妹との日常
「朝のニュースをお知らせします」
「──こちら、東京都の原田動物園から中継です。今日新しく来た新種の青い猿のリキト君すごい人気です。」
完全に覚醒していない意識で、適当に付けたテレビのチャンネルはニュース番組だった。
休日だというのに、朝から家の自室でダラダラとしているのは青柳湊だ。
中継で話してる新人女子アナは、秋も終わり、これから冬に突入するというのにスカートの下は生足だ。
寒くないのかと思いながらも、生足に目が言っている湊はやはり思春期真っ盛りの男の子だった。
来年は受験シーズンということもあり、親の期待の目を遮るようにして、怠惰な日常を送っていた。
「ですよね?私も昨日、子供と行ってきましたよ。とても喜んでましたよ」
こちらは最近人気絶頂な女子アナ金田莉佳子。
既に結婚しているので子供自慢が無意識に入っている。
なぜ、結婚しているのに人気が出ているのか、湊はふと疑問に思った。
「私も行ってきましたよ。金田さんと違って1人ですけどね。ハハハ」
皮肉のつもりなのか、男性アナウンサーは答える。
映像は、檻の中で青い毛の猿が必死に飛んだり跳ねたりしていた。
それを見て大勢の観客が手を叩いたり、注意を引くために名前を呼んだりしている姿が映っている。
「今度、空音と行ってみるか」
空音とは、綾瀬空音という湊の彼女のことで、気が強いが、一緒にいて楽しい相手だ。
今度デートをする約束をしていて、プランを任されていた。
丁度いいと、テレビに出ている情報を調べていると部屋のドアを思い切り開けるテニスウエアの少女がいた。
「お兄ちゃん!またテレビ見てるの?真面目に受験勉強してよ!日大行くんでしょう?」
「うっせぇーなぁ。お前こそ、また、ドア壊す気かよ」
憤っている少女は湊の妹の美凛だ。
美凛は、年に湊の部屋のドアを5回は破壊する怪力少女だ。
実際、行き良いよく開けられたドアはダクトテープで補強してもところどころ、ヒビが入っている。
だが、怒っていても、顔がよく整っているのがひと目でわかり、すらっとした身体にショートヘアも似合っている。
さらに、成績も校内トップ10に入れるレベルで、突然テニス部に入らなければ、成績はトップを狙えただろう。
女子テニス部に入った美凛は、いきなり1番手の先輩を倒し、一年生で地区大会に出場するまでに至った。
当然、結果を残し学校では容姿や成績も含めて男女ともに人気があった。
湊はそんな妹に劣等感を感じて、ずっと続けていたテニス部を辞めて、現在は成績も中の下だった。
「お兄ちゃんが部屋でテレビばっかり見てるからでしょ」
「前に···パソコン···ひっぐっ、その前は漫画や雑誌···そのさらに前はゲーム機···美凛、お前が俺から何もかも奪っていくからそれしかやることがねぇんだよぉおおおおお!」
号泣しながら情けなく妹の足に縋り付く湊。
なんというかすごい絵になっていた。
「いや、だから勉強しなよ····」
そんな情けない兄を呆れた目で見下ろす美凛。
妹の方が正しいので、兄妹喧嘩にも発展しない。
悔しくなった湊は、朝練のためユニホーム姿の妹のスカートの中を、丁度良い姿勢だったのでさり気なく覗いた。
「なにやってるのかな〜お兄ちゃん?」
「チッ、スパッツかよ」
「ねぇ死にたいの?お兄ちゃん···えい!」
湊は、スカートの中がスパッツだったことに不満を垂らしていると、可愛い声とは裏腹に本能がやばいと思わせる蹴りが飛んできた。
しかし、それは湊を狙うものでは無く、数少ない小遣いで買った24インチのテレビに直撃した。
「ふ〜、スッキリ。お兄ちゃんも早く寝癖直して、朝食作っといたから食べちゃいなよ?」
「な····なんでだよぉおおおお!?お前のスカートの中は3万円のテレビにも匹敵するものなのか?それとも、朝練で沢山汗を流した美凛の身体の匂いを嗅いだのがいけなかったのか?」
湊は、テレビを壊された事にヒステリックになり、わざわざ言わなくていい事を喋る。
「へぇーお兄ちゃん。あの一瞬でそんなことしてたんだぁ?それじゃ歯食いしばってね?」
美凛の顔に影が差し、表情が見えないのが湊の恐怖心を引き出す。
「美凛!お兄ちゃんは頑張って勉強しようと思うんだ!だから、死んだら···その···勉強出来ないだろ?」
暫く沈黙していた妹が突然、顔を上げ笑みを見せる。
「本当!お兄ちゃん?美凛はとっても嬉しいよぉ!」
何とか鬼人化妹?を鎮めることに成功した湊は安堵する。
「だから、ついでにスマホも返してくれ。ほら···外に出た時困るだろ?買い物とか行く時、連絡取れないと不便だしさ」
実は、湊は妹にスマートフォンを没収されている。
受験勉強には邪魔でしょ?と寝てる間に取られてそれ以来、2週間家中を(主に妹の部屋)探したが見つからなかった。
「怪しい、なんで今更、スマホが必要なの?それに買い物頼む時はいつも書き置きして出ていってるよね?ねぇ?お兄ちゃん?何か美凛に隠してない?」
「そ···そんなことないぞぉ?お兄ちゃんが今まで美凛に隠し事したことあったか?ないだろ?そうだろ?そうですよね?そうだと言ってぇえええ!」
確認と言うより後半は懇願になっている湊。
湊は、美凛に恋人が出来たことは教えていない。
そして、美凛にバレた日には何が起こるか分からない。
