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第六話 もどかしさは日本に忘れてきた


 で。


「…………」

「…………」

「……何しに来た」

「ね、寝れなくて……」


 そりゃ、寝れなくてもおかしくはない。

 なにせ丸三日もずっと寝ていたのだから。

 かくいう俺も、目が冴えて全く眠れる気がしない。


 休日の寝溜めなんて通用しないと、かつて一足先に社会人になった友人がぼやいていた事だが、はてさて、やはり寝すぎると夜は眠れない。これは自然の摂理だ。仕方のない事だ。


 もはや俺の体内時計は完全に狂ってしまい、昨夜も深夜遅くまでというか朝方までベッドでゴロゴロしていたわけだが、多分こいつも今日はそんな感じだったのだろう。


 星も眠る丑三つ時。


 遥はノックもせずに俺の部屋にやってきた。


「……座ったら?」

「お邪魔します……」


 枕を抱き締めながら、遥はおずおずと俺のベッドに腰掛ける。

 椅子とか特にないからな。

 一応絨毯的なものは敷いてあるが、日本でもユーストフィアでもすっかり西洋文化に慣れてしまったこいつにはきついのかもしれない。


 いや、それはどうでもいい。


「…………」

「…………」


 無言である。


 遥が無言とか天変地異の前触れとしか思えない。

 こいつは黙っていてほしい時にも無駄に騒いで掻き回して喚き散らせて俺をウンザリさせるのが趣味みたいな奴だからな。


 ちょっと気味が悪い。


 居た堪れなくなって、ベッドの横に置いてある酒を取り出し、二人分注いだ。

 冷えてないけど文句言わないでほしい。

 何だったら水魔法、というか派生系っぽい氷魔法でも使えばいい。


 俺もまた無言で差し出したそのコップを、遥は一気に煽る。

 おい。お前大丈夫なのか。

 完全に想像だけど、こいつは酒弱そう。


「……あのね」


 空のコップを弄ぶこと数十秒、遥はオモムロに口を開いた。


「豊は、この世界に来て人を殺したこと、ある?」

「あるけど」

「あるんだ……」


 懐かしき盗賊A、B、Cと前頭領の顔が思い出され……ない。

 思い出せない。

 やべぇ、どんな顔だったっけ。もう忘れてしまった。


 俺にとっては結構強烈な出来事だったというのに。


「……私もたくさん殺したよ」

「うん」

「王様も、女王様も、カシスのお兄ちゃんも、兵士の人たちも、貴族の人たちも、たくさん、たくさん殺したよ」


 それは思い出せるな。

 何せ、召喚されてすぐの事だったからな。


 つい数瞬前まで部屋でダラダラとしていたのに、気付いたら世界の終わりみたいな状況に放り込まれていた。


 あのわけのわからなさを、言葉で表現するのは難しい。

 だが、網膜の裏側にこびり付いている。

 死に絶えた城の人々の姿が、崩壊した玉座の間の惨状が、俺の腕の中で息を引き取ったシャルマーニの姫が、……甲高い声で笑う遥の姿が。


 俺にとっての、すべての始まりだった。


「どうしたらいいかな?」

「……」

「私、どうしたらいいと思う?」


 それは――。


 どうしたもこうしたもない。

 どうしようもない事だ。


 罪を償って生きる、罪を精算するために死ぬ。

 そのどちらも正しい回答のように思える。


 日本的に言えば大罪人で、裁判にかけられたら当然死刑。逆に、ユーストフィアの倫理観は色々と壊れているから、別に死ななくてもいいんじゃね? となるかもしれない。というか、俺が強硬策を取ればそういう結論に持っていけるとは思う。


 何せ勇者だからな。

 世界中のすべてを敵にしたって遥が生きられる未来を創ってみせる。

 そのためなら教会だろうとリックローブだろうとククルトだろうと魔王だろうと魂を売ってやる覚悟はある。


 ……だけど多分そうじゃない。


「俺は、お前に生きていてほしい。

 お前は納得しないかもしれないけどな」

「…………」

「ごちゃごちゃめんどくせー事考えてんじゃねーよ。

 つーか深夜にそんな重い話を持ってこられても正直困るっていうか……」

「ちょっと」

「そういう事は日本に帰ってから改めて考えたらいいじゃん。

 ぶっちゃけ王家とか滅んでも問題なくない?

 イーリアス教会だってゴミばっかりじゃん、将来の教皇が魔王だよ?

