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第十五話 プレゼントは距離感に応じて


 結局、カシスが俺たちの下に正式に戻ってくるまで一週間ぐらいかかった。

 俺が召喚されて九か月以上が過ぎ、季節はもうとっくに秋である。

 遥の誕生日がもう本当に目と鼻の先に迫っているわけだが、未だに誕生日プレゼントを買えていない。


 やべぇ。

 どうしよ。


 何か気分的にガチガチの本命的な何かを買わなくてはいけない衝動にかられているわけだが、そう思うと臆してしまうのが童貞の悲しい性であって、あれを買うのは重すぎるんじゃないかとか、でもやっぱり……とか。


 悶々としている間に日々は過ぎた。


「ねぇメイ、誕生日に何を貰ったら嬉しい?」

「えっとね、お花!」


 夕食後、俺に抱きかかえられながら、無邪気な幼女は笑顔でそう言った。


 花か。

 なるほど、それはいい選択肢かもしれない。

 ちょっとキザすぎる気がするが。


 というか……この歳で花を貰いたいと言うメイもどうなのだろう。

 将来魔性の女になってしまうのではないだろうか。

 この素直で健気で清廉で裏表のないキャラが失われてしまうのは惜しい。


 っていうか兄が血の涙を流しそう。


「そんなエンはどうなの?」

「何が『そんな』なのかわかんないけど、おれは貰えたら何でも嬉しいよ。

 あ、でも、もう死んじゃってるから食い物とかはちょっとなー」


 あっけらかんとそう言う幽霊少年。

 逞しいと言っていいのだろうか、達観し過ぎなのではないだろうか。


「お兄ちゃんは去年、お花のかんむりくれたよ!」

「エンってあれだよね。意外とロマンチストなところあるよね」

「な……なんだよ! いいじゃん、かわいいじゃん!

 似合うと思ったんだよ!」


 そうっすね。

 そうっすねとしか言えない。


 メイの嫁入りの頃までこいつが現世にいるかどうかは知らんが、きっとその旦那候補に対して「メイが欲しいなら、おれを倒してから言え!」とかなんとか古臭いセリフを吐きだしそうな気がする。


 それはそれで面白そうだから、近くで見ていたいものだ。


「ねぇユタカお兄ちゃん。

 もうすぐハルカお姉ちゃんに会えるの?」

「んー? そうだね、予定通りいけば、会えるよ」


 カシスが事後処理をこなしているこの一週間。

 俺と言えば、教会に顔を出した以外は特にやることも無かったので、ギルドから派遣されているポルタ駐在人にアポを取り、ひたすらポルタニアを南下する日々を送っていた。


 まぁ、厳密にいうと、最初はグラシアナを連れてポルタに飛んでもらう。

 以降はグラシアナと、いい加減身体が訛ってきたというガンラートや、エン、その他盗賊どもを連れてポルタニアを南へ、南へ。


 旧魔王陣地に向かい、遥に会うために。


 時間を無駄にはしたくないからな。

 コルニュートが言っていたことを信じて、とにかく南下した。


 ちなみにそのついでにコルニュートの墓参りも済ませておいた。

 カシスがいないけど、まぁ俺とガンラートがいればいいだろう。

 出来ればそのうち遥も連れてきてやりたい。


「……何してんの?」

「手向けって奴でさぁ」


 そんなガンラートは、俺が簡易的に作った墓に酒をドバドバとかけていた。

 神獣も酒を好んでいたのだろうか。

 勇者ハルカ一行の旅路はさっぱりわからないが、きっと俺たちみたいに色々とあったんだろうな。


 ジッと目を細めるガンラートの横に立ちながら、俺はしみじみとそう思った。

 本当に、色々とないはずがない。

 しかもそれは、多分、俺たちとは真逆の、辛く険しい旅だったのだろう。


 南下する過程でひとつ理解した。


 魔王や魔族ってのは化物で、やっぱり世界の敵だという事。


 ポルタを拠点に北上して、コルニュートに会いに行った時は特段思わなかったが、ポルタニアは目を覆いたくなるような悲惨な状況だった。


 進めば進むほど広がっていく荒野。

 戦いの爪痕が今も深く残っている大地。

 田畑を荒らされ、明日の生活も覚束ないポルタニア人たち。


 街だけが無事だった。

 神獣・麒麟をもってしても、それしか守れなかった。

 ……人々の生活は守れなかった。


 先代魔王の眷属は龍だったんだよな。

 ニーズヘッグ自身がそうだったからさもありなん。


 龍は俺の想像通りの規格外の力を持つ生き物で、吐き出す炎が、振りかざす翼が、確かに世界を破滅へと導いていたのだ。


 ……思い返せば、あのままスクリを放置していたら、多分今頃シャルマーニは津波に沈んでいたわけだからな。彼女が稀代の魔術師だったという点を差し引いても、やっぱり魔族ってのは生かしておいてはいけない存在なのだろう。


