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第一話 エピソード・マイナスイチ


「はぁ、はぁ……うぅ、うぅぅぅっ!」


 どうして、どうして、どうして――どうして!


 何が起こっているのかわからない。

 私たちが何をしたっていうんだろう。


 シャルマーニから逃げ出す道すがら、私は必死に思い起こす。


 魔王を倒して凱旋した私たちは、シャルマーニの王様やお姫様に盛大に迎えられた。

 特にお姫様は、正式な挨拶が終わってからこっそり私の部屋にやってきて、もうすんごく喜んでくれた。


 世界を救ってくれてありがとう。

 約束を守ってくれてありがとう。

 あなたは、私たちユーストフィアの民の誇りです。


 そんな風に大喜びしてくれた。

 お姫様は人前ではかたっ苦しいっていうか、取り繕っているっていうか、私にはちょっと遠い世界の人って感じの振る舞いをしてたけど、影でこそこそ会う時はそうでもなかった。


 もっと年相応な可愛い笑い方をする子だ。

 幼い、はにかむような笑顔は、抱きしめてお持ち帰りしたくなるくらいだ。


 だから、彼女がぴょんぴょん飛び跳ねながら褒めてくれて、あぁ、頑張ってよかったって思った。


 思ったんだ。

 思ったのに。


 正式な宴は数日後に執り行うって言われたから、こじんまりとした――私から見たら海外ドラマで見るホームパーティより豪華で派手だったけど――祝いの席をそこそこに切り上げて、私たちはそれぞれに用意された部屋で泥に沈むみたいに眠った。


 みんな疲れてたんだと思う。

 そりゃそうだよ、だって、魔王を倒したんだもん。


 魔王は物凄く強かった。

 一人じゃ絶対に勝てなかったと思う。

 みんながいてくれてよかった。


 そう思いながら、達成感で胸がいっぱいで、そういえば魔王を倒したから日本に帰る方法がわかるかもしれないなって思い出しながら、すぐに寝ちゃった。


 スクリも、ガラリアも、コルニュートも。

 みんな大好きだけど、やっぱり私は日本に帰りたい。

 お父さんとお母さんと、豊が待ってるから。


 もしかしたら夢で精霊に会えるかもしれないって。

 色々と考えてたような、考える暇もなかったような気もしつつ、私は眠った。


 ――起きたらベッドが血だらけだった。

 ――鏡の向こうに、私と同じ顔をした血まみれの女が呆然としていた。


 寝てる間に死んだんだ。

 死んで、生き返ったんだ。

 集中してみると、身体中に神術の気配が残留しているのが分かった。

 私が使ったモノじゃない。


 わからない。

 何が起きたのかわからない。


 混乱した頭を抱えつつ、私はスクリの部屋にノックもせずに押し入る。


 彼女は死んでいた。

 まるで眠っているみたいに、ううん、眠ったまま死んでいた。


 怖くて、恐くて、言葉にならなくて。


 ガラリアの部屋に入ったら、ガラリアも死んでいた。


 コルニュートの部屋には、彼の抜け殻が横たわっていた。


 わからない。

 わからない。

 わからないわからないわからない!!!


 何が起きたの!?

 ねぇ!

 どうしてみんな死んじゃったの!


 どうして、どうして、どうして、どうして!


 魔王は倒したのに!

 世界を救ったのに!


 ――どうしてみんな死ななくちゃならないの!


 城の兵士や、教会の人たちが何かを叫ぶ。

 彼らは叫びながら、私に切りかかって、魔法が飛び交って、何度も傷だらけになりながら、再生しながら、ずっとずっと走り続けた。


 城を抜けて、シャルマーニを抜けて、走り続けて。

 疲れた体を引きずって、ぐちゃぐちゃの心を拾い上げて、ようやく転移魔法の事を思い出して、誰もいないどこかに転移した。


 何も、何もわからないけど。


 もしかしたら魔王が生きているのかもしれないから。

 魔王が何かしたせいで、こんな事になったのかもしれないから。


 私は勇者だから。

 だから、まだ戦わなくちゃならない。


 疲れてるし、泣きたいし、実際泣いちゃってるけど。

 だけど世界中のみんなが、平和な世界を望んでいるんだ。

 私が何とかしてくれるのを待っているんだ。


 だから、まだ何も諦めない。

 私は、戦う。



---



「――勇者ハルカが、彼女を慕い共に戦ってきた仲間たちを殺し、さらには王家に剣を突き立てました。王はからくも彼女の襲撃を退けましたが、件の勇者は逃亡し――」


 シャルマーニ国中は、そんな話題で持ちきりだった。


 魔法で顔を隠しながら情報収集してみたけど、詳しい事はわからなかった。

 ただ、私が世界の全てを裏切った極悪人として報道されているだけ。

 どうしてあの晩みんなが死んだのか、真実は何だったのか、全然わからなかった。


「……我らが神は、愛すべき民を見捨てたのだ。

 それが私は悲しく、しかして悔しい。

 なぜ、我らが虐げられなければならないのか……我らの何が、あの方の逆鱗に触れたのか。私はそれを知りたい。そのために、シャルマーニの民よ。どうか、勇者様を見かけたら、教会に伝えてほしい」


 金髪碧眼のすっごいイケメンが、そんな演説をしていた。

 どことなくセレーネちゃんに似てる。

 多分教会の人なんだろうけど、あんな人いたかな?