みんな死んでよかったんじゃね?」

「ねぇちょっと!!! 私は真剣に聞いてるんだけど!!!」


 グダグダと話しながら自分のカップに酒を注ごうとする俺の手から酒瓶を引ったくって、遥はそれを見事にラッパ飲みしてみせた。ゴクゴクと喉が鳴る音が聞こえてくる。吐くなよ、絶対吐くなよ。


 プハー、と威勢のいい声を上げた彼女は、


「豊っていっつもそうだよね! 人の話すぐ逸らすよね! このバカ! ヘタレ! 臆病者! チキン南蛮!」

「おい最後のは関係ないだろ」

「バーカバーカ! 女の子の悩み相談を真面目に聞くのが男の子のモテる秘訣なんだよ! だから豊は――むぐぅ」


 あぁめんどくせぇ。

 深夜に騒いでんじゃねぇよ。


 俺はその肢体を強引に引き寄せて再度その唇を奪った。

 果実酒の味がする。

 一度目といい、二度目といい、聞いていたような甘ったるい感じじゃないんだが。


 ――そうして、俺はこいつのトラウマを有耶無耶にする。

 掻き乱すことで思考から弾き出す。


 今、俺にはこいつの望む答えを返せない。

 というか、何を望んでいるのか、何を言えばいいのかわからない。

 もう少し大人になって、経験を積んで、そうしたらちゃんと答えられるだろうか。

 正直自信はない。


 だけど逃げないから。ちゃんと向き合うから。

 お前がダメになってしまわないように、ちゃんとずっと傍にいるから。


 だからもうちょっとだけ……待ってくれないか。


 内心でそう誓う俺を遥は引きはがし距離を取ってから、恨めしそうな瞳をしつつ。


「……うぅ」

「誰がヘタレだって?」

「こ、こんなの豊じゃない……草食系代表って評判だったくせに……。

 はっ! ひょっとして偽物っ!」

「あのな……俺は別にモテなくてもいいから。お前が俺に惚れていてくれたらそれだけでいいから。で、その辺どうなの?」

「どうって……どうって……豊こそどうなの! っていうか私ファーストキスだったんだけど! これがセカンドなんだけど! 乙女の唇を勝手に奪っておいて、そんなの、そんなのっ!」


 どうなのと言われても。


 あれ?


 ……そう言えば何も伝えてなかったかもしれない。

 ちゃんと言ったのは、コルニュートの夢での話だったっけ。

 って事は、もしかして重要なイベントをこなしていない。


 それはマズイな。


「俺はお前が好きだよ」


 言える時に言わないと死ぬほど後悔すると、俺はもう知っている。


「…………えぇぇ……」

「何でそんな愕然としてんの? この流れで言わないとでも思ったの? そこまでクズだと思ってんの?」

「だ、だって……だって豊だし……夢の中でも全然まったくそんな気配なかったし……何回も何十回もあの夢を繰り返したし……結局私から言ったし……そんなサラッと言われるとか想像もしてなかったというか何というか……」


 その夢とやらはコルニュートの夢だろうか。

 って事は、多分俺と同じように、あの花火大会の日の出来事だろう。


 それなら確かに言わないかもしれない……あの頃の俺ではダメかもしれない。何十回も繰り返してそれでも告白しないとか、俺の惨めさが胸に突き刺さるから、そっと心の奥底にしまっておいてほしいところだが。


「遥が好きだ。愛してる。もう二度と手放したくない」

「……はい」

「で、お前は?」


「……私も豊が好きです……」


 正直知ってた。

 というのは、多分お互いの感想だと思う。

 ぶっちゃけダダ漏れだったと思う。


 思うのだが、それでもこうして口に出して直接言われることは、やっぱり感無量というか、生きていてよかったというか、今すぐ死んでも悔いはないというか、わざわざ異世界転移までして足掻いてみて良い事あったなというか。


 あぁ、上手く言葉にならない。

 この感情を何と言えばいいのだろう。


 ベッドに座る遥は、そのままおずおずと俺の傍に這ってきて、両手を広げた。


「……ギュッてして」


 なんだこの可愛い生き物は。


 断る理由が何一つ思いつかなかったので、俺もまたおずおずと遥を抱き締めた。

 ちょっと骨ばった筋肉質なその身体は女を感じさせない。

 感じさせないのだが、なんだろう、いやホント何て言えばいいんだろうな。


 ……そうだな。


 幸せだな、と。

 素直にそう思った。


「…………」


 思ったので、俺はそのままベッドに遥を押し倒した。

 空の一升瓶がカランと音を立てて脇に転がる。

 飲み過ぎだろ、バカ。


 ――そのバカの潤んだ瞳の何と愛おしい事か。


「……あの……」

「何?」

「その……」


 何だよ。

 この流れでストップかけられたらもう自殺するしかないんだけど。

 いくら遥でもそこまで空気読めないとは思いたくないんだけど。


 が、はてさて。

 遥だって言っても女だ。

 女らしさなど皆無もいいところだし、俺の幼馴染にこいつの言うような乙女はいなかったはずだが、それでも生物学的には女だ。


 そして俺は男だった。


「や、優しく、してね……?」


 当たり前だ、と。

 答える代わりに、俺はまたキスをした。


最近更新できなくて本当にすいません・・・

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