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第三話 シャルマーニ防衛戦Ⅲ


 お前が魔王だ、と。

 そんな俺の、さながら探偵のような宣言にも、しかし少年は表情を崩さない。

 ビシッと指差しながら決めるべきだっただろうか。


「僕が魔王? どうしてです?」

「別に根拠なんてないけどね。

 でも、わかる。

 聖剣が、俺にそれを教えてくれる。

 君もそうじゃないの?」


 確信があった。


 こうして魔王と向かい合うことで、それはようやく姿を現す。

 今まで遥を魔王だと思っていたことがギャグにしか思えない。


 精霊の願いが。

 イーリアスの信念が。

 人々の切望が。


 パズルを紐解いたかのように、すべてが確信をもって俺に流れ込んでくる。

 こいつを倒せと、訴えかけてくる。


「……僕が魔王だとして、それで、どうするのです?」

「決まってるでしょ。君を殺すよ」


 そうしなければならないと、絶対的な意思が感じられる。


 だが、俺のそんな戯言に、彼は老衰した笑みを浮かべて嘆息した。

 おい。お前は本当に見た目通りの年齢なのか。


「お待ち下さい、ユタカ様。

 ……あなたは、ユーストフィアをどう思いますか?」

「どうって」


 クソみたいな世界だと思う。


 そもそも魔王とかいう災厄に対して、他世界から召喚された勇者を頼るってのがまず気に入らん。過去には現地人もいたらしいけど、遥、俺と今のところ二連続で異世界人だし、この世界の文化文明を見る限り、そこそこの召喚勇者がいたはずだ。


 自分たちの世界ぐらい、自分たちで何とかしろと言いたい。


 次に、そんな召喚勇者を、役目を終えたからといって殺そうとするのは最低だ。人間として絶対に許されちゃならん行為だろう。倫理観はどうなっているんだ。遥を救うっていう目標がなければ、マジで俺が世界を滅ぼしていた恐れさえあるぞ。


 で、極めつけは、遥を傷つけたことだ。前の主張と同じだって? いいや、違うさ。これが遥じゃなければ別にそこまで俺がぶちギレる事もなかったのかもしれんが、残念ながら敵に回した相手が悪かったよなぁ。


 他にも、教会の体質とか、リックローブの狂人っぷりとか、ククルト家の外道っぷりとか、ポルタ王家の堕落っぷりとか、すぐ手の平返す国民のクズっぷりとか、色々言いたい事があるが。


 総合すると、一回滅べば? って言いたくなる世界だな。

 って感じで伝えたら、シャルルとやらは満足そうに頷いた。


「そうでしょう、そう思うでしょう!

 この世界はもうダメなのです。

 権力者は権力を持ちすぎて増長していますし、民は他者に依存し、助けてもらう、守ってもらう事を当然だと思ってしまっている。救いようがない、とはこのような状況に対して言うべきことでしょうか?」

「そうなんじゃないの」

「ちょっと、豊!」

「……ユタカ様。そう思うのでしたら、僕に協力して頂けませんか?」


 そうだな。

 こいつの主張には心から賛同してやりたい。

 いっそ協力してやってもいいかもしれない。


 …………なんてな。


 あぁ、何となく懐かしい言葉を思い出した。

 ユーストフィアに来てから久しく聞いていない言葉だ。

 以前はよくネットで見たり、時々リアルでも使ってるやつがいたもんだ。


 こんな感じの、いっそかわいいもんだなと思える病状を、こう言う。


「君ってあれだね。高二病ってやつだね」

「えぇぇ……」

「コウニビョウ……?」

「斜に構えて、世の中はクソだ、国民はクソだ、どうして誰も何もしない、俺が正しいのに、俺が何とかしてやる! って信じてる、そんな病のことだよ」


 シャルルとやらは12~13歳。

 この年齢で高二病を患ってしまうとは、なるほど、確かに周囲よりは成熟していると言えよう。何せ世界最強の病気ともいえる中二病をすっ飛ばしているわけだからな、早熟なのだろうか。


 順調に育てば将来有望な素晴らしい人物になったのかもしれないが、悲しいかな、残念ながら高二病を実現できる力を持ってしまったのだろう。おかげでこじらせすぎたそれは、本当に世界を崩壊させようとしている。


