第十話 心底意外な特技
俺はバカだ。
本当に鈍感糞野郎だ。
「……ねぇ、兄ちゃんはどうしたんだと思う?」
「①ハルカにフラれた、②生活サイクルの乱れで睡眠不足、③昨日の蒸かしイモが今更あたった、④セレーネにフラれた」
「①はありえないから、多分③ね」
④だよバカ野郎。
テーブルに突っ伏す俺を見て、聞こえていないとでも思っているのだろうか、エンとガンラートとカシスが密談をしていた。井戸端会議とも言う。
はぁ……。
いや、フラれたというのはちょっと違うのかもしれないが……。
むしろ俺がフッたと言った方が正しいのだろう。
だって俺には遥がいて、セレーネの気持ちに応えてやることは出来ないのだから。
胃が痛い。
なんで全然気付けなかったんだ?
俺は鈍感系主人公みたいな体質持ち合わせてなかったぞ?
日本にいた頃も極稀にこういう事はあったが、その時だって……。
嗚呼、胃が痛い。
やっぱり蒸かしイモのせいかもしれない。
おのれグラシアナめ。
「ねー、今日もセレーネちゃんいないの?」
また寝起きみたいな呆けた声を出しながら、遥がやってきたようだ。
ダメだ……ダメだ。今は遥の顔を見るわけにはいかない。
そんな気がする。
遥と目を合わせたら甘えてしまう。
きっと、そうなってしまう気がする。
「セレーネは今日もお仕事よ」
「そんなの豊に任せればいいじゃん! 勇者なんだから!
会いたい会いたい、セレーネちゃんに会いたいよー!」
「お前が目覚めた時に会ったじゃねぇか」
「ハルカ姉ちゃん、抱き着いてわんわん泣いてたよね」
「そうだけど……でも、全然話してないもん! 寂しい!
あぁ愛しき妹よ、あなたはどうして妹なの」
意味わかんねぇ……。
けど、その、意味のわからん遥の発言に、別に俺に話しかけているわけでもないのに、ちょっと救われてしまっている自分がいると自覚する。恋は盲目と言うが、本当にそうなんだろうな。
「ボスー、ボスー、……あれ?」
誰かがバタバタとやってくる足音が聞こえ、俺の名前を呼ぶ。
いや名前じゃないけど俺を呼んでいる。
へこんでいる暇すらないのか。
「……どうかした? トーマス」
「いや、今日の昼飯は俺とボスっすけど……」
あぁぁ、そうだったのか。
ローテーションのスパンが長すぎて覚えていられない。
どうして前日とかに言ってくれないのだろうか、当番表でも作るべきか。
重すぎる頭を上げて、俺は立ち上がる。
「わかった。行くよ……」
「なんか調子悪そうですけど、大丈夫なんすか?」
「大丈夫。身体は元気だから」
全然余裕だ。
あれだけ雨に打たれたのに風邪を引く気配もない。
バカは風邪引かないっていうからな。
俺はバカだ。大馬鹿野郎だ。
だから、風邪なんて引くはずがない。
「……トンカツでも作るか」
「なんすかそれ」
「俺の世界のソウルフードだよ」
「へぇ……ボスの作る飯は見たことないもんばっかりですからね。
みんな期待してますよ」
あぁ、腕によりをかけてやろう。
家庭料理の味しか出せないけど。
遥だっているし、きっと喜ぶはずだ。
惜しむらくは。
そう、残念で仕方ない事なのだが。
いつも幸せそうに食べてくれたセレーネがいない事に、一抹の寂しさを感じていた。
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「豊……」
「……何?」
「愛してる!」
昼食の席は、そんな公開告白から始まった。
ちなみに遥は全く俺を見てはいない。
その視線は、目の前の白米とみそ汁とトンカツとキャベツ盛りに釘付けである。
瞳からハートが飛び出てはいるが、残念ながら俺には向かってきていない。