 ――思考の海から抜け出し、俺の視界はアジトへと舞い戻った。

 メイを抱き上げながら、チラリとガンラートを見る。


 彼は先代勇者である遥の元仲間であり、今は魔族である。

 恐らく遥の手によって復活……と言っていいのかわからんが、一度は死んだ身でありながら再びこの世界に顕現し、呪力に呑まれそうな身体を必死になって支えている。らしい。


 こいつはあまりその辺を顔に出さないからわからない。

 でも、万が一こいつがスクリのように暴走してしまったら、やはり俺がこいつを殺すべきなのだと思う。本人もそう言ってきたし。


 ……殺したくない。

 たとえユーストフィアにおいて命の価値が一枚のティッシュペーパー並みに軽いとしても、やはり殺したくはない。


 魔族は魔王を殺したら死ぬ。

 という話が本当であれば、少なくともまだしばらくは生きれるはずだ。

 俺が遥を殺すはずがないからな。


 ――魔王か。

 以前も少し思ったが、魔王とはいったい何なのだろう。


 先代魔王は、確か元々は神獣だったとコルニュートが言っていた。


 何かしらの理由があってニーズヘッグは魔王に堕ちた。

 世界を滅ぼす害敵となった。

 そして、今は奴を倒した遥がその役割を引き継いでいる。


 なぜ遥は闇堕ちしてしまったのか。


 魔王の定義がわからんから何とも言えんが……まぁ、みんな遥が魔王だと言っているから、この世界において、現状、やっぱり遥が魔王なのだろう。あぁ、違うか。遥の元仲間たちが魔族として生まれ変わっているから、遥が魔王と考えるのが妥当、って感じか。


 遥がユーストフィアの現魔王。


 という前提を置いて、あいつの魔王堕ちの原因を考えると、無論、シャルマーニ王家や教会、というより、信じていた人々に裏切られ、そして仲間を殺され、自分も殺されかけたってのが一番の理由なんだろうな。


 俺だってそこまでやられたら世界ごと滅ぼしてやろうと思うかもしれない。

 もう何もかもどうでもいいと自暴自棄になっていたかもしれない。

 あいつは感受性が強くて単純で素直だから、負の方面へのそれも人一倍ダメージを受けたことだろう。


 だけど、魔族として生まれ変わったスクリ、ガンラート、そして一応コルニュートも、みんな遥の身を案じていた。現状を打破してほしいと思っていた。具体的には闇落ちした遥を俺に託してきた。


 ……そんなもんなのかなぁ。

 魔族ってのが何なのかよくわからんから、そういうもんかとしか考えられん。


 そういやレヴィアタンが、今の魔王はあまり力がないみたいな事を言っていた気がする。

 その辺の影響で、スクリの自我が残っているのかもしれないとも。


 ……わからん。

 というか何を考えていたんだっけ。

 混乱してきた。


「お兄ちゃん?」


 ずっと黙っていたら、メイが心配そうな顔で俺を見上げていた。

 あぁ、俺の悪い癖だな。

 考え込むとすぐに周りが見えなくなってしまう。


「またこわい顔してるよ」

「ごめんごめん、ちょっと腹減ってさ」

「メイもおなかすいたー!」


 もうすぐ昼飯の時間だからな。


 と思っていたら、広間の扉をバタンと大きな音を立てて開く少女。

 カシスである。


 彼女は準備万端と言った風貌で、俺を睨み付けていた。


「さぁ、行くわよ」

「……その前に飯にしない?」

「はぁ?」


 だから、もう昼なんだよ!

 どうやら空腹すら感じないほど、彼女は出発を楽しみにしていたらしかった。



---



 さて、それから幾ばくかの日々が過ぎ、もう旧魔王陣は目と鼻の先にきていた。

 もうすぐ遥に会える。

 今度こそ、あいつとまともに向き合える。


 ポケットに突っ込んだ例の宝珠を握りしめて、俺は興奮を抑えきれずにいた。


 麒麟の角を原料とした、イーリアス印の魔道具である。

 何をどうしたらこんな事ができるのか知らんが、使えるものは便利に使わせてもらう。


 ……今にして思えば、リックローブの屋敷で先にこれを使っておけば、転移させられることも無かったんだよな。


 あれがなければ色々と台無しになっていた気もするから、今は何も言わないけど。

 反省だけはしなければならないな。


「ガンラート、あとどのくらい?」

「いやもう歩いてもいいぐらいの距離っすよ。

 本当にあそこにハルカがいるんすか?」

「君の古い友人の言葉を信じるなら、いるんだろうね」

「あー、まぁ……あいつは嘘だけはつかないはずです。

 でも何で、よりにもよってあそこになんですかねぇ……」


 御車台のガンラートがガシガシと頭を掻いて首をかしげる。


 お前にはわかんないかもしれないけど、俺にはわかる。

 要するに演出だ。

 あいつはそういうの大好きだからな。


 前魔王を倒した地で、新しい魔王が君臨する。

 なるほど、時代の転換を彩るには十分だろう?