 まぁ、ぶっちゃけユーストフィアがどうなっても知らんという感情は、俺にはある。

 確かにある。あるんだが……。


「仰る意味は測りかねますが、何やら侮辱されている気がしますね」

「そうでもないさ、むしろ成長の早さに感動すらしてるよ。

 だけどね。

 悪いけど、君には協力できない」

「……何故でしょうか」

「決まってるだろ」


 世界は、そんな二元論で語れるほど単純じゃないんだと思う。

 ユーストフィアに来てから、俺はそれを学びっぱなしだ。


 確かにクズばっかりだ。みんな死ねばいいと思う。


 だけど、だけど。

 全員がそうってわけじゃないのは、俺だってわかっている。


 セレーネや。

 カシスに。

 ガンラート。

 エン、メイに、盗賊たち。


 誰よりも、遥が。


 本当に色々とあったが……それはもう、命のやり取りを繰り返したくらいには色々とあったが……ある側面だけを見て、そいつのすべてを知っていると言い切ることは、俺にはもう出来そうにない。


「この世界にだって、俺は、好きな奴らがいる。

 だから、今すぐに滅ぼすわけにはいかない」


 答えなんてわかりきっていたんだ。


 いつか世界が滅ぶなら、その時は勝手に滅べばいい。

 だけど今はダメだ。まだ、滅んじゃダメだ。

 まだ、俺が好きな奴らがこの世界に生きているから。


「……そうですか、残念です。

 では、天命の宿敵として。

 胸を借りさせて下さいね、ユタカ様」

「かかってきなよ」


 言葉と共に、莫大なオーラが彼から発せられる。

 それは呪力――魔王が纏いし世界の負の感情の集合体。

 遥が操っていたのとは比べ物にならない、途方もないエネルギーが充満する。


 勝てるかどうかわからないと、そう思ったのは。

 もしかしたら初めてだったかもしれない。

 これが、魔王。これが、勇者と並ぶ者。


 だけど。


 たとえ何が立ち塞がろうと、どれだけの力を持とうと、俺は戦わなければならない。


 聖剣を構え、そして――。


「待って!!!!!」


 ――相対する俺たちの間に、遥が割って入った。


「お願い、豊! シャルル君も!

 戦わないで!」

「そういうわけにはいかないよ」


 これだけは、遥の言う事だとしても聞くわけにはいかないのだ。

 だって、俺は勇者で、シャルルは魔王なんだから。


「シャルル君!」


 運命の、宿命の、因縁の、戦わなければならない、どちらか一方が死ななければならない、殺し合わなければならない相手だ。その存在を許してはならない。決して――決して。


 そうだ。

 殺すしかない。

 『魔王』のせいで、これまでどれだけの『世界』が涙を呑んできたというのだ。

 どれだけの人々が理不尽に苛まれてきたというのだ。


 たとえ遥が何と言おうと、俺は、――俺たちは。


 殺し合う事が正しい。

 それが勇者としての責務で、魔王としての義務だ。

 こんな、ダラダラと喋っている場合じゃない。


 ……殺す!

 殺すんだ!

 こいつを……殺せ!


 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せェ!!!!


「豊!」


 ハッ、と。

 ノイズのような耳鳴りを引き裂いて、遥の声が耳に届いた。


 何だ……何だよ。

 何が起こった?


 気付けば俺は聖剣さえ取り落として、無様で無防備な立ち姿のまま、魔王に向き合っていた。


 一方のシャルルも、どこか、何かがおかしいといった様子で、遥の言葉に耳を傾けている。多分、俺もこんな感じの、訝しげな表情をしている事だろう。……こいつにも、何かが訴えかけてきたのだろうか。


 聞こえないはずの叫びが俺の心を蝕んだ。

 誰でもない誰かの嘆きが、悲鳴が、俺だけの精神を侵食していった。


 呆気にとられる俺を尻目に、彼は広げた両の手を収め、


「……いいでしょう。ハルカ様たっての望みとあらば。

 この場は引いて差し上げます」


 圧倒的なプレッシャーは、彼のたったそれだけの言葉によって霧散し。


「二週間後にまたお会いしましょう、ユタカ様、ハルカ様」


 まるで用意されていたかのようなセリフを吐いて。


 黒い影を自分の手足のように操るシャルルは、次の瞬間には、戦場から姿を消していた。

 無限に存在するかのように思えた、魔族の足跡ソクセキと共に。


 魔王は逃げた。


 戦争は、しばしの休息を迎えた。


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