受験シーズンに恋人なんかいたら···殺される。
とある事がきっかけで湊には勿体無い恋人が出来たのだ。
二度とこんな奇跡は起きないと思うと、やはり美凛に知られるわけには行かなかった。
「実は、友達と連絡を····」
「お兄ちゃん、友達いないでしょ?」
「最近出来たんだ!だから」
「そのお友達は偶像?それとも空想?」
完全に信用していない所か、可愛そうなやつを見る目で聞いてくる美凛の質問は湊の心を気づるには充分過ぎた。
「頼む美凛。お兄ちゃんの心を痛めつけないでぇ?」
「しょうがないなぁ?じゃあ、1000歩譲って友達が出来たとするよ?でもね、私はこの目で見ないと信用出来ない質なんだ?だから直接あって紹介してよ」
ほとんどの学校の生徒は、美凛を紹介して欲しいと湊にお願いすることも多いので本当に友達なら、そいつもさぞかし喜ぶのだが、この場合最悪な展開だった。
美凛は、確実に男友達だと思っているし、最悪そんな友達いないと思っている。
本当は、自分の兄が学年でも美人と有名な綾瀬空音と恋人関係だと知ったらどうだろう。
湊の受験勉強を成功させるべく、父親から頼まれた美凛は、やる気満々。
しかし、そんな美凛を見ていると湊は思い出してしまう、過去の記憶を。
青柳家に、親は父しかいない。
母親は数年前に買い物の帰り、黒いセダンに轢き殺された。
車はそのまま逃走。救急車や警察が来たのはそれから5分後、出血多量により死亡した。
そして、犯人の目撃情報も不明。
逃走経路、消息などは不明、警察の無能さに湊は殺意を覚えたが、当時小学生だった湊に何か出来るわけもなく、ただ睨む事しか出来なかった。
美凛は、死んだ母親の冷たい手を握り何度も母親を呼んだ。
父親は研究所の所長で何かの研究の為、家には年に片手で足りるぐらいの数しか帰ってこない。
母が死んだのに湊や美凛の事は金で雇った家政婦に一任した。
しかし、中学に美凛が上がる頃には家事はほとんど完璧にこなせるようになっていた。
勿論、今では美凛が部活の時は港が料理やら洗濯をするが、料理は大味になってしまうし、洗濯一回するにも効率が悪い。
そんなこともあって、湊が父親を嫌いになるにはそんなに時間がかからなかった。
最近だと、ビデオ通話で顔を見て話しているがそれは美凛だけだ。湊は父親との会話は美凛に任せている。
それでも、月の生活費などはかなり多めに振り込んで来るのは、せめてもの罪滅ぼしのつもりなのか、湊の知ったことではなかった。
「分かった。紹介するから、スマホプリーズ。」
嫌な過去の記憶をしまい、湊は正直に話すことにした。
「約束だからね?」
そう言って、美凛は湊の机に向かって歩き出す。
机には、過去の問題集、参考書、学校のパンフレットなどが乱雑に積み重なっている。
美凛は、積まれている中の1番下の1冊を取り出すと、それを振り出した。
すると、湊のスマホがひょっこりと出てきた。
「そんな所にあったのかよ」
今まで念入りに探したのは妹の部屋、リビング、台所、風呂とどれも手応えがなかった。
まさか、自分の部屋にあったなんてと湊はショックだった。
「お兄ちゃんが勉強をしてれば、自然と出てくる親切設計になってたのにねぇ?」
美凛はとても嬉しそうにニヤニヤしている。
「美凛、一番下の問題集に入れるとか鬼畜すぎるだろ?全部やってたらと思うと···うん、震えてきたわ」
湊は美凛の鬼畜の所業に手が震えるのと共に、腹がすいたのかお腹が鳴る。
「もう、早く食べないと冷めちゃうからね?じゃあ、美凛出かけるから〜」
「あ?でも、朝練はもうやってきたんだろ?」
汗の匂いで朝練して来た事は分かって入るので湊は不思議に思う。
「これから友達と原田モールに行くの!あとシャワーと服も着替えて行くし」
原田モールとは、原田動物園の横に隣接している最近出来た巨大なショッピングモールだ。
湊も5回ぐらいは言ったことがあるが専門店が幾つもあってとても好印象だ。
美凛も同様に部活の友達と買い物を楽しんでいる。
30分後、湊は朝食を食べ、洗い物をしていると、美凛が私服に着替えて顔を見せた。
今日は朝から6度と少し低めなので、上はかなり厚めの服だ。しかし、下はホットパンツに黒いストッキングと少し寒そうだ。
女の子同士で行くのに、顔には薄めの化粧がしてあり本当は男と行くのか?と軽く考えたが、美凛も大人になったんだなぁと納得した。
「何ジロジロみてるの?」
「いや、お前って彼氏いんの?」
「はぁ?いる訳ないじゃん。美凛は部活で精一杯ですよーだ!どっかの誰かと違って辞めたりしないし。」
こいつ何言ってんの?と馬鹿にしつつ、皮肉も混ぜてくる美凛は、流石、我が妹と思わずにはいられない。
「だよなー」
「なんか、納得されるのもムカつくから蹴っていい?」
「やめろぉぉおおお!そうだ!時間大丈夫か?」
急に足に力を溜めている美凛に待ち合わせの時間はいいのかと伝える。
「やばっ!帰ってきたら覚えてなよ?それとこれ、買い物リストとお金置いとくからね、変なもの買ってこないでよ?」
「いってら」
美凛は、手書きのメモと金を置いていくと、すぐに出ていってしまった。
玄関のドアを勢いよく開けると、これまた勢いよく閉めた。
「····いつか玄関のドアも壊れそうだな」
流石に修理費が洒落になら無いのでそれだけは勘弁して欲しい湊だった。