 ……私は、みんなを見捨ててなんていない。

 あの人は、どうしてあんな勝手な事を言ってるんだろう。

 違うよ。私は、みんなの事が大好きだよ!


 ここで魔法を解いたら、みんなの前に出てみたら――わかってくれるかな。

 そう思いながら人波を掻き分けて、魔力を練ろうとしたんだけど。


「――勇者は殺せ!」


 強面のおじさんが、不意にそう叫んだ。


「そうだ! 私たちを裏切った勇者は殺すしかない!」

「魔王を倒すほどの力を持っている人が、そんな事するなんて……怖いわ」

「仲間を殺すなんてなんて奴だ!」

「しかも王様まで殺そうとするなんて」

「もう勇者じゃない! まるで、そう、まるで魔王の所業だ!」


 おじさんの言葉を皮切りに、口々にそんな声が聞こえてくる。

 違う、違うよ!


 ……違うのに!

 私はスクリもガラリアもコルニュートも殺してない!

 王様なんてちょっとしか会ってない!


 誰が、誰がやったの!


「――民よ。勇者様は神である。

 ならばそう、もしかしたら、これは愚かな我らに対する神罰なのかもしれない。

 しからば、我らは……」

「そんな事ありませんよ、カリウス様!」

「何もしてないのに殺されたらたまったもんじゃない!」

「カリウス様! どうか私たちを守ってください……」


 口々に、みんなが演説をしている男の人に助けを求める。


 血走った眼をしたシャルマーニの人々は、きっと気付いていない。


「誓おう。私は、必ず皆を守ってみせよう。

 イーリアス様の名の下に」


 演説を終えて、振り向いたその男の人が。

 こっそりと、ほくそ笑んでいたことに。



---



 魔王は、いなかった。


 そうだよね、当たり前だよ。

 だって、魔王は確かに私たちが倒したんだから。


 夏の日差しが、潮騒の香りが、私の心に沁み込んでくる。


 瓦礫の山の向こうに、蠢く呪力の波が見える。

 ここでたくさんの魔物が死んだ。

 私が、私たちが殺したんだ。


 きっと万を超える魔物を倒してきた。

 最初は小さなウサギみたいな魔物を殺すのも怖かった。

 でも、殺さないと私が殺されるし、力のない人が死んでしまう。


 だから、殺した。

 段々慣れてきて、何も感じなくなっていった。

 昔、豊と一緒にやったゲームみたいな。

 レベル上げみたいな。


 そんな感覚で、次々と魔物を倒していった。


 ――でも。

 もしかしたら魔物にも、私たちみたいに生活があったのかもしれない。


 奥さんがいたり。

 旦那さんがいたり。

 子供がいたり。


 生きるため、食べるために人間に襲い掛かっていたのかもしれない。


 そうじゃなきゃ、こんな風に呪力が溢れかえるはずはない。

 ここでそんなに多くの人間は死んでない。

 だから、この呪力は魔物たちの恨みと憎しみと悲しみが詰まったものなんだ。


「――っ」


 ポタリと、手の平に冷たい感覚が走った。

 天気雨だ。

 ううん、私の涙だった。


 泣いてるんだ、また。


 まだ泣けるなんて思ってなかった。

 もうとっくに枯れてると思ってた。


 あれから毎日。


 毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日。


 ずっと泣いてたから。


「豊……助けてよ、豊ぁ……」


 独り言って、勝手にこぼれてくるんだ。

 喋ろうと思って喋るもんじゃないんだ。


 ――そう思った時、カランと瓦礫の崩れる音がした。

 誰かがまた私を殺しに来たのかな。


 ……もう、ここで死んでもいいや。


「あ、やっぱりここにいましたね!

 勇者様! 探しましたよ!」


 石ころを蹴っ飛ばして現れたのは、前に少しだけ話した男の子だった。

 金髪に、紅い瞳をした、将来女泣かせになるだろうなーって思った男の子。


 名前は……確か、シャルル君。


 エン君と同い年ぐらいだって言ってたはず。

 カルターニャにいた時と、シャルマーニと、会ったのはこれで三回目だ。


「泣いてるんですか?」

「うん……そうみたい。

 シャルル君はどうしてこんなところに来たの?」

「さっき言ったじゃないですかっ。

 勇者様を探しに来たんですよ!」


 勇者……勇者って何だっけ。

 涙をぬぐったら、首にかけた指輪が揺れた。


 そうだ、これが勇者の証だ。

 そういえば、私は勇者なんだった。

 セレーネちゃんにもそう言われたんだった。


 でも、だけど。

 勇者になって、世界を救うために戦ったけど。

 みんなみんな、それじゃダメだって言うんだよ……。


「私……私は…………」

「僕、父上のやり方はどうかと思うんです。

 あんなのは卑怯だ。人に褒められるようなやり方じゃない。

 ねぇ勇者様。だから」


 シャルル君はニッコリと、とびっきりの笑顔を見せながら。


「一緒に、世界を変えませんか?」


 一緒にご飯食べに行きませんか、なんて、そんな感じの軽いノリで、彼はそう言った。


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