第七話 恋する乙女はガラス細工より繊細
シャルマーニ防衛戦から四日目の朝。
ごめん間違えた。
朝じゃない。
起きたら昼だった。
食堂の方からガヤガヤと騒がしい声が聞こえる。
みんなで昼食でも食っているのだろう。
……傍らに眠る幼馴染を見ながら、俺はボーっとそんな事を考えていた。
布団にくるまって眠る少女――やっぱり少女と形容するのが適切だと思う――は、スヤスヤと随分幸せそうだった。寝言が聞こえてきそうなくらいだ。かわいい……と思ってしまう辺り、俺も相当にのめり込んでいるな。
いや、それはいいんだ。
わかっていたことだ。
そうじゃなくてだな。
誰か、この後どうしたらいいか教えて下さい!
もしこのまま遥を起こして一緒に食堂に向かうと、みんなの察したような生暖かい視線が俺たちを包むだろう。それは俺の望むところではない。つーか死にたくなるから勘弁してほしい。
常備されている水を口に含みながら、俺は考える。
どうやって誤魔化せばいいのか。
いや、俺が遥に惚れているのは公言しているところであって、こういう感じになったからと言って臆することはない。ないのかもしれないが、やはり俺にもプライドというものがある。
……というか、どうしてこうなった。
流れるようなその茶髪に手をやって、そっと梳いてみる。
やはり肌触りが良いな。
シャンプーもトリートメントもないユーストフィアで、どうしたらこんな髪質を維持できるのだろう。
「……うへへ……」
よくわからん呻き声をあげつつ、緩やかにその眼が開いた。
「おはよう」
「……おはよう……えっと、あれ……?」
まだ寝ぼけているらしい。
遥は布団の中を覗いて自分の状態を確認し、俺と目を合わせたかと思うとサッと逸らしてから、顔をどんどん青ざめさせつつ、こう言った。
「服着てない!!!!!」
そりゃそうだろうよ。
俺だって真っ裸もいいところなんだから。
顔芸を極めつつある遥は、昨夜の事を思い出したのか、その真っ青な顔をどんどん赤くしていき、俺との筆舌に尽くしがたい恥ずかしいやり取りを繰り広げ始めたので、以下、省略する。
さっきも言ったが。
俺にだってまだプライドってもんがあるんだよ!
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結局、何気なくいつも通りの雰囲気を装いながら俺は畑仕事に向かった。
遥はなんか節々が痛いとか言って自分の部屋でまた寝ている。
それについては深くコメントしたくない。
……こんなんでいいのだろうか。
一応、もう数えられるほどの月日を経たら魔王との決戦があると思われる。
あいつは確か二週間後に云々って言っていたからな。
キザッたらしいその物言いはどうかと思うが、あのキャラなら間違いなく現れるだろう。
そういう切羽詰まった状況で、こんな呑気なことしていていいのだろうか。
「いいんじゃないの、あんたらしくて」
地面に突き刺した鍬に体重をかけて休憩してると、カシスが淡々とそう言った。
こいつは即席のテーブルと椅子に腰掛け、優雅にティータイム中である。
「あんたはどんな状況でもそんなもんじゃない。
必死な顔してるところなんて、ハルカ絡み以外で見たことないわ」
「……そうだっけ?」
「そうよ」
そうだっただろうか。
一応、スクリの時とか、ガンラートの時とかも結構内心ドキドキしていたのだが。
別にポーカーフェイスを気取っているわけじゃないんだが、外からだとそう見えていたのか。
あ、そういえば。
「ねぇ、セレーネは?」
今日はセレーネを見かけていない。
というか昨日もほぼ見ていない。
最後に話したのはあの全身全霊の全力拒否をされた日で、それからまともに会話すらしていない気がする。
「部屋にいるわよ」
「……あのさ、カシス」
「そんなビクビクしなくても、聞きたい事はわかっているわ」
さすがカシスだ。
というか誰がビビっているというんだ。
全然ビビってないっすよ。
俺をビビらせたら大したもんっすよ。
「……難しい問題よねぇ」
「ちょっと踏み込もうとしたら思いっきり壁作られたんだけど。ATフィールドかよ」
「そりゃ、あんたには言わないでしょうね」
え。
なんで俺には言ってくれないんだ。
俺だってこれでもセレーネの事を心配する輩の一人であり、出来れば解決してやりたいと思っているし、あいつが望むのならば骨を折って身体を張ることも厭わないと思っている。そのぐらいには世話になっているはずだ。
だからもっと頼ってくれていいんだが。
俺ってそんなに頼りないのだろうか。
「理由はいくつか思い付くとして……そうね、まず。
ユタカ、あんたは勇者なのよ。もういい加減辟易してると思うけれど」
「そうでもないよ」
