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獲物と狩猟者  作者: 猪俣 諒
第一章
3/3

母の手料理

 テーブルの上には、美凛が置いていった5千円と買い物リストがおいてあった。

 今日買ってくる食材を見て、今夜は美凛特製カレーだと分かった湊は、心が踊った。


 美凛は、料理は上手いが、その中でもカレーは絶品で店を開けるぐらい美味しい。


 それ故に、湊はカレーの日は美凛をなるべく怒らせないように配慮している。


 身支度を終えた湊は、買い物リストの紙と金を持って、家を出た。


「さむっ」


 そろそろ、手袋が必要な季節だと実感しながら自転車で近所のスーパーに向かう。


 スーパーは、自転車で5分掛からない場所にある。

 1階は、食品売り場でその上が洋服などが売られている二階建ての小さなスーパーだ。


 品揃えは、悪くなくこの辺の近所は大体ここを利用している。


 自転車をとめ、店内に入ると暖房がよく聞いていた。

 湊は、買い物リストを見ながら着々と買い物カゴに入れていく。


 しかし、ここで問題が発生した。

 リストには、豚肉ロース切り落とし240gで400円と書いてあるが、見当たらない。

 恐らく、売り切れてしまったのだろう。


 仕方なく、安い方の210gで380円を入れようとすると、後から声をかけられた。


「迷ってるならもう少し待った方がいいですよ?先輩」


 振り向くと湊より身長が少し高く、すらっとした長い足が実際の年齢より大人びて見える少女がいた。


 美凛と同じく女子テニス部に所属している、綾瀬美音(みおん)だ。


 湊の恋人、綾瀬空音の妹でもあり、面識があった。

 湊がまだ男子テニス部に所属している時に、初心者だった美音にテニスを教えたことなどで先輩後輩としての関係は今でも続いてる。


「どうしてだ?」


「あと、10分でタイムセールなんです」


「でも、美凛が今日買うのは対象外の商品が多いから気にしなくていいって···」


「確かに、カートの中を見るとそうですけど、先輩がさっき手にした商品は対象ですよ」


「詳しいな、いつも買い物してるのか?」


 タイムセールの対象かそうでないかは、いつもここで買い物をしていなければ分からない。


「はい。でも料理は、お姉ちゃんがやってます。」


「なるほど。空音の料理は上手いからな」


「先輩は料理が出来ない女の子は嫌いですか?」


 唐突な質問に戸惑う湊。


「あ?別に。好きな人が料理苦手でも、その人が作った物なら喜んで食う」


「じゃあ、今度料理して見るんで味見よろしお願いしますね?」


「お、おう」


 後輩に乗せられた感じがするが、これを機に料理が上手くなればと妥協する。


 後輩とあれこれ話してる間に、タイムセールのシールが張り出された。

 湊は、美音に礼を言って無事、購入して家に帰った。


 家に帰って、暫くすると美凛が上機嫌で帰ってきた。

 湊はすぐに新しい服を買ったことに気が付く。

 美凛は、洗面所の鏡の前で買ってきた服を着て色々なポーズをとっていた。


「可愛いな。それとそろそろ飯作ってくれ」


 時刻は7時を丁度回ったところだ。湊は、料理が出来るが、美凛の作るカレーが今は食べたい。


「本当に?可愛い?」


 美凛は、もう1度聞きたいと言うように、服を見せつける。


「ああ。妹じゃなかったら惚れてる」


「お、お兄ちゃん。褒め過ぎだよ〜えへへ」


 ───ちょろい。

 因みに今の言葉は美凛が服を買ってくるたび言っている常套句だ。

 本人は気がついていないが。

 そんなことより飯はよ。


 美凛は、前の服に着替えて料理の準備に入る。

 いつも付けるウサギのロゴが入ったエプロンがよく似合っている。

 湊も、ジャガイモや人参、肉などの下処理を手伝う。

 そこから先は、美凛が担当している。

 箸を2セット用意して椅子にそわる。


 湊は、美凛の料理している後ろ姿が昔から好きだった。


 ───小学6年の時だ。

 美凛は、丁度小5。母親を早くに失くした美凛はいつも泣いていた。

 その日も家には、父親はいなく家政婦が夕食の買い物に出かけていた。

 美凛は、母親と一緒に取った写真を小さな手で握りしめながら、今日も泣いていた。

「おにいちゃん、ひっぐ、ママを生き返らしてよ··」


「死んだ人間は生き返らない。だから、こんなにも悲しいんだ」


 どこの世界でも死者とは決して生き返らない、記憶には残り続ける厄介な存在。

 まだ5年生の美凛は、その言葉は納得できるものではなかった。


「おにいちゃんなんてきらい!」


 理不尽な美凛の言葉は、普通の兄妹ならよく言うセリフ。

 湊はなるべく美凛の言うことは聞いてきたつもりだ。

 それが亡くなった母の言いつけだったから。


 "お兄ちゃんなんだから美凛のお願いは聞いたあげなさい"と。


 だが、湊は美凛に初めて嫌われた。

 それはとても大きな傷を植え付けた。

 それでも、ひとつは歳上。だから···。


「そうか」


 そう返すだけだった。

 それ以外どう答えていいか分からないから。

 美凛は、泣きながら部屋に閉じこもってしまった。


 ──これでいい。俺も、美凛も自分の力で乗り越えられれば。きっと立ち直れる。


 色々な理由を付けて、自分を納得させる。


「あれ···」


 目頭が熱くなる。

 何も出来ない無力な自分が嫌いだ。

 美凛を笑顔にできない自分が嫌い。

