第五話 ヒロイン復帰
翌日。
「ハルカお姉ちゃん! おはよう!」
「おはよう、メイちゃん!
うわぁ、おっきくなったね~」
「育ち盛りだもん!」
「こいつの食い気は大したもんだからなぁ」
遥が目を覚ました。
その報を受けて駆け付ける俺。さてどうなるか、と内心ドキドキだったのだが、拍子抜けするほどに普通だった。目も死んでない。何ていうか、発狂大騒ぎまで構えていたこともあって、ちょっと肩透かしって感じだ。
落ち着いてるのは歓迎するべきことなんだけどな。
願わくばこの状態がずっと続いてほしい。
で、俺に遅れること数十秒、ガンラートがやってきた。
さすが元勇者一行である。
いや今も勇者一行なんだが、そういう屁理屈はいいとして。
その一幕を回想すると。
「ガラリア……死んだと思ってたよ。
よかった、よかったぁ……」
「いや、ちげぇから。一回死んでるのは間違いねぇから。
……というかちょっと離れてもらってもいいか」
「どうしてそんな事言うの?」
「お頭……あー、ユタカがやべぇ顔してる」
涙を浮かべながら幸せそうに笑う遥は、それはもういいものだった。
遅ればせながら、感想の再会の再開である。
起きて最初に目が合った俺とは何となく気まずいままお互いチラチラ見やるだけだったというのに、ガンラートが来たら一目散に抱き着いた。何だろうな、この差は。
さて、その様子を複雑な想いで伺っていた俺。
そんな俺の心境を察したのか、それとも奴の言う通り本当に酷い顔をしていたのか知らんが、とにかくガンラートは遥から離れてくれた。
別にいいんだよ?
何せ、死んだはずの人間に出会えたんだからね?
しかも苦楽を共にした信頼できる仲間。
俺だって同じ状況になったら、セレーネでもカシスでも抱き着いたと思うよ?
……うん。
まぁ、面白くはないよな。
器小さい。
俺ってこんなに嫉妬深かったのかな。
恋愛経験皆無だからよくわからん。
わからんが、今度ガンラートと喧嘩するときは全力でぶっ飛ばそうと、そう誓った」
「いや誓わないで下さいよ。おかしいっすよ」
おっと、どうやら声に出ていたようだな。
「そうかな? そんなにおかしいかな?
あれだよね。寝取られって糞だよね。
今だったら聖剣無くてもガンラートを瞬殺できる気がするよ」
「そんなはずは……いやでもお頭も強くなったからな……」
結局、俺は未だに聖剣無しでガンラートに勝った事はない。
自身の成長は実感しているし、普段聖剣を用いていることによる成長ブーストもある気がするが、それにしたって多分まだまだ勝てない。
だが、そんな事は知ったこっちゃない。
次に戦う時が楽しみだなぁ。
その時は俺も指輪無しだし、面白い勝負になると思うんだよなぁ。
そうそう。
指輪は、遥の左手薬指に嵌められたままだ。
返してもらおうとは全く思わないし、俺としては所有権を放棄したつもりだ。
だから、恐らくもう俺に不死身の勇者特権はない。
今なら簡単に死ねるだろう。
全然死にたいとは思わないが、そもそもこれまでがおかしかったんだ。
おかげで戦い方もかなり歪になってしまった。
俺の戦闘方法に防御という概念はない。
肉を切らせて骨を断つという言葉がこれほど似合う奴もいないだろう。
自覚していたとはいえ、直すつもりも特になかった。
が、その辺をカシスに窘められたこともあるし、これを機に色々と見直そうと思う。
「……ガンラート? お頭?
っていうか何でガラリアは敬語なの?
豊のほうが年下だよね?」
そして、会話に置いて行かれている女が一人。
この辺を説明するのはかなりダルい。
特別な事情がないだけに尚更だ。
というのを、同じくガンラートも感じていたらしく、彼はそそくさと逃げるようにその場を去っていった。っていうか逃げた。前々から常々思ってたけど、この盗賊団ってお頭の扱いが酷すぎるよな。
普通もっと敬うもんじゃね?
何なの? ナメられてるの?
また恐怖政治始めちゃうよ?
