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第五話 勇者ハルカのエピローグ


「勇者様……スクリさんは亡くなってしまったんですよね。

 それもこれも、全て教会のせいです。申し訳ありません」


「え? 他にもお仲間の方がいらっしゃったんですか?」


「ガラリアさんに、麒麟……。そうですか。

 ガラリアさんって、ポルタの王族の方ですよね。

 以前、一度だけお会いしたことがあります」


「麒麟と言えばポルタニアの神獣ではないですか。

 そのような方を仲間に引き入れるとは、さすが勇者様です」


「まだ諦めないで下さい。僕が……」


 シャルル君は、私の状況を知っていても、気さくに話しかけてくれた。

 慰めてくれたし、一緒に泣いてくれた。


 きっと凄く頭のいい子なんだと思う。

 自信に満ちていて、子供なのに頼りになる。

 こんな子が、将来、偉い人になるべきだ。

 王様とか、教皇とか。


「勇者様、この世界は腐敗しています。

 王家も、教会も、魔術ギルドも。

 みんな自分の保身ばかりだ。

 特に教会は、父がいる限りはどうしようもない」

「シャルル君のお父さんって教会の人なの?」

「えぇ、まぁ。誠に嘆かわしい事ですが」


 彼は落ち着いた、大人びた言葉遣いと声で私に語り掛ける。

 難しい単語が多くてよくわからないけど、多分、シャルマーニの現状を憂いているんだと思う。


「この世界は、もうどこへ向かえばいいのかわからないのです。

 魔法が発展し、人々は豊かになり、そして身勝手になった。

 繁栄の袋小路に、僕たちは立っている」

「袋小路?」

「そう。一部の強者が弱者を奴隷のように扱い、その一部だけが富を得る。

 この機構は、もはやそう簡単に崩すことはできないでしょうし、余程のことがなければ自壊もしない。

 だから、この世界は一度壊して、やり直すしかない。

 やり直して、今度こそ、誰もが幸せになれる世界を目指すのです」


 袋小路……。

 何だろう、昔、似たような話を聞いた気がする。

 資本主義の……? あれ、共産主義だったかな?

 えーっと、ダメだ、わからない。


 そういう難しい事は、全部豊に任せてきたからなぁ。

 これでも受験生だったんだけど、もうパーだ。


 でも、みんなが幸せになれる世界って、何かいいな。

 私は勇者だから、きっとそんな世界を目指すべきなんだと思う。


 幸せ、幸せ。

 私の幸せは何だろう。

 おなか一杯食べて、お昼まで寝て、それも幸せだと思うけど。


 ……豊。

 豊に、会いたい。


 会って言いたい事がある。

 人生最大の後悔だ。

 あの花火の夜に言えなかった事を、今度こそ伝えなくちゃ。


 豊、ねぇ、豊。


 私、豊が好きだよ。大好きだよ。


 もう私には、豊しかいないんだよ。


 ……会いたいなぁ。


「僕には、僕の中に流れる血には。

 世界中の民を幸せにする責務が植え付けられている」

「……?」

「だから、勇者様。

 どうか、僕と一緒に、この世界を壊して下さい」


 シャルル君は、相も変わらず飄々とそんな事を言う。


 世界を壊す。

 そして、創り直す。


 ちょっと、私には想像もつかない大きな事だ。

 だけど、きっとやっちゃいけない事だと思う。

 この子の言う通りにしたら、本当に数え切れない人たちを殺す事になる。


 私は頷けない。

 頷いちゃダメだ。


 私はまだ、勇者なんだから。


「それは、出来ないよ」

「――世界には、生きていてはいけない人間がいる

 死ぬ事を迫られている、望まれている人間がいる」

「違うよ。そんな人いないよ!

 みんなみんな、毎日必死に生きてるんだ!」

「勇者様。……スクリさんやガラリアさん、そしてコルニュートさんを殺したのは、王家と、そして教会の人間です」


 ……え?


 え?


 嘘、嘘だ。


 ………………そんなはずない。だって。

 だって…………。


「すべてを、お話しします。

 身内の恥ですが……最後まで聞いて頂けたら幸いです。

 その上で、僕に協力するかどうか、決めて下さい」


 少年らしくない。

 年齢不相応な沈痛な面持ちで、シャルル君は話し出した。



---



「アハ、あはははは、アハハハハアハハ!

 さようなら王様っ! あはははは!」


 シャルマーニの王様は、無残に死んだ。

 王様を守る兵士も、あっけなく死んだ。

 みんなみんな死んだ。


 私が殺した。


 私が殺したんだ!

 やった、やってやったよ、ねぇ、スクリ、ガラリア、コルニュート!

 みんな見てるかな、喜んでくれてるかな!?


 これが三回目の玉座の間。

 四回目は、ない。


 だって、私が全部壊しちゃったんだから!!!


「なん……」


 誰かが呟く声が聞こえた。

 声にならないその声は、どこかで聞いたような男の人の声だった。


 嗚呼、もしかしたら殺しそびれたのかもしれない。

 運が良くて、生き残った兵士がいたのかもしれない。


 じゃあ殺さなきゃ!