「ユタカ様、作戦は?」

「そんなものはないよ。

 まず宝珠で遥の転移を封じて、あとは何とかしてあいつを説得する。

 こんなくだらない戦いから降りてもらって、その後に俺は日本に帰る方法を模索する」

「本当になんもねぇっすね……」

「兄ちゃんらしいや」


 ガンラートとエンが呆れた声を出すが、結局作戦なんて思いつかない。

 行き当たりばったりでいくしかない。


 大丈夫。

 少なくとも、あいつと戦って負けることはないはずだ。

 かつてミドルドーナで戦った時でさえ勝った。


 あいつもこの数か月で強くなったかもしれないが、俺だって強くなっている。


 負けない。

 負けるわけにはいかない。

 勇者が魔王に敗北するなんて、そんな展開は誰も望んじゃいない。


 遥を、連れ戻すんだ。


「――待って。待って、ガンラート。止めて」


 不意に、カシスが神妙な面持ちで声を上げた。

 耳に手を当て、何かを聞き取っている。

 お得意の通信魔法だろう。


 十秒ぐらい話した後、彼女は深く息を吐いて、こう言った。


「……シャルマーニに魔物の大群が襲来。

 その数、数千。正確には測定しきれないらしいわ。

 常備戦力や、ミドルドーナからの援軍を足しても手が足りない。

 至急、応援に来てほしいって」

「――行かなきゃ!」

「シャルマーニ……」


 今はカリウスが治める、ユーストフィア最大国家。

 の、首都。


 セレーネが叫んだように、行かなければならないだろう。

 それ以外の選択肢はない。

 別にシャルマーニに何の思い入れもないけれど、だけど行かなければならない。


 俺は勇者だから。

 遥の思い描くヒーローは、きっと見知らぬ誰かのために戦う英雄だ。

 ならば、ここで戦いに行かなければ、あいつはきっと認めてくれない。


「………………ッ」


 だが。

 だが、ここにきて邪魔されるのか。


 どうして俺は遥に会えない。

 どうしてこう上手くいかない。


 何だ? 何が悪かった?

 確かにユーストフィアのために戦おうなんて思ったことはなかった。

 だけど、だからと言って。


 魔王と相対することが、勇者の使命じゃないのかよ。

 ふざけるなよ、神。いや、精霊か。

 これ以上俺の邪魔をするな。頼むから。


 ……頼むから、俺を遥に会わせてくれ。


「――仕方ねぇな。お頭、よく聞いて下さい。このまま道なりに真っすぐ行って、瓦礫で覆われた街道を超えていくと、俺たちが魔王と戦ったあの場所に辿り着くはずです。あぁ、お頭とは結界の中で戦いましたね。あそこっす」

「え?」

「あんたは行きなさい、って事よ」


 ガンラートとカシスが、力強くそう言った。


「だけど、俺はミドルドーナのみんなに、守るって誓ったばかりで……」

「兄ちゃんはバカだな。おれたちがそんなに弱いって思ってるの?

 今までだって、何度も魔物を倒してきたじゃん」

「ユタカ様的な言い方をするとね。今回の襲撃はシャルマーニを狙ったものだから、約束を反故にするわけじゃないよね、って感じかな? ――だいじょうぶ。私たちを、信じてほしい」


 エンとセレーネが、安心させるようにそう言った。


 ……そう、か。

 そうか。

 そうなのか。


 頼っても、いいんだな。


「――任せる。絶対に死ぬな」

「心配しないで。

 帰りは、ハルカ様の転移魔法で頼むよ」

「あぁ。あいつを連れて、すぐに合流する」


 俺には仲間がいる。

 まだまだ、イマイチ頼りない英雄崩れかもしれないが。


 だけど仲間がいる。

 信じようと思えるし、信じられると思える。

 そう思えることが、ちょっと思いの外嬉しい。


 だから俺は。

 一人でも、歩いていけるんだ。


 独りぼっちじゃないから。


思ったより短かったけど4章おわり。

なお5章はもっと短い模様。


そういえば一話3,000~4,000時ぐらいで纏めようと持ってるんですけど、これ5,000字ぐらいあるんですよね。というか4章は全体的に一話が長いから、そのせいで話数減ったのかなぁって。


とにかく、今後とも宜しくお願い致します。

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