げるために近くにいた人と同じ大学に行ったが、スキルを上げ終わった後に出た分岐の数が違かった。
私が3つに対して、もう1人は6個だった。
選びたい放題で羨ましかった。何がいけなかったのだろう。
同じ授業を受けて、同じように単位を取得した。
それは、ふたりとも変わりない。
私たちが違うものそれは、外から動かしているプレイヤーの経験値だ。
だから、いい大学を出ても次の就職という分岐で数が少なかったり、しょうもないレベルの会社に就職することになるのだ。
就職すれば、そのステージはクリアできる。
しかし、貰えるお金やステーサスの違いが大きくみえてくる。
ただ、いい会社に就職すれば、幸せということも限らない。
その時の満足感をとるか、後々出てくる分岐点に備えるために我慢するのか、どっちをメインとして考えるかで、このゲームの考え方が変わってくる。
私の操作をしている人は、どちらも当てはまらない。何を考えて、私を操作しているのだろう。
そこそこの大学を出て、企業に就職するかと思いきや、友達が病院で働いてるからと言う理由でなんとなく、同じ位置にいたくて、医療事務で働き始めた。
大学では、心理学を学んでいた。全く関係のない職種に就いて、だからといって給料は良くない。ただ、みんなと同じような仕事で女の子らしい仕事をしているだけだ。
今が充実して楽しいかと言ったら、毎日好きな動画を見て、その動画に出ている人のSNSをチェックして、など、趣味があり充実はしている。
だが、それだけだ。
彼氏がいるわけでもなく、友達と遊ぶわけでもなく、1人で自分の部屋にいる。
仕事が休みの日は、一言も声を出さずに1日を終えることがある。
たぶん、音声をオフ設定にして私を動かしているためだろう。
少しでも私の体力を使わないようにしているのかもしれない。
無駄な体力は使わず、最低限度の体力消費て1日を乗り切る。だから、突然のイベント発生は対応出来ず、スキルもスタミナもあるが、1日の目標としている最低限度の体力消費で、引っかかってしまい、断ってしまうことが多い。友達の誘いの飲み会、ご飯、カラオケ。イベントを断っているせいで、携帯の中のフレンドがどんどん減って言ってる気がする。
これも私を動かしている人が、初心者でコミニュケーションというスキルの取得が下手だからだ。
そんなことを考えているうちに、あっという間に1日が過ぎた。といいたいところだが、現実は職場に着いてまだ10分も立っていない。
もうすぐ朝礼の時間だ。中身のない朝礼。事務長からの挨拶から始まる。
「おはようございます。えー。昨日からの引き継ぎなどはありますか?」
「はい、では今日もよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
これが私たちの朝礼だ。毎回形だけやっているが、本当に意味の無いものだと思う。
仮に引き継ぎがあったとしても、すぐに仕事に戻りたい人ばかりなので、その場では言わず、必要な人にだけ業務中に言うか、急ぎでないものは、全員のSNS上で流される。
一瞬集まって一瞬で去るっていう感じで、最近はその一瞬も顔を合わせるのが嫌でとても苦痛だ。
今の仕事は、業務的には楽で好きだ。制服も上品で気に入っている。しかし、コミニュケーションを取らなくてはいけない場面がいくつかあるので、それが辛い。
医療事務なので、患者さんはもちろんだが、ドクターや看護士、あとは事務員と沢山話す機会がある。患者さんは、一応お客様としてこの医院を利用して頂いているということもあり、対応は苦ではない。この医院を選んで足を運んで頂いてありがとうございます。と思って接している。
1番厄介なのは、ドクターだ。
まぁ、ドクターあっての病院だから仕方ないだろうけれど、大抵は俺様気取りのドクターが多い。あと構ってちゃん。俺様だけなら言いたいこと言わせて置けば、気分を損ねることはない。
だけど、構ってちゃんは本当にきつい。
いきなり演技し出したり、独り言を言ってこっちの気を引いたりと、幼稚園児のようなことをする。
幼稚園児相手なら、「どうしたの?」と声をかけにいけるが、30過ぎたおっさんにそれをやるのは、きつい。
でも、現実はそれを我慢してやらないといけないのだ。
相手にしないと忙しくもないのに、イライラし始めて、ミスを連発するからだ。
病院は人の命を相手しているから、絶対にミスがあってはならない。
だからこそ、ドクターには万全の体制でいてもらわなきゃいけない。そのためには、私たちの我慢が必要なのだ。
構ってちゃんのドクターが先を歩いていると、すぐに回避ルートを考え、ルート変更をする。それがどんなに回り道でも。
私を動かしているプレイヤーさんは、そうゆう時だけ的確な判断ができる。
きっと、逃げるのが得意なのだろう。
面倒なことや辛いことから逃げるのが得意で、とても臆病な人。
ただ、逃げる時だけなんだか1番、生き生きしている気がする。
平凡な日に突然現れた壁を壊したり登ったりするのではなく、その壁から一刻も早く逃げて回避する。その瞬間1番頭が働いて生きていると実感する。
強さではなく、弱さをフル稼働することで、その日1番の力を発揮できていると感じている。
けれど、逃げ切って冷静になった時に出る大きなため息はとても冷たくて重い。
そして、自分の弱さを改めて見ることになる。
「このままではいけない!」
「変わらなくては!」
「壁の向こう側へ行かなくては!」
と思うが、私を動かしているプレイヤーさんは、なかなか前に進もうとさせてくれない。
なぜなら、そのプレイヤーは私の中にいるもう1人の自分だからだ。もう1人の自分。弱虫で臆病な女の子。ため息の原因は、この子だ。
よく自分の敵は自分自身というが、まさに今の私がそれである。敵と言うと、危ないものになってしまうが、この子がいる限り、足を引っ張っているため前に進めない。
そう、私はこの女の子に支配されつつある。