「あら? 随分な心境の変化ね……まぁいいわ。
それで、イーリアス教会の経典には、『勇者が魔王を倒す事』は運命が導く、いわばこの世界のルールのように描かれているわ。勇者は世界を守る者。如何なる暗黒の時代においても必ず魔王を打倒し、世界に光を齎す奇跡の象徴」
「…………」
「あんたが望む望まないとか、そういうのは別として、勇者が魔王を殺す。つまり……経典を妄信すれば、あんたが魔王シャルルを殺す。それは、セレーネの中では決定事項なのよ」
何だそりゃ……と、言うのは簡単だ。
だけど、必ずしも否定はできない。
俺の中に脈々と流れる『勇者』のDNAは、俺の意志の範囲外で俺にそうさせてしまうかもしれない。そう、否定は、出来ないのだ。死ぬほど嫌悪感を抱いている事だが、悲しいかな、そうなのだろう。
「『勇者』であるあんたに、何を相談できるって言うのかしら?」
そんなくだらない事で。
俺はセレーネの力になれないというのか。
あいつに拒絶されるというのか。
納得いかない。
何が宗教だ。
確かにシャルルと直接向かい合ったらヤバイが、こうして距離を置いていれば抑えつけられるぐらいの妄執だし、今までギャーギャー騒ぎながらも健気に協力してくれたセレーネに、俺は報いたい。
報いたいのに。
「それが勇者って奴ですよ、お頭」
酒瓶を片手に、ガンラートが現れた。
こいついつも酒飲んでんな。
魔族もアルコール成分によって酩酊状態に陥るのだろうか、今度試してみたい。
って違う、そこはどうでもよくて。
「つまり、俺には何もできないって事?」
「できる事はあるんでしょうが、今んとこセレーネは望んじゃいねぇって事です」
「そうね。あの子が泣きついてきたら、その時は助けてあげなさいな。
……でも。それも難しいかもしれないわね」
「ハルカがいるからな……むしろそっちがメインか……勇者云々はついでだよなぁ……」
何だよ、遥がなんだっていうんだ。
というか、そうだよ、遥がいるじゃん。
あいつは自称セレーネの姉を気取っているわけだし、セレーネだって遥を慕っているし、俺がダメなら遥に任せればいいじゃん。あのバカが他人の相談に乗れるかどうかはともかくとして、話を聞いてやるだけでも意味があるんじゃないのか。
って言ったら、何か名案って感じの空気にはならなかった。
カシスもガンラートも苦笑するに留まる。
なぜだ。
「……本来なら、ハルカに任せても良かったのかもしれないけど」
「今回に限ってはお頭が邪魔っす」
「は?」
「ユタカ。セレーネは強い子だし、尊敬するけど、でも」
「まだ16歳の小娘なんすよ」
示し合わせたような連携が俺を責める。
そんな事は知っている。
年相応にワーワー騒ぐところもあって、いじられキャラな道をひたすら突き進んでいて、しかし聖女として人前に出る時の神々しいまでの立ち振る舞い、そのギャップもまたセレーネの魅力なのだろうと、そう思う。
全部含めて、あいつが16歳の女子高生みたいなもんって事はわかっているんだ。
一人で何かかも抱え込めるような奴じゃないとも。
だから、だから俺は。
「多分今は、お頭の言葉が耳に届かないんじゃねぇですかね」
「あたしたちが何とかするわ。だから、黙っていてちょうだい」
「いや……、……」
なんでみんな俺を蚊帳の外に置こうとするんだよ。
エンにも似たような事言われたぞ。
そんな寂しい事言うなよ。
「……ユタカはハルカの事が好きなのよね」
「そうですけど」
改めて他人から言われるとちょっと照れる。
というか何の話だ。
いきなり話題が飛んだんだが。
「だったら、今はセレーネをそっとしておいてあげて。
これ以上抱えきれないわ」
「とっくにわかってた事なんだろうが、まぁ、タイミングも悪かったよなぁ……」
何だよ……何なんだよ。
お前らだけで理解し合ってんじゃねーよ。
俺が何をしたって言うんだ!
断固として抗議する!
というかお前らの話を聞く限り、セレーネは俺の想像以上にヤバそうじゃねーか!
「こういう時に手助けしなくて何が勇者だ!」
「いいから。そういう熱いのはいいから。
あんたには似合わないから」
「なにそれひどい」
「あー、とにかくハルカの様子でも見に行って下さいよ。
まだ寝てるんすか?」
寝てる……と思う。
眠いわけじゃないけど寝っ転がってはいると思う。
その辺を深く突っ込まれたくはない。
結局、畑仕事を再開する気にもなれず、俺は逃げるようにその場を後にした。
なんでみんな俺をのけ者にしようとするんだよ!
すいません、すいません。本当にすいません。
まさかこんなに放置する事になるとは夢にも思わず。
エタったわけじゃないよ!
続きは書いて無くも無いよ!
えー……ちゃんと書き切るつもりです。
どうか最後までよろしくお願い致します。