第八話 ユーストフィアの冬籠り
冬。山奥にあるこのアジトは、
辺り一面が積雪で覆われ、
まさしく銀世界と言ってもいい様相だ。
そのおかげでやる事がない。
情報も手に入らない。
身体が鈍るし、無駄な時間を過ごしているようでイライラする。
仕方がないので身体を鍛える事にした。
聖剣無しだ。
便利だから今まで気にしていなかったが、
正直聖剣に振り回されているとは思っていた。
武道の心得なんて無くてもその程度はわかる。俺が知覚する前に敵を倒してしまうのだから。
だから戦闘訓練をする事にした。
避けたい展開だが、遥と戦わなくてはならないかもしれない。
あいつは殺しに来てと言っていた。
だから、俺がいくら言っても問答無用で攻撃してくる可能性はある。
正直勝てるとは思えない。
二年を戦いの中で過ごし、魔王さえも倒したあいつと。
最近血生臭いこの世界に放り込まれたばかりの俺とでは、経験に差がありすぎる。
というわけで。
「殺す気で来ていいよ、ガンラート。
大丈夫、俺は死なないし」
「はぁ……。まぁ、命令ならやりますがね」
俺は業物でも何でもない、死体から奪った西洋剣を構え。
ガンラートと対峙する。
攻撃をする前にわかる。
まるで勝てる気がしない。
聖剣は、どうやら出現させていないと、
俺の身体を動かしてはくれないらしい。
再生能力は問題なく発揮されるが。
何なんだろうな、この違い。
ちなみに持たなくても、腰にぶら下げているだけで効力はあった。
で。
「……無理だわ」
「常人よりは身体能力ありますけど、
まだまだ俺には敵いませんぜ」
そう言ってガンラートはドヤ顔をした。
うぜぇ。
ガンラートは槍を使う。
そりゃそうだ、聖剣みたいな特別な武器でもない限り、リーチが長い槍の方が有利に決まっている。
初めての戦闘訓練で、俺はただの一撃も与える事なくギブアップし、その間に生身だったら十回は死んでいるであろう致命傷を食らい続けた。
自分の弱さはわかっていたので悔しくもない。
「これから冬が終わるまで、毎日宜しくね。
金は出すさ」
「それなら任されます」
---
何日か戦闘訓練をしていると、段々とギャラリーも増えてくる。
俺が負けるのを見るのが楽しいのだろう。
モブどもが賭けをしているが、ガンラート相手の時には成立しやしない。
で、それを見ていた幽霊兄妹の兄。
死んでいる方とも言う。
エンがふと言ってきた。
「兄ちゃん。おれも戦いたい……です」
幽霊が戦う意味なんてあるんだろうか。
色々とゴーストについて聞いて見ると、実態が無いので物理攻撃は無効。
ただし、魔法を筆頭に、魔力を込めた攻撃は食らうらしい。
例えば魔法剣なんかがそうだ。俺の場合は、風魔法の力を剣に乗せることで、風圧で敵を切るような事が出来る……はずだ。
まだ出来ない。そういう戦い方もあると聞いただけだ。
話が逸れたが、とにかくゴーストはそんな感じなので、魔法が使えないモブどもでは話にならない。対して、エンはただの町民の子供で、戦いなどした事もないから、盗賊にまともに攻撃が届かない。
千日手である。
が、どうしてもと我儘を言うので、
ちょうどいいし俺の魔法剣の練習相手になってもらう事にした。
「いい? エンは霊体だから、魔法をくらっても痛みとかはない。
でもダメージそのものはあるから、大きな攻撃をくらうと消滅するからね」
とはいえ、聖剣を出さないと俺の魔力も随分減衰するみたいなので、まともに扱えないなんちゃって魔法剣じゃ消えないだろう、とガンラートが言っていた。
あいつも最近結構言うようになってきた。
消えたら消えたで別にいいっちゃいいが、
そうすると、兄を失った妹が発狂するかもしれない。とセレーネ談。
「わかった。気をつける、ます」
「お兄ちゃん、頑張ってね!」
やる気を出しているエンに、メイが可愛らしい応援をする。
そのやり取りを暖かい目でモブどもが見ていた。
賑やかなのはいいが、ちょっと空気変わってきたんじゃないのか。
ギスギスしているよりはいいか。
俺は遥さえ連れて帰る事が出来ればそれでいい。
それに、もしもエンが育てば、魔法が使えない雑魚に対して一方的に攻撃できる事になる。役に立つ場面も多いだろう。
「じゃあ、やってみようか」
「待って、ユタカ様。
ゴーストの戦い方は特殊だからね。
私がコツだけ教えるから、時間が欲しいな」
そこで水を差すセレーネ。確かにゴーストは武器など持てないようだ。
でも何でゴーストの戦い方なんて知っているんだろう。
聖職者だからか?