 母親を車で引き逃げしたやつが嫌い。

 同情してくるクラスメイトが嫌い。

 こんな理不尽な世界は嫌いだ。

 嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。

 嫌いと思うほど、涙が零れる。


「くそが」


 悲しみや憎しみを紛らわすため、テレビを付ける。

 番組は、50分クッキングだった。

 ──いや、長ぇよ。

 チャンネルを替えようとした時に、料理を教えていた人が言った。


「やっぱり食べるならお母さんの手料理が1番ですよね」


「いや先生。料理早く作って下さい」


 素っ気なく返す助手。

 番組は、つまらなかったが湊は考える。


 母親は生き返らない。つまり、美凛の願いは叶えられない。

 だが、母のいた生活、あの頃を思い出させる母の料理を作るなら、美凛を喜ばせられるかもしれない。


 そこまで考えて湊は気づいた。やっぱり自分はシスコンだなと。

 シスコンでもいい。美凛は大好きだ。

 その美凛の笑顔をまた見たい。


 その日、湊は生まれて初めて料理をした。

 母親のレシピノートを見て。

 レシピノートには、ざっと見ても50品ぐらいある。

 その中でも、赤く二重丸が付けられたレシピ。それは、湊も美凛も好きだったカレー。


 これだ、と思い早速取り掛かる。

 冷蔵庫や冷凍庫から色々なものを取り出し、難しい漢字で書かれているものや、小さじ、大さじなど曖昧なものは適当に入れた。

 煮こみながら、考える。

 これ大丈夫かな···。

 結構色んなもの入れた。

 そして、箸で柔らかさを確認し、ルーを4個ほど入れて待った。

 その待ち時間に、家政婦が帰ってきた。


「湊ちゃん?何やってるの!」


「ん?料理」


「すぐに火を止めなさい!」


 いつになく、大きな声だった。

 理由は簡単。勝手に火をつけて大人が見ていない状態で料理していたからだ。

 油や、燃えやすい紙もあり家事にならなかったのは幸いだった。


 家政婦の三田村さんは、湊や美凛にも平等に接した。だが湊にはそれが凄く距離を感じた。

 怒られてから、三田村さんはいい人だと、本当に自分を心配してくれたのだと実感でき、泣きながら、謝った。


 でも、今日だけは自分で料理を作りたい。

 美凛を笑顔にしたい。そう伝えたら、今度は、一緒に作るのが条件で了承してくれた。


 それから40分掛けて、完成。湊は三田村さんと一緒にあと片付けをすると、いつもの時間に三田村さんは帰った。


 勇気を出して、美凛を呼びに行く。


「美凛。飯が出来たぞ。一緒に食べないか」


 暫くすると返事がくる。


「や、やだ。おにいちゃんとなんか食べたくない」


 湊は予想していた答えににやけた。

 美凛は、本気で言ってるわけじゃない。

 そう思った。確証はないが。だから···。


「たく、美凛はツンデレだなぁ〜。本当は兄ちゃん食べたいくせに。素直になれよな」


 なれない口調でより明るく、挑発的な言葉。

 何分立ったのか分からないが、返事が返ってくることはなんとなく分かっていた。

 部屋のドアが開き、目元を赤くし、頬を染めて言う。


「ツンデレなんかじゃない!おにいちゃんなんてだいきらい!」


「俺は美凛が大好きだ。シスコンで構わない。お前がなんと言おうと好きなものは好きだ」


「な、なにいってんの!キモ!キモ!最低、変態!」


「一緒に食うと言うまで、ここを動かん」


 1歩も引かない湊に一瞬怯んだ。

 その瞬間を湊は見逃さなかった。


「母さんを生き返らせることはできないけど、思い出すことできる。俺と一緒に飯を食えばな」


美凛は、何度も否定したが湊は肯定し続けるた。

やがて、美凛も首を縦に振った。


「わ、分かったよ。」


かれこれ1時間は話し込んでいたようで、カレーは冷たくなっていた。


レンジでチンし、美凛と向かい合って食べる。

美凛は、いつも通りスプーンで口に運ぶ。

そして、食べた。

美凛は、驚いた様子でもう1度口に頬張る。

その間隔は、徐々に短くなっていき、美凛を見て湊は思わず、吹いた。


美凛は、沢山頬張り過ぎて、リスみたいに頬が膨らんでいた。


そして、10分も掛からないで完食した。


「なに···この料理」


「母さんの料理。俺が作った」


「不味い」


「おい。しょうがないだろ!初めて作ったんだから」


「不味いけど、似てる。ママの味に。不味いけど」


「何回不味いって言うんだよ」


「おにいちゃんじゃ下手だから私が作るね料理」


「美凛の料理はきっと上手いだろうな」


「ごめんね」


唐突な謝罪に湊は面食らう。


「嫌いなんて言って。本当は···その···す」


頬を赤く染める美凛。


「すまん、聞こえなかった。もう一回言ってくれ」


聞こえていたがもう1度聞きたかった。


「おにいちゃんの····ばかぁああああ」


今度ははっきりと聞こえた。罵声が。


それからは、妹が全部家事をやるようになり、台所で料理をする美凛を見るようになった。


「なに見てるの?おにいちゃん。」


美凛は、既に、待ち時間に突入していてじっと見ていた湊に気づく。


「いや、美凛は今日も可愛いな」


「と、突然なに?何も出ないよ、お兄ちゃん」


頬が染まりやすいのは、昔から変わらない。

湊は、完成間近のカレーを待ちながら美凛と会話を楽しむ湊であった。

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