俺の二十年来の想いがトンカツに負けた瞬間である。
米は前々からシャルマーニにあったのは言うまでもないとして。
問題は味噌だったのが、これはもちろん、ポルタニアから取り寄せた。
金にものを言わせて買い占めたともいう。
日本人ならみそ汁ぐらい飲みたい。
そんな過去の召喚勇者(日本人)の気持ちが痛いほどわかる俺は、そのご厚意に甘えて何の躊躇いもなく大枚を叩いたのだった。なぁに、金ぐらい後々いくらでもどうにでもなるからな。
「リアジュウ死ね……」
「死ねよリアジュウ……」
「リアジュウって何?」
「前にお頭が言ってた、ようするにお頭とハルカさんみたいな奴らの事だ」
「だいたいわかった。よし、リアジュウ死ね」
お頭に死ねとか、口が悪いにも程があるのではないだろうか。
盗賊たちの恨み節が耳に届くが、知ったこっちゃないなぁ。
それに、これはリア充的イベントでも何でもない。
昔から遥がよく言っていた事だ。
ようするに「ありがとう!」の強化版みたいなもんで、残念ながら愛を伝える素敵な台詞ではないんだよなぁ。
その証拠に、こいつは俺を一瞥もすることなく、ひたすら目の前の日本食を掻っ込んでいる。これっぽっちも愛は伝わってこない。食への愛情ならひしひしと感じ取れるが。
というか。
「ねぇガンラート、君たちの旅の最中ってポルタに寄らなかったの?」
「そんなはずはねぇっすけど、これは初めて見ましたね。いやぁ美味いっすわ、このサクサクした衣の食感と溢れ出る肉汁と涎が出そうな香りがまた食欲を誘うというか……」
「何その食レポみたいなの」
「おいしー! ユタカお兄ちゃんってお料理じょうずだよね!」
「……そう言ってくれるのは嬉しいんだけど」
本当にそうでもない。
物珍しいから必要以上に美味く感じるだけだ。
実際、かつての同級生の感想は「美味しくも不味くもない、普通」だった。
お前には二度と作ってやらんと心に誓ったものだ。
つーか、それを言い放った件の同級生がそろそろ……。
「ひょくひゅっへん」
「食ってから喋れ食ってから」
「――っ、60点だね! まだまだだよ!」
「これで!?」
「ひょっとしてハルカさんってユタカさんより味にうるさいの」
そんな辛辣な評価を下された皿だったが、俺には既に空になっているように見えた。
言動がまったく一致していないような気がするが、これだけは反論できない。
遥は料理が上手い。
誠に信じられない上に遺憾な事だが、遥の作る飯はマジで美味い。「そこはどう考えても料理音痴だろ、キャラ的に考えて……」と思うのだが、本当に美味いのだからそれ以外に言いようがない。
多分ひと五倍ぐらい食い意地が張っているからと思っている。
そう思わなければやっていけない。
「じゃあ晩飯はお前な」
「任せなさい!」
「えぇ……不安しかないのだけれど」
「安心しろカシス、ハルカは冗談抜きで美味いメシ作るから。嘘みたいだけど」
「ガラリア! どういう意味!」
そういう意味だろ。
こうして、和やかなのかよくわからん昼食を終え、その日は特に何のイベントもなく過ぎていった。もう一週間後には魔王との戦いが待っているとかちょっと信じ難くなってきたぐらいだ。実はあれ、全部夢だったんじゃないか。
結局、遥が作った夕食は大絶賛の嵐が吹き荒れ、アジトにおける自分の地位をたったそれだけで確固たるものにしたり、俺がなんとなく居た堪れない立場に陥ったりしたのだが、それはそれ。
寝る前にそれを自慢しに部屋にやってきた遥と一悶着あってから、今日という日が終わった。
――深夜遅く、誰かがアジトに入ってくる気配を感じたが、俺は何もしなかった。
何も、出来なかった。