第九話 ユーストフィアの冬籠りⅡ
さて、冬が始まる前に、
幽霊兄妹に訪ねた事だが。
バラントゥルテに何があったのか。
正直子供の説明能力には疑いがあったが、
なかなかどうして、少なくとも兄は理知的に答えた。
この世界のガキは精神的な成長が早い。
「晩御飯も食べて、もう寝るだけって時間だったんだ。
突然、何かが壊される音と、誰かの悲鳴が聞こえて、それで」
兄弟を預かっていたという彼らの祖父母は、絶対に家から出るなと伝えて、町の様子を見に行った。
だが、全然帰ってこない。
家の外から聞こえる音や悲鳴だけがどんどん拡大していき、二人は互いを抱きしめ合いながら、事態の収拾を待った。
そして、騒ぎが段々近づいてくるのを感じ取った兄は、妹を地下の備蓄庫に隠し、窓から外を伺った。
だが、それとほぼ同時に、
現れた魔物に喉を食われ、死亡。
「……その時、一瞬だけ、知らない人がいたのが見えた。
あんまり大きくない町だから、町の人同士はみんな知り合いなんだ」
俺の地元も似たようなもんだ。
とはいえ、さすがに全員の顔と名前が一致するという事は無い。
だが、外の人間かどうかぐらいはわかる。
小さな町には、その町独特の空気と閉鎖性があって。
外から立ち寄る者にはない。それでわかる。
「どんな奴だった?」
「男の子だと思う」
「……子供?」
「うん。おれと同じくらい」
知らない子供か。なまじこいつが子供なだけに信憑性が増す。
狭い町の中では、子供同士なんてほぼ確実に知り合いだ。
しかも歳が近い。そんなエンが知らないとなるとな。
以降は死んでいたので知らない、と。
幽霊になるのには少々時間がかかるらしいな。
だが、それなりに有益な話だった。
少なくとも、背後に何者かの存在がある。
「魔族かもしれないね」
証言に補足するようなセレーネの言葉。
魔族って何だっけ。
「魔族っていうのは――」
魔族とは魔王の眷族である。
魔王の復活と共に蘇り、魔王の死亡と共に消える。
彼らは魔物を従え、町村を襲い、
魔王の意思に従って、
世界の破滅に尽力するとか。
いわゆる四天王という奴だろうか。
過去に現れた魔族には様々な種族がいて、例えばオークやらリザードマンやら。種族にも人数にも、特に共通点は無いらしい。
で、その魔族が主導し、
何らかの手段で魔物を操って、
バラントゥルテを襲撃、死体を持ち去った。
そんなところかな。
それより、魔族が現れたという事は、
ある重要な問題の発生を意味する。
「つまり魔王が復活したって事?」
「そうなるね。でも、こんな早い周期でなんて……」
魔王、これは勇者も同様だが、通常、その死亡から数年~数十年の期間をあけて蘇る、または任命される。ただし、両方存在しないという状況はありえるが、片方が復活すると、もう片方も呼応するかのようにすぐに現れる。
……どこかの神だとか、
世界のシステムだとか、
そんなのが作ったかのような仕組みだな。
ありえん。裏に何かある。
今は推測も出来そうにないが。
「勇者様は多分……」
セレーネがまた言い淀む。
まぁ俺なんだろうな。
こんな心持の奴が勇者でいいのかとつくづく思うよ。
「こういう話題の時は言っていいよ。
話が進まないから」
「わかった。現在、この世界の勇者様は間違いなくユタカ様だ。
聖剣を持っていて、その指輪が反応している事からも否定の余地は無いよ」
ちなみに、指輪はネックレスのように紐を通して首から下げている。
邪魔なので捨てようかとも思ったが、セレーネが命がけで止めてきたのでやめた。様々な魔法で、絶対に破壊されないようにガードされているらしい。さすがに指に嵌めたくは無いので、こういう形を取ったのだ。
「それで、魔王は……」
「…………」
わかっている。
多分、遥だ。
勇者の魔王堕ちか。
そこそこ聞いた事ある内容だな。