「……どこから説明すりゃいいやら」
「豊がユーストフィアに来てからの話、聞きたい」
「……そうだな……」
遥の要望に応え、俺は語り出す。
この長いような短いような日々の事を。
途中、遥起床を伝え聞いたセレーネやらカシスやらエンやらが現れたり、家政婦のように物陰からこっちを覗く盗賊たちにイライラしたり、突然泣いたり笑ったりちょっと情緒不安定な遥を宥めたりしながらも、大凡二時間ぐらいかけて語り尽くした。
ここまで本当に、長かったなぁ。
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そして話は冒頭に戻る。
遅れてやってきたメイとイチャイチャしている遥。
天使のようだった。
もちろんメイが、だ。
メイと、そしてエンにとって遥は命の恩人である。
随分昔に聞いたことだから忘れ気味だが、確か旅の途中で盗賊に襲われていたところを助けられたんだったか。両親は死んだが、二人は生き残った。旅をしているだけで殺されるとか、物騒な世の中だ。
……その盗賊ってこの盗賊団の前身じゃないだろうな。
そうだとしたら感動も露と消えるんだが。
確かめようにも、どうやら盗賊団の面々もかなり様変わりしているらしく、誰もはっきりとした事はわからなかった。
まぁいいや。
違うって事にしておこう。
その方が精神衛生上良いだろう。
で、それで思い出したんだけど。
幽霊兄妹を拾った時の、そもそものこいつらの願いは何だったか。
メイはもう一度遥に会いたい、エンはメイの願いが叶い、安全な将来像が描けるようになること。
つまり、もう二人の願いは叶ったのだ。
ってことはひょっとして――。
「エン」
「どうしたの? 兄ちゃん」
「――お前、消えるのか?」
「え、なんで、消えないよ?」
あれ。
ちょっと芝居がかったセリフを吐いてみたというのに、それをスルーされたどころか極めて普通な反応をみせた幽霊少年は、感無量といった面持ちで遥とメイのやり取りを見つめつつ、俺にそう答えた。
いやこっち見ろよ。
「最初は確かそういう話だったよね」
「そうだっけ? うーん……」
忘れているのか、誤魔化しているのか。
こいつはガンラートに学んだのか知らんが、結構飄々としたところがあるからな。それを無垢な少年っぽくやるからタチが悪い。どうして妹のようにまっすぐ育たなかったのか……と思うが、まっすぐ育つはずがない環境にいるから仕方ないか。
「まぁいいじゃん。おれも、もう少しこの世界にいたいんだよ」
「今更、別にいいけどね。不意打ちで消し飛ばされないように気をつけろよ」
「あはは、そんなわけないよ。だって」
彼は中空に浮き上がり、さも当然のように言い放った。
「兄ちゃんが、おれたちを守ってくれるんでしょ?」
………………。
まぁ。
そう言われたら確かにその通りだ。
俺は、俺たちに襲い掛かってくる輩に容赦するつもりはない。
って事は、エンの言う通り、エンを含めてみんな守るつもりという事だ。
おかしいな。
どうしてこういうオチに纏まってしまったのだろう。
当初は、使い捨ての駒としての盗賊団、便利な聖女、転移通信要因としての落ちこぼれ少女、いつか教会とか孤児院にでも預けるつもりだった幽霊兄妹。
そう思っていた、頃もあったんだけどな。
「守ってやるけど、できるだけ自分の身は自分で守れよ」
「もちろん。だけど、やっぱりおれたちじゃ勝てない相手もいるからさ。
この間の戦いだって、きっと兄ちゃんがいなかったらきつかったよ」
あのまま魔王に国ごと滅ぼされていた。
いくら頼れる俺の仲間たちが勢ぞろいしているといえ、相手は魔王。
そんな結末を想像するのは難しくないだろう。
俺、というか『勇者』の影響力が多分にあったことは否定できない。
特に壁の内側は、もし俺がいなかったらあのまま鎮圧されていたことだろう。
だから、エンの言う事は間違ってはいない。
だけどな。
「――被害があの程度に収まったのは、遥のおかげだよ」
外壁の中で、俺に『勇者』としての戦いを願ったのは遥で。
外壁の外で、俺が『勇者』として戦う事を止めたのも遥だった。
もしも遥がいなかったら。
俺はシャルマーニを捨てていた可能性がある。
残念ながらそれは否めない。
そして、あのまま魔王シャルルと最終決戦に突入し、周囲の被害など知ったこっちゃないとばかりに全てを終わらせていたかもしれない。
魔王に勝っても負けても、シャルマーニに未来はなかった。
「やっぱり、俺より遥の方が勇者に向いてると思うんだよなぁ……」
メイを抱き上げるその指先の。
輝く勇者の証を見つめながら、俺はポツリと呟いた。
PC持ってきたからって書けるとは限らんのだよなぁ……