 これは復讐なんかじゃない。

 だって、復讐は次の復讐を生むだけだもん!

 私がガラリアにそう言ったんだ!


 だから、違う。


 これは、世界を変えるための、世界を壊すための、やり直すための。

 必要な事なんだ。必要な事だから。必要な……。


「おい、無理すんな!」

「突然……召喚、してしまい……ゲホッ!

 大変、不躾なお願いになりますが……」


 男の人が、誰かと会話してるみたい。

 見ると、お姫様が彼の腕の中でボロボロになってた。


 おかしいな。

 シャルル君に聞いた話だと、お姫様は確か牢屋に繋がれてたはずなのに。

 誰かが連れ出したのかな?


 あの子だけは、この場で殺さないつもりだったんだけどなぁ。

 お姫様は、ずっと、ずっと私の無実を訴えてくれていたんだって。

 もう誰も信じられないと思ってたけど、そんな人もいたんだ。


「あれ? お姫様、いたんだ。

 牢屋に繋がれてるって聞いたけど」

「お前が……!」

「お姫様は味方してくれたって聞いたから、

 牢屋まで被害がいかないようにしてたんだけどな」

「聞けよ! お前――ッ!」

「……? あれ?」


 目が合った。


 お姫様を抱きしめている男の人に、見覚えがあった。

 ううん、見覚えなんて、そんな曖昧な話じゃない。


 ……信じられない。

 夢を見ているのかな。

 こんな夢なら、覚めなくてもいいんだけどな。


 あぁ、でも、遅いよ。

 ちょっと遅いよ。

 あと少し、ほんの少しだけ早く来てくれたよかったのに……。


「豊じゃん。何でこんなとこに……あ、わかった。その指輪ね。

 私を召喚した時と同じかー。

 お姫様かな? 気付かなかった」

「遥……」


 豊だ。

 豊、ユタカ、豊ぁ!


 会いたかったよ?

 寂しかったよ?

 つらかったよ、苦しかったよ。

 死にたかったよ!


 豊が握りしめるお姫様の手に、指輪が握られていた。

 さっきまで私が首からぶら下げていた、精霊の指輪だ。


 多分、お姫様があの指輪を使って、豊を召喚したんだと思う。

 いつかの私と同じように。

 ……つまり、あぁ、そうか、そういう事なのかな。


 私は勇者失格って事だ。

 まぁいいや。

 もう全部どうでもいい。


「お前……」

「豊。私ね、勇者様になったんだよ。

 ここは異世界って奴。

 昔そんなゲーム、一緒にやったじゃん」


 私に帰り道を教えてくれなかった精霊なんて、どうでもいい。

 精霊が認めないって言うなら、こっちから願い下げだ。


 勇者なんて、もうやめる。


「異世界行ったら何しよっか、なんて。

 楽しかったよね。

 だけど、だけどね。

 全然楽しくなかったよ。

 みんな敵だった。敵になったんだ。

 もう疲れちゃった。

 だから、もう、勇者様はやめようって思ったんだ」


 そうだよ、疲れちゃった。

 私はシャルル君みたいに強くない。

 もう、世界のためには戦えない。


 ――そして、聖剣デュランダルが私の手を離れる。


 これで本当に、勇者じゃなくなった。

 私は何も持ってない、ただの女子高生だ。

 あれ? 違うかな。

 もう高校卒業してる歳だったかな。


 大学、行けなかったなぁ。


「アはは……剣にも見放されちゃったか。

 ま、いいや。私には魔法があるし」

「いや、何言ってんだ? 遥だよな?

 異世界? 勇者? これは……何だ?」

「それは聖剣デュランダル。

 勇者だけが使える武器だよ。

 そっかー、じゃあ豊が……」


 今度は、豊が勇者になったんだ。

 私の跡を継いで。


 うん……豊なら、きっと大丈夫。

 豊なら信じられる。


 だからぜんぶぜんぶ、豊に託す。


 壊した後の世界の、やり直しを。


「『転移』」


 七色の魔法陣が、豊を包み込む。

 どうかな、いい演出じゃない?

 これから豊がこの世界の主人公になって、私がラスボスになるんだ。


 ユウシャは少しずつ成長して、いつかボスを倒す。

 それでハッピーエンドだ。

 世界は救われる。


 私が死ぬことで、世界が救われる。

 そしたら、私も少しは救われるかな。


「遥! 話を聞け!」

「私は世界をめちゃくちゃにするよ。

 元からめちゃくちゃだったんだけどね。

 だから豊……ううん」


 ねぇ――豊。


 あなたは、私の。


「必ず殺しに来てね。私の……ユウシャサマ」

「ふざけんな! 誰が殺すか! 遥、俺は――俺はなぁ!」


 私のヒーローなんだ。

 ずっとずっと、今までも、これからも。

 ずっと、ずっと。


 だから……迎えに来てね。

 待っているから。


 あなたに殺される日を、いつまでも待っているから。


そして物語は冒頭に戻る


次回、第六章セレーネ編

書いてると胃がキリキリする

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