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二〇二  作者: 牧田紗矢乃
 
4/7

 やはり、仕事を終えてから家の片付けをするとなると遅々として進まない。

 引っ越し後初めての週末を迎えたというのに、引っ越し初日からほとんど変わらない室内の様子にため息をついた。


 日に日に暑さを増すこの季節。早いうちに片付けを済ませなければ、暑さで動くこともままならなくなるだろう。

 じっとりと肌にまとわりつく空気を追い出すため、窓を開けた。


 マンションが近く換気が悪いとはいえ、寝室の扉と窓を開け放てば空気も循環する。薄手ながらも外から部屋の様子を覗かれにくいというのがウリのレースのカーテンが揺れるのを見て、ダンボールの山と対峙した。


 寝室にはまばゆい朝日が差し込んでいるが、暑苦しい日差しではない。

 ――勝負は、まだ涼しい午前中だ。


 朝食もそこそこにダンボールを開けていく。大きな家具類はすでに配置されているので、あとは服や本、雑貨に食器といった小物を棚に詰めるだけだ。

 言葉にしてしまえば簡単な作業だが、数が多い上に入れ方を間違えれば棚から溢れてしまう。

 実家でどのように仕舞っていたかを思いだしながら、箱を一つずつ片付けた。




 みるみるうちに日差しは凶悪さを増し、十二時を回る頃には玉のような汗が流れ落ちるありさまになっていた。

 汗を拭くために首に掛けていたタオルも、絞ることができそうなくらい湿っている。

 涼をとろうと風が吹き込む寝室に入った。

 辛うじて日陰になっているベッドに腰かけ、一息つく。


「……ん?」


 嗅ぎ慣れない臭いがした。部屋の臭いなのかとも考えたが、臭いをもたらしているのは外からの風だ。

 いぶかりながら鼻をひくつかせる。

 何かが傷んだような臭いだ。風上にあるのは荷物置き場になっているはずの二〇二号室。食品でも置き忘れたのだろうか。


 これからの季節、食品の放置は非常に厄介だ。二〇一号室のおばあさんが実質的な管理をしているという話は聞いているので、お願いして片づけてもらうのが最善だろう。

 思わぬ中断を喰らいため息をついた。


「この格好で行くわけにもいかないし……」


 シャワーで汗を流して着替えをして……、と段取りを考えただけでうんざりしてしまった。

 とはいえ、いくらご近所でも、いくら人が良くても、汗まみれで会いに行くのは失礼にあたる。渋々着替えを掴んで脱衣所に入り、顔をしかめた。


 ――……どうして。


 こちらの方が臭いがきつい。

 臭いに耐えながら手早くシャワーを済ませ、二〇一号室に急いだ。




 異臭が襲っていたのは私の部屋だけでなかった。

「変な臭いが……」と切り出した私に、おばあさんはうんざりしたように下水の不調だと告げた。水道業者は夕方を過ぎないと来ないらしく、先に異臭を報告してきた他の住人たちは今日一晩どこかに泊まる予定だという。


「どこか泊めてくれる所はあるかい?」

「あー……はい。ちょっと急なのでどうかわかりませんが、聞くだけ聞いてみます」


 友人に連絡をしてみて、駄目ならばネカフェにでも入ればいい。この街は時間を潰すことにならば事欠かない。

 片付けは途中になってしまうが、今回ばかりは仕方ないだろう。


 炎天下の屋外に晒されて溶けだすような心地になりながら、ていの良い言い訳を見つけた充足感に浸った。

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