昔そんなゲームをやった事もある。
今時はまず見ない、悲惨で救いようがない話だった気がする。
「――誰が勇者で誰が魔王かなんて、
俺には関係ないよ。
どんな手段を使ってでも遥に会う。それだけ」
それに。
仮に俺が勇者として世界に認定されたのであれば、それはそれで役に立つ部分もある。
もしもこの世界にシステムというものがあるとしたら。
きっと、俺と遥を引き合わせてくれる。
運命と言ってもいい。”そうなっている”はずだ。
今だけはせいぜい利用させてもらおう。
俺が遥に会えるのならば。
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「兄ちゃん。寝れないの、ですか?」
ある日の深夜。俺がボーっと雪に埋まった森を見つめていると、エンが何処からかフワフワと浮かんでやってきた。
こいつは幽霊だから、寝ないし、食わないし、浮かべる。
「無理して敬語使おうとしなくていいよ」
「わかった」
序列とか秩序は、腐っても組織だから必要だとは思うが。
兄妹は盗賊ではない。セレーネもだ。
何となく流れで保護しているだけで、
少なくともこの兄妹には盗賊家業をやらせようとは思わない。
万が一盗賊にしてしまうと、
捨てられない場面が増える。
いつまでも子供のお守りをしている余裕はない。
セレーネは治療班として大いに役立っているから惜しいが……そのうち手放す必要があると思っている。
あいつには宗教があるんだから、
まだ滅んでいない何処かの町の教会に押し付ければいいだろう。
「それで、寝れないの?」
「色々考える事が多くてね」
魔王とか魔族とか、
勇者とか聖剣とかもあるが、
根本的に、どうしたら遥に会える?
あいつには転移があるから、目撃情報を手に入れてからその場に向かっても、追いつけるはずがない。
運命に身を任せる手もあるが、どれだけ時間がかかるか不明だ。
それに受け身すぎる。
つまり必要なのは。
移動手段と、ネットワーク。
遥が現れた瞬間にこちらに連絡を送り届ける方法と、連絡を受けた瞬間にその場へ移動する方法。
……そのためには。
「エン。君は、この世界で一番の魔法大国は何処か知ってる?」
「シャルマーニ領内だったら、ミドルドーナが一番だと思うよ。
魔法学校もあるって」
ミドルドーナ。聞いた事がない地名だ。
「ここから遠い?」
「うーん……ここからだと、西の方に馬で二週間くらい、って聞いた」
西に二週間か。
なら、冬が終わったらそこに向かおう。
盗賊の仕事ではないが、
文句を言う奴がいたら聖剣で脅すか、
捨てて別の駒を捕まえればいいだけだ。
「ありがとう」
「うん。……あのね、兄ちゃん」
何だ。
「おれはもう死んでるから、いつかは消えなくちゃならないんだよね」
「そりゃそうだよ」
「そうだよね。でも、今はまだ消えたくないんだ」
そうだろうな。
メイは今のところは安全だろうが、
今後もそうとは言えない。
というか、盗賊に匿われているなんて外聞が悪すぎる。
さっさと引き取り手を探すべきだろう。
「だから、メイがハルカ姉ちゃんにもう一度会えて、ちゃんと生きていけると思ったら、その時はおれも消えるから。だから、それまでおれたちを置いてくれないかな」
あぁ。
確かに、いつ放り出されてもおかしくない状況だからな。
それが不安なんだな。
「兄ちゃんの役に立てるように、
おれが戦うから。だからお願い」
この世界の子供の成長は本当に早いな。
あるいは、もう死んでしまった事を受け止めているからかもしれない。
エンは兄として、妹の成長を見守り続ける事は出来ない。
だからせめて、居場所だけは確保してやりたいのだろう。
殊勝な事だ。
そういう態度は嫌いじゃない。
「……いいよ。好きにして」
俺は眠くなるまでエンと話して、
とある日の冬籠りを終えた。