セレーネは10分ぐらいエンに講義した結果、概ね理解したらしいので再開。
俺は剣に魔力を送る。
これがまたよくわからんもので、聖剣を持っている時は何も考えずに魔法が使えるのだが、いざ普通の武器を持ってみるとさっぱりだ。
何となく、血液の流れのようなものを意識すると、身体の表面を何かが流れていく感覚がある。これを、凝縮、整理し、腕を通して剣に纏わりつかせる感じで使うらしい。
言葉にしてもよくわからない。
ちなみに魔法剣に関しては聖剣を持っていても使えない。
多分俺が理解していないからだろう。
そうすると聖剣所持時に魔法が使える理由も不明だが……使えるならいいか。
「いくよ」
「うん!」
俺は抜刀術を使うような構えから抜き放ち。
空間を切る際に、距離と目標をイメージし、魔法を使う時と同じように放出する。
すると、刀身の形をした風の刃が飛んでいった。
使いこなす事が出来れば、
大きな武器になるだろう攻撃だ。
が。
それは4m程飛んだ辺りで消えてしまう。
後々聞くと、どうも魔力の練り方と定着精度が不足しているとか何とか。
わからん。
「じゃあ次はエンの番だね!」
え? いつからターン制バトルになったの?
セレーネの声掛けと共に、黒い何かがエンの周囲に漂い始めたのがわかった。
それは徐々にエンの心臓があった場所へと収縮していき。
そして。
「『呪術・暗』」
彼の背後から黒い糸のようなモノが俺に向かってきたかと思うと、いきなり視界が消えた。
目を開けているはずなのに真っ暗だ。
数秒で消えたが。
「何これ」
「呪術だね」
何だその物騒な雰囲気のする技は。
「幽霊は魔力を練る事が出来ない代わりに、
周囲に漂う恨みとか憎しみとか……そういう、人の感情を媒介に、呪力と呼ばれる力に纏めて、敵に攻撃する事が出来るんだ。それが呪術」
セレーネ先生の解説によると、そういうことらしい。
随分とオドロオドロしい攻撃方法だが、特に戦場などでは有効だろう。
そんなところに行く予定は皆無だが。
「でも、いきなりちゃんと使えるなんてエン君は中々凄い」
「そうなの?」
「一般的に、呪力は生きている間は理解できないものだからね。
まだ子供だからかな?
その辺は素直だし、これからが楽しみだ」
そんなセレーネの称賛に、エンは照れ、メイは凄い凄いと我が事のように喜び、周囲もやんややんやと喝采している。
一方。
「それに比べて、お頭は聖剣持たないと弱いっすねー」
モブの誰かがそんな事を言った。
「ゴーストって言ったって、ガキに遅れをとるなんて」
「この盗賊団、大丈夫なのかしら……?」
それに乗っかって俺を野次る別のモブども。
………………。
「待ってよみんな、ユタカ様は」
「おい、お前」
俺は静かに聖剣を取り出し、最初に野次を飛ばした奴に構える。
サッと青い顔をしたそいつは怯えた目で微動だにしない。
「せっかくだ。聖剣で魔法剣の練習をするから立て」
「いや、あの、その、すいませ」
「大丈夫だよ、セレーネなら死ななけりゃ治してくれるから」
結局、一目散に逃げ出したそいつの背後に高速で追いつき、魔法も魔法剣も一切使わずに四肢を切断して、達磨にしてやった。
悲鳴が木霊する中、
傷はセレーネが急いで治癒した。
万能だな。
俺がこれ無しじゃ弱いのは事実だが。
舐められるのは御免だ。
その後はバカにされる事もなく、
訓練の日々は続いていく。
エンは凄まじいスピードで成長していった。
多分俺よりも成長速度は速い。
これが若さか。
最終的に。
春が来るまでに俺はモブどもにはだいたい勝てるようになったが、ガンラートにはついに一本も獲れずに終わった。
強すぎるだろ。盗賊なんて足洗って傭兵でもやればいいのに。




